04 湖の街
スバルが教会に行くと星師が笑顔で出迎えてくれた。
「おはよう、スバルさん。お待たせして申し訳なかったね、これが推薦状だ」
「ありがとうございます、星師様」
教会の印が入った封蝋がされている上質な紙の封筒を受け取った。
「スバルさんはこの後はどうするのかな。二日後にステラ教国直通の馬車が出るが乗っていくかい?」
「お気遣いありがとうございます。でも見聞を広める為に、少し遠回りをして行きたいと考えています」
「うんうん、君はまだ若い。経験を積むのは大切な事だね」
「はい、つきましては星師様に一つご教示頂きたい事があります」
「ほう、何かな」
「私は先の大戦で亡くなられた勇者様について学びたいと思っているんです。星師様がご存知の事があれば教えて頂きたいのです」
少し身構えていた星師は意外そうな顔をした。
「私の両親は傭兵として大戦に参加し、帰らぬ人となりました。その大戦に勝利をもたらした勇者様の事を知って、理想とする星騎士に少しでも近付きたいのです」
両親云々は勿論ただのカバーストーリーだ。人造人間であるスバルに親などいない。
適当な理由が作って勇者の事を知ろうとするのは、勇者達は同じ異界から召喚される為、共通する何かしらの情報を見つければ新たな勇者を探しだす手掛かりになると考えての事だ。
「そうですか、理想の姿を……そういう事ならば私の口から聞くよりももっと最適な場所がある。見聞を広めるというのなら隣国のアーリエンスという街を訪ねなさい。あそこは大戦時に勇者様が拠点としていた街だ。きっと色々な記録が残っている筈だよ」
アーリエンスは大戦末期、勇者パーティーが魔族の領域に攻め入る前に滞在し最終訓練をしていた街だ。星師の言う通り勇者の事を知るならば立ち寄るべき場所であろう。
長く滞在していたのなら普段の生活習慣から異界人特有の奇妙な行動や言葉などが記録として残っていてもおかしくない。
「分かりました。行ってみようと思います」
「うむ、きっと君の良い経験となるだろう」
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スバルはマルデル国を出国し、隣国ハルフィートンへと入国した。国境付近の関所を通過するのに冒険者ギルドの登録証とステラ教国の刻印が入った推薦状が大いに役に立った。
どちらも世界中に影響力を持つ組織であり、スバルがステラ教国の星騎士を目指していると話すと関所の兵士からは励ましの声までかけられた。
人族の生活を脅かす外敵と戦う存在にはそれなりの敬意が払われるようだ。
そうしてハルフィートン国内を移動中、スバルは湖の街ダグレスに立ち寄った。
美しい湖の景観が好まれて多くの観光客が街の大通りを行き交い、その観光客相手の店舗や屋台が賑わっていた。
「ルパ魚の串焼きだよ~美味しいよ~」
「串焼き……」
「ジューシーなモダ揚げ、揚げたてだよ~」
「揚げたて……」
「ダグレス名物タイコス焼き、食べてって~」
「名物……」
様々な屋台から漂う食慾を刺激する匂いに釣られ足取りがフラフラと迷う。財布の中身と腹具合にも限界がある事を考慮して、一日では満足出来ないと考えたスバルは数日の滞在を決めた。
「そうとなれば冒険者ギルドで金稼ぎをするか……と、その前に。おっちゃん! タイコス焼き三つ下さいな!」
「毎度ぉ!」
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屋台を梯子して食事を終えたスバルはダグレスの冒険者ギルドへやって来た。
外から来る観光客の出入りの多い街だと街中でのトラブルも多いらしく掲示板の依頼票の半分ほどは街中での依頼だった。
「調査依頼や警備依頼、人探しもあるのか……」
街中の依頼でも報酬の良い物もあるが、そういった依頼はある程度の土地勘や適した技術が無ければ上手くいかない物が多い。
土地勘の無いスバルがこなせる物では無いだろう。
「やっぱり外に出て魔物狩りで稼ぐ方がいっかぁ……どれどれ」
観光業で賑わう街にとって観光客が安心して街道を利用出来るか否かは重要な案件なのだろう。街道巡回の依頼や魔物の生息分布に関する情報にも報酬を出しているようだ。
そんな依頼の中でスバルは森の中に住む魔猿退治を選んだ。力任せに暴れる魔物が多い中で、この魔猿は知性が高く、街道を行く行商人の荷物を狙って簡単な罠を仕掛けたり群れの中で役割分担をして襲って来たりする厄介な魔物だ。
「依頼票の中でもこれだけ報酬額が三割くらい高かったけど、そんなに強い魔物なの?」
「一匹一匹の強さは大した事は無いんだが、とにかく悪知恵が働く奴らでな。退治に行った冒険者が自分達より強いとすぐに逃げ出すし、追い掛けた冒険者を落とし穴とか障害物の罠に嵌めて時間稼ぎをしてきて、何かと面倒な奴らなんだよ」
受付カウンターでスバルの出した依頼票を受理した職員が溜め息混じりで愚痴をこぼした。
よほど魔猿の被害に辟易しているようだ。
「魔猿は売れる素材が無いのも敬遠される理由の一つなんだよね~。かと言って予算も限られてるから報酬額も上乗せ出来ないし……何とか退治して欲しいよ」
退治して欲しいとは言っても、あまり期待をしているようには見えない。依頼を受けたのが、年若い見た目で冒険者の階級も低いスバルでは無理もないが。
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「さて、目撃情報の多い森に来たけど……これに食い付くかな」
ギルドで聞いた情報によると魔猿は雑食性ながらも匂いの強い物を好む傾向にあるとアドバイスされた。
そこで街の屋台で腐りかけた廃棄肉を分けてもらい、魔猿を誘き寄せる囮として撒いた。
少し離れた場所で監視していると斥候役とおぼしき魔猿が恐々近付いてきた。体格は人族の大人より少し小柄ながらも両腕が長い特徴的な姿をしている。
頻りに周囲を警戒し、廃棄肉も軽くつついて安全を確認している。
やがて一番大きな肉塊を掴むと一目散に森の奥へと駆けていく。
「よし、食い付いた」
木々が乱立する森の中を疾走する魔猿の後を追って、スバルは木の枝々を飛ぶように跳ねて進んでいく。
しばらく森を駆けていた魔猿が突如進行方向を変えた。
追跡に気付かれたようだ。
右へ左へと追跡するスバルを翻弄するように進む道を変えるが、それでも振り切れないと悟った魔猿が大きく吠えた。
すると見通しの悪い両サイドの木々の中からから二匹の魔猿が襲い掛かってきた。追跡者に不意打ちする為に配置された魔猿らしい。
「甘い、よ!」
速度を落とす事なくスバルは剣を抜き、魔猿達に反撃した。
例え意識の大半が下の魔猿に向けられていたとしても、雑に隠れていただけの魔猿の不意打ちなど食らう筈もなく、逆に返り討ちにあった魔猿達が悲鳴を上げて落ちていった。
「ギィギャアッ!」
「ちょっと作戦を変更しよっか」
スバルは斥候役の魔猿の脚を軽く切りつけてから追跡を止めた。切りつけられた魔猿はスバルを睨み片脚から血を垂らしながら去って行った。
傷を負って余裕の無い魔猿が悠長に寄り道をして巣に帰るとは思えない。おそらく最短距離で逃げ帰った筈だ。
地面に点々と残る血の跡を目印にして森を進むと数本の倒木が固まる場所を発見した。ここが魔猿の巣なのだろう。
遠くから見て、魔猿の姿は確認出来ない。斥候役の魔猿が逃げ帰り、異変を察知したのか巣には魔猿の姿は無かった。だが巣を放棄した訳ではなく、周囲に隠れ潜んで奇襲を掛けるつもりなのだろう。
「う~ん、巣に近付いたら投石でもしてくるつもりかな。だったら……メロディエンスの名の下に、光精よ写し身を操れ 『幻身』」
光魔法によって作り出された幻が巣に近付いた瞬間、スバルの予想通りに周囲から興奮した魔猿達の声と共に無数の石が飛んできた。
スバルは、恰も投石に打たれて意識を失ったように幻を動かした。その姿を確認した魔猿達が飛び跳ねて喜び巣に戻っていく。
横たわる幻に気を取られている魔猿達の隙を突き、魔法具のブーツの効果によって強化された脚力でスバルは無防備な魔猿達の背後から切り込んだ。