52 市場へ
「言葉に気を付けて下されよ、クレナイ兄上。流石に身内を無礼討ちにするのは気が進まぬ……しかしこれ以上、妾の客人に失礼な態度を取るならば……承知しませぬぞ」
睨み合うクレナイとムラサキの間で海流がうねる。しばらくしてクレナイが刀を鞘に収めた。
「いくぞ、お前ら……」
その後はムラサキを見る事なく、仲間達を引き連れて巻き貝の船に乗り込むとその場を後にした。
「ふぅ……すまぬな、スバル達よ。見苦しい者共が失礼をした」
「いえ、大丈夫です。あの、ムラサキ様。あの方はムラサキ様のご兄弟ですか」
「うむ、あれでも王族の一人。妾の兄、クレナイじゃ。妾にはもう一人、兄がおってな。それが長兄でシンクという……察しておると思うがシンク兄上とクレナイ兄上は仲が悪くてな。品行方正なシンク兄上と素行の悪いクレナイ兄上は王位継承を争う仲でもあるのじゃ」
溜め息をついて厄介な家庭事情を説明したムラサキは街の門番に通行許可を求めた。
「後ろにいるのは妾の連れの人族だ。街へ入る許可をくれるかの」
「はい、ムラサキ様。こちらにお連れ様方のお名前をご記入下さい」
水棲族の兵士が手持ちの薄い石板をスバルに手渡した。
「ところで、クレナイ兄上はこの街に何しに来たのじゃ? ここで足留めしておったという事はロクな理由では無いのだろうが」
「はっ……そのぉ……」
クレナイ達が街へ来た理由をムラサキに問われた兵士は口ごもり、言葉にしづらい様子だった。
「流石に王族を誹謗する事は出来んか。忘れてくれ」
「はっ。申し訳ございません」
「よいよい……ん? どうしたスバル、まだ終わらんのか」
ムラサキがスバルの方へ目を向けると石板を手にして困った顔をしていた。
「あ、あの何か書く物はありませんか?」
「かくもの? ……あぁ! そうかそうか、地上では墨と筆で文字を書くのであったな! 失礼した。この石板は指先に魔力を集めてなぞれば変色して文字が書けるのだ。どれ、妾が代筆しよう」
スバルから石板を受け取るとムラサキは指先で石板に文字を書いていき、それを兵士に渡した。
「スバル、コーネリア、ルイ、ユーリ。以上、四名の通行を許可します。水棲族の街クレタにようこそ」
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スバル達が街の入り口である門をくぐるとそこは地上と同じように空気があり、街の住民達は地上にいるように地に足を付けて生活していた。
「あれ? 水中なのに空気がある……」
「わぁ……街がデッカい膜で覆われてるのか」
「でも、何で水棲族の街が空気の中にあるんだろ? せっかく泳げるんだからその方が楽じゃないのかな? こっちは助かるけどさ」
スバル達は上を見上げて街全体を包む空気の膜に疑問に思っているとムラサキが答えてくれた。
「それは当然、幾つも利点があるからの。まず一つ目に火が使える事。料理にしろ暖を取るにしろ、火が使えねば難儀するだろう? 二つ目に防衛だな」
「防衛、ですか?」
「うむ。水の中にも様々な魔物がいるが、当然その殆んどが水中に特化した魔物だ。そんな魔物がこの街を襲撃しようと膜を越えて来ても水中から放り出されるから、大した脅威にならん。だから安心して暮らせるという事よ」
「はぁ~なるほど」
一見すると水棲族には不自由な仕組みのように見えても、意外と合理的な理由があるようだ。
「さて、どこに案内しようかの? 何か希望はあるか」
ムラサキがスバル達に街の案内をしようと行き先の希望を聞く。
「はいはいは~い! 何か美味しい食べ物はないですか!」
「あたいは珍しい品物が買える店に行きたい! 宝石とか装飾品とか、お酒もいいねぇ」
「ボクは装備品の店が見たいです。水棲族の作る武具に興味があります」
「私は日用品の方が気になるかな? 水棲族の道具って面白そう」
口々に意見が飛び交い、好奇心旺盛なスバル達の様子にムラサキは大きな笑い声を上げた。
「あっはっはっは、じゃあ市場へ行こうかの。そこなら大抵の品も揃うし、食事も出来る。お主らも満足する筈じゃ」
ムラサキはスバル達を引き連れて街の一角にある市場へとやって来た。
街の外で獲れる魚介類は元より、海底鉱山から掘り出される資源も豊富なのか店先に並ぶ宝飾品がどれも地上で売られている品より安い値段だった。
どの店も地上では見ないような品を取り扱っており、スバル達は目を輝かせていた。
「おぉ! これはムラサキ様。どうです? 銀鱗草魚の良い物が入っておりますよ」
「ムラサキ様、どうぞ味見していって下さいな。お連れ様も一緒に!」
「名工スルテンの新作扇がございます。いかがですか、ムラサキ様」
ムラサキが店先を通れば次々と店員から声が掛かる。
ムラサキ個人が慕われているのか、水棲族の王族が庶民に慕われているのか。
「大人気ですね、ムラサキ様」
「はっはっは、地上の王族とは違うであろう? 水棲族の王族は城に籠るより、軍を率いて戦う事が多いからな。庶民との距離が割と近いのよ」
王族という特別な地位にありながら危険な魔物討伐でも先頭に立って戦い、自分達を守ってくれる存在に皆、畏敬の念を抱くようだ。
「ほれ、コーネリア。これなど珍しいのではないか? 海藻の漬物だ。辛みは強いが旨いぞ」
ムラサキが勧める壺に入った海藻をひとつまみ食べて、あまりの辛さにコーネリアが身を震わせた。
「はぅああぁ! か、辛……あ、でも旨い……」
「へぇ、良い土産物になりそ……あれ結構、高いよ」
壺売りの漬物の値段が他の店で売っていた宝飾品より高い事に、スバルが疑問に思っているとムラサキが解説してくれた。
「それは香辛料を地上から仕入れておるからだな。香辛料に限らず、海底では手に入らぬ物がそれなりにあるからな。地上との関係は大事なのだ」
辛さが気に入ったのか海藻の漬物を購入したコーネリアにルイが一口分けてもらい、その辛味に悲鳴を上げていた。




