43 船
ポラリスを出て一日半、道中は魔物の襲撃もなく平穏無事に進む事が出来た。
「……ん? 何か匂ってきた。何だろ」
「匂い? 別に何もしないけど……」
コーネリアが頻りに鼻を動かして空気に混じる何かの匂いを感じ取っていた。人族のスバルには分からないようだが、感覚の鋭い犬獣人のコーネリアには分かるようだ。
「それは多分~潮の匂いですね~もう少しで見えてくると~思いますよ~」
「しお? へ~、塩かぁ。ウチは噂でしか聞いた事が無いけど海の水ってしょっぱいんでしょ? 海の魚はみんな塩味なのかなぁ」
「あ~どうなんだろうね。でも、それより私が気になるのは海近くに住んでる人は飲み水とかどうしてるのかな? みんな塩水を飲んで生活している、とか?」
海の存在を噂話程度でしか知らない二人の憶測にユーリが苦笑する。
「あっははは。海の魚が塩味って事は無いし、海の水を飲んで生活なんてしてないよ」
「え、でも海の魚は塩水を飲んで生きているんでしょ? 身体の中に塩が溜まらない?」
「井戸の水には塩が混じるんじゃないの? 川の水だけで生活に必要な水を全部賄えるの?」
「えっ? あ、いやボクも詳しくは知らないし……どうなんだろ」
スバルとコーネリアの質問攻めにユーリは思わずたじろぐ。
「そんなに気になるなら自分の舌で確かめればいいじゃん。ほら、見えてきたよ」
ユーリとスバル達のやり取りに参加していなかったルイが進行方向に見える青く輝く水平線を指差した。
「おぉ……あれが、海」
「うわぁ、でっかいねぇ……」
コーネリアとスバルが遠くに広がる海に、ただ呆然と見入っていた。
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スバル達を乗せた馬車が港町アルスタに入るとまず最初に多くの船が停泊する港へとやってきた。
「ミオン先生、宿を探さないんですか?」
「それより先に~気になる事があるので~」
港の入り口に馬車を止め、ミオンは入り口付近にある建物へ向かった。
港町であるアルスタには様々な船がある。漁船、運搬船、そして客船。ミオンが向かった建物はアルスタと各地を往き来する定期船の乗船券を販売する場所だ。
「すみませ~ん、ミーノ島行きの船はありますか~?」
「あん? ミーノ島行きだって? アンタ知らんのかね、今ミーノ島じゃ流行り病が蔓延していて少し前から定期便は欠航しとるよ」
券売所の老人にミオンが定期船の有無を尋ねると老人は不満げに言い放った。
「ミーノ島の流行り病の影響がアルスタの港にまで広がって、港を利用する船が減っちまったんだ。お陰で売り上げが落ちてよぉ。たまらんよ、まったく」
「どうにか~ミーノ島へ行く船は~無いですかね~」
「さぁてね。普通の船はあんな島に行きたいとは思わんだろ」
ミオンの問いに老人は、にべもなく突き放すように言った。
「さて、困りましたね~」
「教団の強権で無理矢理船を出してもらうわけにはいかないんですか?」
「ん~……最悪、その方法で~行くしかないんですけど~出来れば穏便に~済ませたいんですよね~」
港には多くの船が停泊している。交渉次第でミーノ島行きを承諾してくれる船の一隻くらいはありそうなものだが、あまり強引な方法は取りたくないようだ。
「ミオン教官、あそこのボートを買って自分たちで漕いでいくのはダメなん?」
コーネリアが港に置いてある手漕ぎボートを指差して提案してきた。
チラッとボートに目をやり、大きく溜め息をついてミオンが首を横に振った。
「無茶言いますね~ミーノ島に着く前に~力尽き……あら? 意外とアリかも~?」
「えっ。嘘ですよね、ミオン先生」
ユーリの脳裏に、小舟でだだっ広い海原をさ迷い続ける自分達の姿が浮かぶ。航海術など持っていないのだから、まともに目的地に辿り着けるわけがない。
「私に~考えがあります~」
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アルスタの港に停泊する船の船員達が利用する酒場『十字星』。
長い海上生活から解放された船員達が思う存分に騒ぐなか、ミオン達はカウンター席に座るとバーテンダーに話し掛けた。
「店員さん~船を一隻借りたいんだけど~良い船員を紹介して~下さいな~?」
「……ここぁ酒を売る場所だぞ。船の事なら港に行きな」
「私達~ミーノ島へ行きたいんですよ~」
「ミーノ……今あそこがどういう状況か、分かってんのか?」
「分かってますよ~」
「……奥のテーブルにいるバランって奴。出身がミーノ島でな、もしアンタらが島の連中の為に動こうとしてるのなら協力してくれるんじゃなぇか?」
バーテンダーが顎でしゃくり示したテーブルの男は、酒を浴びるように飲んで騒ぐ他のテーブルの酔客とは違い、重苦しい雰囲気で静かに飲んでいた。
バーテンダーから酒瓶を一本貰い、ミオンは一人で飲んでいるバランの下へ向かった。
「こんばんは~」
「……なんか用か?」
「ちょっと仕事を~依頼したいんですよ~。あ、これどうぞ~」
ミオンが手土産の酒瓶を渡すと、バランは空のコップに酒を注ぎ飲み干した。
「まぁいいぞ。今は手が空いてるからな。どこかへ船を出したいのか?」
「ミーノ島まで」
「……アンタ、マジで言ってんのか」
「マジマジ~、大マジですよ~。私、ミーノ島へ行く船を~探してるんです~」
「だったら悪いな。組合の取り決めでミーノ島へは接近禁止になってるんだよ。万が一にでも病を持ち込むわけにはいかねぇからな……」
バランは喉元まで出掛かった愚痴を酒と一緒に飲み込んだ。故郷の苦難に対して、遠くから見ているしか出来ない自身の無力さを誤魔化すようにヤケ酒を呷っているようだ。
「そのミーノ島の問題を~解決する為にも~島に渡りたいんですよ~」
「そ、そりゃあ……! いや、だが……」
故郷の為に出来る事はしたい。だが組合の決定を破るわけにもいかない。
ミオンの言葉に気持ちが前のめりになりかけたが、心が定まらずバランは逡巡した。
「バランさん~組合の決定がミーノ島への入港あるいは接近禁止なら~その手前まで船を出してくれません~?」
「手前?」
「あくまでも~船は海の上~そこからは自分達でどうにかします~それなら組合の決定には~反しないのでは~?」
「アンタ、一体……」
手土産に持ってきた酒瓶を手に取り一気に飲み干して、ミオンは酒臭い息を吐いた。
「私は~ステラ教ぶはぁ教国星騎士、サクラギ・ミオンです~」




