64 神殿の封印
冷宝山の山頂へ至る登山道の一つ、緩やかに冷宝山を回って登っていくルートを進むスバル達が山の中腹で休憩を取っていると後方からミルキーが息を切らして追い掛けてきた。
「お~ぃ、はぁ……はぁ、はぁ……スバルさ~ん」
「え、ミルキー? どうしたの」
ここまで全力で登って来たのだろう。スバルの姿を見付けたミルキーはよろめくようにスバルに歩み寄り、息が乱れて喋る事も出来ない様子だった。
「はぁ、はぁ……ユ、ユピ……テル」
「どうしたの、大丈夫? ユーリ、水ちょうだい」
ユーリから水入りのカップを受け取ったミルキーは、それを一気に飲み干した。
「ぷはぁっ! ……スバルさん! ユピテルを見てない!? ユピテルが拐われたの!」
「何だって!?」
ミルキーの話によるとスバル達が出発した後に村を訪れた三人組の旅人がユピテルを拐って冷宝山の方角に逃げたという事だった。
拐われた時にユピテルが悲鳴を上げて、それを聞き付けた村人が立ち去る三人組を目撃し、慌ててリゲルに知らせたそうだ。
ユピテルを拐った理由は不明だが、方角からして行き先は冷宝山の山頂だと思われる。
犯人の三人組は恐らく最短のルートを進んだと見て、村の男達はそのルートを追っていった。ミルキーも同行したいと願ったが受け入れられず、村で待っているように言われたが万が一、別のルートを進んでいたらと思い、ミルキーはスバル達が選んだルートを追って来たようだ。
「スバルさん、こっちに誰か来なかった?」
「私達以外、誰も来てはいないよ」
「じゃあやっぱり最短のルートを通って行ったんだ……どうしよう、ユピテルが……それにお父さんや村の人達も……」
泣きそうになるミルキーの肩に手を置き、ゆっくりとそして力強くスバルは声を掛けた。
「大丈夫。今から急げばまだ間に合う。私達に任せといて。ミルキーは村に戻る?」
「お願い! 私も連れてって!」
「そうだね。ユピテルもきっとミルキーに会いたがってる。一緒に行こう」
スバル達はミルキーを伴って山頂を目指す。今いる地点から山頂を目指して走るよりも魔法でショートカットして移動した方が速い。
「メロディエンスの名の下に。風精よ、我らに翼を与えよ 『空中機動』」
「ふうちゃん、運んで!」
スバルとルイの風魔法に包まれて五人は空高く舞い上がった。
木々を飛び越えて、真っ直ぐに山頂へと飛んでいく。山頂に近付くにつれ地上の様子が変わり、白い雪に覆われた銀世界へと変貌していく。
「ここからルイは別ルートで山頂に上がって。犯人が私達に注意を向いている隙に、ユピテルを確保して」
「わかった。任せて!」
スバル達と別れたルイが一人、さらに高度を上げて山頂より上空へと上がっていった。
スバル達が山頂付近に到着すると、地上では農具を振り回す村人達とメイスや斧で威嚇する二人の賊がいた。
「テメェら、うちの娘をどこにやった! 返しやがれ!」
「うるせぇ! クソ雑魚どもが! 調子に乗ってんじゃねぇ、ブッ殺すぞ!」
「あんだと、このゴミども! 畑の肥料にもならねぇ害虫がぁ!!」
二人の賊が凶器を振り回し、周辺の岩石を砕いて脅しているが、頭に血が上った村人達は臆すること無く犯人達を取り囲み、投石や草刈り鎌で応戦している。
「ユピテルがいない……どこ?」
「ミルキー、あそこ! 神殿の所!」
ミルキーが周辺を見回してユピテルを探しているとスバルが小さな神殿の前にいる男とユピテルを見付けた。
村人達と賊の争いはひとまず放置して、スバル達は急いで神殿前に降り立った。
「ユピテル!」
「お姉ちゃぁん!」
「な、何だテメェら、近付いくんじゃねぇ!」
男の剣が抱えているユピテルの首に当てられる。反射的にミルキーが走り出しそうになると男の怒鳴り声が飛んできた。
「そこから近付くんじゃねぇ! 一歩でも近付けば、ガキの血が飛び散る事になるぞ」
男とスバル達の間には五メートルほどの距離があり、一瞬で距離を詰めるのは難しい。
男の脅しも危ない。下手な動きをすればユピテルを殺さない範囲で傷付けるような事もしてくるだろう。
スバル達が身動きが取れない間に男はユピテルを連れて神殿の祭壇まで後退した。
「へへ、確か……ここだな。悪く思うなよ」
男がユピテルに刃を突き立てようと剣を引いた。
「ふうちゃん!」
上空から飛来したルイの風魔法が剣を握る男の腕を切り落とした。
「あ、ぁ……ぎぃやああぁぁ!」
悲鳴を上げる男の眼前をすり抜けて、ルイがユピテルを風魔法で包み込んで離脱する。
「よし、作戦通り!」
「ナイス、ルイ!」
「お姉ちゃん~!!」
「ユピテル! 大丈夫? 怪我は無い?」
泣きじゃくるユピテルを抱き締めたミルキーが心配そうに聞いても今は答える余裕は無さそうだ。
「ぐっ……くぅ……このぉ」
苦痛を堪え、男が落ちた剣を拾い上げ血走った目でスバル達を睨みつける。
腕を切り落とされた恨みを晴らそうと男が動き出す前に、男の目の前にコーネリアの拳が迫る。
「こんっ……クソがぁ!」
ムラサキから貰った重力の腕輪の効果により鉄球並みの重さが加わったコーネリアの鉄拳が男の顔面を砕き、その勢いで地面をバウンドした後、男の身体は祭壇の上まで跳んだ。
「ふん……あの世で反省せぇ」
ユピテルを無事保護したスバル達はまだ争っている村人達に加勢する為、急ぎ山を降っていく。
神殿の祭壇の上で痙攣していた男の身体がやがて止まり、息絶えた。
その瞬間、祭壇の周りに不可思議な魔法陣が浮かび上がった。
神殿に隠された秘密を手に入れようと男が集めた情報には、二つの間違いがあった。
一つ目は、封印を解く鍵は封印をした者の子孫である必要は無い事。
二つ目は、隠されていたのは財宝では無く禁忌の力だったという事。
偶然とはいえ、男の命が祭壇に捧げられ、長きに渡る神殿の封印が解かれた。




