83 裏切り
「メロディエンスの名の下に。氷神よ、気高く吠えよ 『絶対零度』」
「おっと」
クレイジーバニーは氷魔法を食らう直前で飛び退いて躱したが、それ以外はスバーニャの放った氷魔法で一帯ごと凍結されて、氷の中に封じ込められた。
「危ない危ない。でも、今の魔法……覚えがあるなぁ」
「そうか。私もお前の顔に見覚えがあるぞ」
風の刃を纏った手刀がクレイジーバニーの頬を掠めて小さな傷をつける。
至近距離で睨み合っていたクレイジーバニーがスバルの黄金の瞳を見て、呟いた。
「その瞳……それにさっきの魔法。君は、魔王の眷属かな」
「まぁ似たようなものだ。メロディエンスの名の下に。地神よ、破壊の鉄槌を……」
スバーニャは一瞬で間合いを詰めて、クレイジーバニーの脳天を狙って勢いを乗せた回転蹴りを繰り出す。
その攻撃を両腕を交差して防いだクレイジーバニーだったが。
「『超重破槌』!」
クレイジーバニーが受け止めたスバーニャの蹴り足に土魔法の超重圧が加わり、両腕で耐えるクレイジーバニーの足下が砕ける。
スバーニャの攻撃を防ぐクレイジーバニーの横を流星刀を手にしたユーリが駆け抜ける。
ユニークスキル『奇跡』の効果を乗せた刃がクレイジーバニーの脇腹を切り裂く。
「通った!」
「ちっ!」
切り裂かれた部分から血の代わりに黒煙が噴き出す。その傷口も瞬く間に塞がれた。
「良いのかい、後輩ちゃん。そっちの子は魔王の眷属だよ? 勇者が魔族と共闘なんてしても良いのかな」
「……ボクはスバルを信じるよ。たとえ目的は違っても、今は力を貸してくれるって」
「案ずるな、ユーリ。私もスバルも人族と敵対する者ではあるが、無秩序に破壊を望んだりしない。今はこの者を止める事に集中しよう」
「うん、分かったよ。えっと、スバーニャ……さん」
多少ぎこちない様子のユーリに苦笑しながらスバーニャはクレイジーバニーに魔法を放つ。
「メロディエンスの名の下に。天神よ、嵐の腕で敵を捕らえよ 『嵐雲縛鎖』」
四方八方から伸びる雷の鎖と風の縄がクレイジーバニーを捕らえようと幾重にも放たれる。
それらを躱しながらクレイジーバニーは両手を合わせ、手の中に灯した黒炎を伸ばして剣に変えてスバーニャの魔法を弾く。
「何だい、つまんないなぁ! そこはショックを受けて挫けるシーンだろ!」
「少なくともスバルはユーリを勇者と認めている。いずれお互いの進む道が別れる事になるとしても、あの子は最後までユーリを支える気でいるさ」
「ボクも……最後までスバルを信じる。これまで何度も命を懸けて戦って来たんだから……きっと一緒に生きていける!」
スバーニャの魔法を躱し続けていたクレイジーバニーにユーリが一撃を食らわせた。
肩から真っ直ぐに入った刃がクレイジーバニーの半身に深い傷をつけた。
「……ったく、とんだ甘ちゃんだねぇ。数百年間争ってきた者同士が、一緒に生きるだって? 笑わせる」
クレイジーバニーの傷口が逆再生したかのように塞がっていく。
「それが出来ないから私達のような者が生まれたんだろ! 敵を滅ぼし、消え去る事を望まれる者がっ!」
クレイジーバニーは黒炎の剣をさらに伸ばし、激しく振り回して縦横無尽に暴れた。
「消え去る事を……?」
「あぁ、そうさ。魔王を討伐出来れば勇者なんて用済みって事だよ。時の権力者にとって自分の地位を脅かすかもしれない大戦の英雄ほど邪魔な存在は無いんだろね。油断した隙を突かれて後ろから刺されたよ!」
当時を思い出して恨みの念が込み上げてきたクレイジーバニーはダメージを受ける事を無視してユーリに掴みかかる。
「私も仲間を信じていたさ! だが事が終われば消された。同じ人族でコレだ……種族も立ち位置も違う君達が同じ結末にならないとどうして言える! 一緒に生きていけるなどと、どうして言えるんだぁ!」
ユーリの首を締め上げるクレイジーバニーの腕をスバーニャが風魔法で切り落とす。
「げほっ……ごほっ」
「大丈夫か、ユーリ」
傷口から黒煙を立ち上らせて、俯いて立ち尽くすクレイジーバニーがポツリと呟いた。
「許せない……よくも……よくもぉ……」
徐々に抑えきれない激情に飲み込まれていくクレイジーバニーを見て、ユーリが表情を曇らせた。
「信じていた仲間に裏切れて、死んでからも利用されるなんて……」
「……確かに哀れではあるな。心情を察すれば奴を否定しにくいかもしれん。だが怒りの赴くままに暴れさせたところで奴の気が晴れる訳ではない。こうなれば、ただ静かに眠らせてやれ」
「うん……分かった」
歯を食い縛り、力を溜め込んだクレイジーバニーが空へと飛び上がり、残った右腕を突き上げて黒炎の塊を膨らませていく。
「ドイツもコイツも……皆、消えちゃえよ。薄汚い裏切り者どもがあぁ!!」
黒い涙を溢し絶叫するクレイジーバニーの心を写したような巨大な黒炎弾が完成する。
「メロディエンスの名の下に。古代神よ、契約の下に応えよ 『氷竜召喚』」
スバーニャはユーリの持つ流星刀に手を添えて、呪文を唱えた。
冷宝山に眠る契約竜が二人の前に呼び出される。強烈な冷気を纏った氷竜を従えて、ユーリは上空へ飛んだ。




