69 その夜
夜も更けて、あらかたの料理が無くなり騒ぎ疲れた村人達は家に戻り眠りにつく。
広場に残っているのはまだ飲み足りない酒好きか、その場で眠ってしまったものぐさな者ぐらいだ。
スバル達も十分に腹を満たし、小屋に戻った後は程なくして眠りについた。
それから一時間ほどして小屋の扉が開き、流星刀を手にしたスバルが出てくると人気の無い場所で型稽古を始めた。
装備を変えたばかりで扱い方に不安がある為、こうして刀を振るっているようだ。
元々使っていた長剣とは違い、独特な形状の武器である流星刀の扱いにスバルも四苦八苦していた。刀の抜き方や敵の切り方にしても色々と違う。
「……こぅ、腰を上手く使って……後は円の動きを意識して……切るっ!」
抜刀から上段に構えて、真っ直ぐに振り下ろす。地面スレスレで刀を止めて、反転してから横薙ぎの一閃。
群生する雑草の中から一本だけが切り落とされ、風に吹かれて宙を舞った。
「ふぅ……」
「おぉ、様になってるじゃん」
いつの間に居たのか、スバルの修行を見学していたユーリが声を掛けた。
「あれ? 起こしちゃった?」
「ううん。トイレで起きただけ、そしたらスバルが居ないのに気付いてね……星が綺麗だねぇ」
何気無く夜空を見上げ、瞬く星々の輝きにユーリは感嘆の声を上げた。
「こんなに綺麗な星空を見るのはいつぶりかなぁ」
「ユーリの故郷だと星は見えにくいの?」
「うん? そうだね。地上の光りが強すぎて夜空の星が見えにくいんだよね」
「そっか……」
スバルとユーリはしばらくの間、黙ったまま夜空の星を眺めていた。
沈黙の後、スバルが少し緊張しながらユーリに質問した。
「ちょっと聞きにくい事なんだけどさ、ユーリは歴代の勇者達の事を知ってるの?」
「勇者達の事? 少しだけね。ボクと同じ日本人である事、人間達の為に魔族と戦った事……そして皆、戦いの中で死んでしまった事くらいかな」
「……ユーリは嫌じゃないの? 自分が生まれたわけでも世界の為に命を懸けて戦うのは。これまで平和に生きて来れたんでしょ? それなのに突然、見ず知らずの他人の為に人生を捨てろって言われて……本当に納得してる?」
「……そう、だね。こっちの世界に召喚されたばかりの頃は、自分の身に起きた事が信じられなくて気持ちが落ち着かなかったんだよね。殴り合いもしたこと無かったのに、いきなり勇者として戦え! て言われても、全然自信も無いしビビりまくってた」
当時の事を思い出したのか、ユーリは苦笑した。単なる学生でしかなかった岡 侑李という少女には勇者という肩書きは重過ぎた。
「そんなボクに世話役としてミオン先生が色々と教えてくれてさ。どうしても無理なら死んだ事にして逃がしてくれるとも言ってくれたんだ」
「そうだったんだ。あのミオン教官が……」
「うん。正直な話、乗っちゃおうかとも思ったんだぁ……でも、駄目だった。どうしても逃げられない、逃げたくないと思った。ボクには……もしかしたら、歴代の勇者として召喚された人達にも同じ気持ちがあったのかも知れない」
「同じ、気持ち?」
「うん。元の世界で感じた無念さ、無力感、壁を越えたいっていう願望かな。そんな強い思いを残して一度は死んだ筈だった。でも気付いたら、こっちの世界で生き返ってたんだよね」
スバルは思わず息を呑んだ。
「一度、死を経験したって事?」
「そう。一度死んで世界との繋がりが切れたから別の世界に召喚されたって聞いたよ。死んでも晴れない心残り、そして召喚の為に犠牲となった聖人達の思い、両方が合わさってボク達はここにいる。だからボクは勇者として生きる」
「……そうか」
ユーリの心の奥底にある強い思いを知り、改めてスバルは思う。歴代の勇者達が何故自らの命と引き換えにしてでも魔王に戦いを挑んだのか、それは単純な正義感や復讐心などでは無く勇者自身の心に刻まれた深い傷ゆえ、なのかもしれない。
ユーリは勇者として生きる事を覚悟している。であるならば、いつかスバーニャの下へ辿り着くだろう。
スバルの使命は勇者の暗殺。だが勇者という生き方に真摯に向き合おうとしているユーリに、友人として仲間として支えたいとも思ってしまった。
「ユーリは……いつか魔族の国へ攻め込むの?」
「……勇者なら魔族との戦いを避ける事は出来ないと思うけど……実の所、良く分からないんだ」
「え? 分からないって……」
「ステラ教団からは、とにかく力を付けるように言われてるけど十年前の大戦で魔王を倒して魔族の戦力を大幅に削ったって言われてるでしょ? ボクを召喚した以上、何か目的がある筈なんだけど何の話も無いんだ。勇者としての力が不足しているから期待出来ないのかもしれないけど、ステラ教団の上の人達はあまりボクには関心を持っていないみたい」
教団幹部が勇者のユーリに関心を持っていない。この事実にスバルは大きな疑問を抱いた。
何故教団は勇者を召喚したのか。それは当然、必要だったから。勇者という存在が必要だったから。
「………………」
本当にそうか? 召喚した勇者に関心を持たないのは必要ではないから。では何が必要だったのか。
数々の疑問がスバルの頭の中を駆け巡る。教団施設の塔に忍び込んだ際に発見した極秘資料に書かれていた様々な記録。
真に必要だったのは…………儀式の方か。
勇者という結果ではなく、召喚の儀式の方が重要だった。何故。儀式を行う。これまで幾度も行われた儀式。方法も確立している。今さら何を確認する? 確認。そう、確認。
その瞬間、スバルはある推測を導き出した。
ユーリを召喚した方法は、これまでのやり方と違う方法だったのではないか。
極秘資料にあった破棄された『神兵計画』から連なる召喚、死霊、錬金術の研究。そしてスバーニャが疑問視していた召喚の儀式に必要な聖人の確保。
「まさか……」
教団は聖人の魂を作った? そしてそれが確かな物か確認する為に勇者召喚を行った?




