60 愛用の刀
魔石を抜き取られ海底に横たわるディープシースライムの巨体を前に、スバル達は話し合っていた。
クレタの街で食べた珍味の中に乾物となったスライムの切り身があったのだが、コーネリアがそれをこのディープシースライムでやってみたいと言い出したのだ。
「触手部分と本体では硬さがちょっと違うよね。どっちが美味しいかな?」
「さぁね。あたいはスライムなんて食べる気しないんだけど、よくこんな魔物に食欲が湧くねぇ。スバルかユーリにでも聞いてみたら?」
「う~ん、毒性は無さそうだけど。敢えて食べるなら柔らかそうな本体かなぁ」
「そう? ボクならコリコリした食感になりそうな触手の方が美味しそうな気がするなぁ」
両方の部位を切り取り持ち帰る準備をしているとクレナイの乗っていた船とは違うタイプの巻き貝船が近付いてきた。
クレタの街から兵士を連れたムラサキが大急ぎで戻って来たようだ。
「お主達、無事かっ! お、おぉ! なんと、ディープシースライムを退治しよったか……はは、見事なものよ」
信じられないような光景に驚くムラサキに、スバルはディープシースライムの魔石を渡した。
ディープシースライムの巨体は網で囲み、船で街まで牽引して行く事になり、コーネリアがディープシースライムを加工した食材を求めるとすんなりと許可された。
「これだけの巨体じゃ、さぞ食べ応えのある乾物が出来ようて……好きなだけ食べるが良いぞ」
「やっほ~い! こりゃ当分おやつに困んないぞ」
「やれやれ……それよりムラサキ様、怪我人達の様子はどうですか?」
「うむ、命に別状はない。一番怪我が重い兄上など、応急手当てが済んだら妾とともに戦場へ戻ろうとしたくらいだったからな……そうそう、街へ戻ったら妾と一緒に兄上の下へ来てくれ。太陽石への対応を詰めねばならん」
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クレタの街に到着後、治療院へ運ばれたクレナイに面会した。
治療を終えたクレナイは全身に包帯を巻かれてベッドに寝かされていたが、ムラサキ達が来ると周囲の制止するのも聞かずに起き上がりムラサキ達に向き直った。
「兄上、身体に障りますぞ。横になって下さい」
「うるせぇ。それよりディープシースライムはどうなった?」
身体を動かすだけで相当な痛みがある筈なのだが、意地でも顔に出さずクレナイは黙って報告を聞いた。
全てを聞き終えて、長い溜め息を吐いた。
「そうか……客人達に無理を強いた事、まことに申し訳ない。そして部下共々、命を救われた事に深く感謝する。この通りだ」
ベッドの上で身体を曲げ、頭を下げるクレナイにスバル達と周囲の者達が慌てた。
初めて会った時とは全く違うクレナイの態度に困惑するスバル達だったが、クレナイの謝罪を受け入れ過去は水に流す事にした。
「それで太陽石の件だが……精霊の警告だったか」
「そうです。ルイは精霊と会話する事で問題のある太陽石を見抜けるようです。これを我々にも可能とする方法を見付ければ、これ以上の被害は出ません」
「その辺りは王国所属の精霊使いを教育すれば何とか出来るだろう……おい、客人達はお疲れだろう。宿の用意をしろ……それからムラサキ、テメェは残れ。まだ話す事がある」
クレナイが傍にいる部下に指示を出し、宿泊先として用意した領主の館へスバル達を案内させた。
人の減った病室でクレナイは疲れが出たのか、ベッドに横になった。
「いてて……」
「ほら、やっぱり無理をして。最初から起きなければ良かったでしょう」
「うるせぇ、弱った姿なんぞ他人に見せられるか……ムラサキ、急いで客人達への謝礼の品を用意しろ」
「謝礼の品ですか?」
ムラサキが聞き返すとクレナイはギロリと睨み返し。
「王族ともあろう者が王国の失態を他国の者に押し付けておいて、その礼を言葉一つで済ませるなど、ありえるかっ! 痛ぅ……」
「興奮すると怪我に響きますぞ。それでは各人に役立ちそうな装備品を贈りましょう……盾に宝玉、剣と腕輪と言ったところか」
「あの中に剣を得意とする者が居たか」
ムラサキが贈り物の品を考えているとクレナイが聞いてきた。
「えぇ、黒髪の……スバルという娘が剣を使います。もう一人、同じ黒髪で髪の長い娘のユーリもそうですな」
「だったらどちらかに俺の刀を渡しておいてくれ」
クレナイがベッドの脇に置いてある愛用の刀に視線を向けた。
「兄上の愛刀を? よろしいのですか?」
「構わん。国の存亡を回避出来た礼だ。もっとも地上の剣とは作りが違うから使いこなせるか分からんが……まぁ売ればそれなりに値が付くだろう」
「やれやれ、王族の刀となれば一級品ですぞ。あっさりと手放しますな」
「うるせぇ……あとマース商会に関してだが」
「はい、現在は妾の判断で流通を止めております。正式な裁定は父上の判断に委ねられますが」
「まあ、あまり酷い裁定にはならんように掛け合うつもりだ。今回の件は技術の研究が不十分な状態で偶発的に発生したもの、故意では無いからな。だが野放しにも出来ん。マース商会と技術者には十分な配慮をして技術を完成させないと……」
「………………」
ベッドの上であれこれ考えて事態の収拾を図ろうとするクレナイを見て、ムラサキは思わず苦笑いを浮かべた。
「あ? 何だその笑いは」
「いえ、失礼。妾の知るクレナイ兄上とはまるで違う御姿なので……」
「ふん、部下を引き連れて毎日遊び呆ける馬鹿王子とは思えぬ姿ってか?」
「そこまでは……」
「けっ。言っておくが、ありゃワザとだからな」
クレナイが面白くなさそうな顔で外方を向いた。
「ワザと……ですか。しかし、何故」
「年が近く、実力も変わらぬ二人の後継者候補というのは色々と問題があるのだ。例え本人達にその気が無くても、下の者は何かと騒ぐ。特に考え無しな連中だと競争相手を敵か何かと勘違いしやがるからな」
「それでは何か問題が?」
「昔、一度な……それ以後は双方の安全の為、俺は競争相手とならぬように振る舞う事にしたのだ」
「そうだったのですか……そうとも知らず、妾は何と浅はかな。兄上の真意も見抜けず、愚かな妹をお許し下さい」
「けっ。気持ち悪いな……俺は楽な道を選んだだけだ。詫びなんて要らねぇ。俺より兄貴の方が苦労してんだよ、全ての期待を背負う事になったんだからな……テメェも国の為、王の為、何より俺達の兄貴の為に働け」
「……はい」




