08 獣性
コーネリアは突き出された短剣を躱しながら襲い来る盗賊の頭に蹴りを入れ、二人目の盗賊に回転蹴りを食らわせたが三人目の攻撃に対処出来ず、繰り出された短剣を咄嗟に腕で防御した。撫で切られた腕から鮮血が飛ぶ。
「メロディエンスの名の下に。雷精よ……」
「魔法を使わせるなっ!」
スバルが詠唱を始めた事に気付いたオーストがトロスに命じて牽制の矢を射たせた。
矢を躱したスバルだったが接近していた盗賊の足払いを受けて倒れ込み、仰向けになったスバルの上に盗賊が馬乗りになる。
勝利を確信した盗賊がニヤリと笑い、短剣を振り上げた。
「弾けろ 『放電』!」
だが詠唱を途切れさせていなかったスバルの雷魔法を至近距離で受けた盗賊が逆に焼け焦げて絶命した。
煙りを上げて傾く盗賊の死体を蹴飛ばし、死体をぶつけられた別の盗賊がバランスを崩した。
「おりゃあ!」
目の前の盗賊がバランスを崩し、後ろに気を向けた一瞬の隙を突いてコーネリアが強烈な蹴りを盗賊の首に食らわせた。
獣人のコーネリアが放つ岩をも砕く蹴りを受けた盗賊の首があらぬ方向に曲がり、力が抜けた身体が崩れるように倒れた。
次々と仲間を失った盗賊が動揺し攻める手を緩めてしまう。攻守が逆転し、上段から振り下ろされるスバルの剣を防具を付けた両手で受けたが、動きが止まった足を狙ってコーネリアの下段蹴りが襲い、片足を折られた盗賊は派手に転倒した。
必死に体勢を立て直そうと上体を起こす盗賊の頭をコーネリアが蹴り上げ、顔面を砕かれた盗賊の身体は一回転して再び倒れ、二度と動かなくなった。
「ちっ……役立たずどもが」
手駒が減った事で、それまで傍観していた『災禍の盾』が動き出した。
「強化魔法を掛けろ、ワンド! トロスは援護しろ」
ワンドの火魔法強化を受けてオーストの身体が赤く発光する。
スバル目掛けて真っ直ぐに向かっていたオーストが直前で方向転換し、盗賊の相手をしていたコーネリアの背中に向けて剣を振り下ろす。
「こんにゃろがぁ!」
死角からの攻撃に気付いたコーネリアが横に飛び退くと目標を失ったオーストの剣が盗賊の身体を大きく切り裂いた。
「ちっ……避けろよ、馬鹿が」
「呆れた奴だね。味方に対して何の配慮も無いんだね」
「君にはどうでも良い事だろ。どうせ、『災禍の盾』以外の奴らは新しくするつもりだったからな、始末するのが早まっただけさ」
悪びれもせず言ってのけた言葉に、スバルよりも盗賊の方が驚きの声を上げた。
「オ、オースト、テメェどういう……」
さらに言い募ろうとした盗賊の顔面にトロスの矢が突き刺さり、事切れた盗賊が崩れ落ちた。
「わざわざ味方を減らして、勝てるとおもってんの? 三対二でも、負ける気はしないよ」
「三対二? はっはっは、何の事だい?」
わざと肩を竦めて笑っている。
戦力を減らされたと言うのにまるで動じていない様子にスバルが訝しんでいると。
「ワンドの名の下に。命精よ、僅かなる慈悲を与えよ 『不死の行進』」
ワンドの魔法が発動し、周囲に広がっていく。
「わきゃあっ!」
唐突にコーネリアが悲鳴を上げた。声のした方へ視線を送ると、つい先ほど顔に矢を受けた盗賊が身体を起こしていた。
致命傷ではなかったのかと思いかけたが、左目を貫通し後頭部に抜けている矢の鏃を見て、その命が尽きている事に間違いはないと確信した。
「ゾンビ化の魔法か」
「ご名答、これで八対二に逆戻りぃ」
すでに死んでいる盗賊達は切ろうが殴ろうがお構い無しに歩み寄ってくる。攻撃を受けながら迫るゾンビに組み付かれスバルが体勢を崩した。
そこへトロスの攻撃が襲う。
「アローレイン!」
空から擬似矢が辺りに降り注ぎ、ゾンビと化した盗賊達もろともにスキル技の餌食となった。
咄嗟にゾンビの身体を盾にしたがスバルの足に数本が突き刺さった。
苦痛に耐えてゾンビを投げ飛ばし、立ち上がろうとする。
「トロス、もう一度だ」
「おう、アローレイン!」
スバルが剣を握るより先にトロスが再び、空に向けて矢を放った。
なす術なく空を見上げるスバルの瞳に無数の擬似矢が映る。
その時、コーネリアが覆い被さるようにスバルを押し倒した。
「コーネリア、何を……」
スバルの身代わりとなって、降り注ぐ擬似矢を身体中に受けたコーネリアが血を滴らせながら笑みを浮かべた。
「な、に……間違え、て殴っちゃった……から、ね」
「コーネリア……」
背中に幾つも矢を受けて、よろめきながらコーネリアが立ち上がった。
鬼気迫る表情のコーネリアを見て、オースト達がたじろぐ。
「こ、この死に損ないがぁ! ワンド、ゾンビで取り押さえろ。トロス、殺れぇ!」
操られたゾンビがコーネリアに抱きつき身体を締め上げるが、立ち上がったコーネリアはビクともしない。
重傷の筈だが、逆に気迫が増していく。
心臓を狙ったトロスの矢を空中で掴み、握り潰した。
「……月の女神よ、ご照覧あれ。『獣性解放』!」
夜空の月に向かって叫ぶと同時に、コーネリアの身体からオーラが吹き出し、緑色の髪が真っ白に染まり、全身の筋肉が膨れ上がった。身体の活性化に伴って身体中の傷が一瞬で治り、爪と牙が鋭く伸びた。
獣人族の中でも一部の者にしか扱えない、強化スキル『獣性解放』。
獣人族の高い戦闘力をさらに高めると同時に狂暴性まで引き上げてしまい、半ば魔物と化してしまう危険なスキルだ。
血のように赤く染まったコーネリアの目に睨まれたトロスが小さく引き攣った声を溢した。
「ひぃ……」
思わず後退りしたトロスの背後に瞬間移動かと思うようなスピードでコーネリアが回り込んだ。その動きに反応出来ず、コーネリアを見失い狼狽するトロスの頭上にコーネリアの剛拳が振り下ろされた。地面に叩きつけられてバウンドしたトロスに、トドメの蹴りを放たれた。
突風に弄ばれる枯れ葉のように吹き飛んでいったトロスの姿に、ワンドは悪夢を見ているかのような思いで絶句していた。その無防備な背にスバルが剣を突き刺した。
「おっ……ぉあぐ」
「隙ありだよ」
ワンドが口から血を吹き出し絶命すると魔法効果が切れて、ゾンビが全員倒れた。
「グルルゥ……」
「さて……」
手駒を全て失ったオーストの前に、牙を剥き出しにして唸るコーネリアとワンドの血で濡れた剣を手にしたスバルが迫る。
「ま、待て……実は今まで稼いだ財宝があるんだ。それを分けてやるから……」
懐柔しようと引き攣った顔で話しながら、不意を突いてスバルに剣を向けたが、剣先がスバルに届く前にコーネリアの爪がオーストの右腕を千切った。
強化魔法の切れたオーストの不意打ちなど今のコーネリアの前では意味を成さない。
血が吹き出す右腕を見てオーストが悲鳴を上げる前にスバルの剣が首をはねた。