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36 妖精の悪戯

 スバル達が訓練に明け暮れる日々を過ごし、一ヶ月が過ぎる頃には訓練終了後に騒げる程度には鍛えられていた。


「犬神一族のコーネリア! 今日こそどちらが上か、ハッキリさせようではないかっ!」

「面白い……虎天一族のオルター! ウチの前に跪かせてやんよっ!」


 大柄な虎獣人のオルターが樽の上に片腕を置くと、コーネリアも片腕を置いてオルターの手を握った。両者が至近距離で睨み合う。


「よーし、両者準備万端! 勝った方には同期ナンバーワンの栄光と調理場から拝借した酒瓶一本が贈られるぞ!」


 審判役の男が酒瓶を振り上げ、周囲の観客にアピールした。


 宿舎の裏で観客と化した訓練終わりの候補生達がコーネリアとオルターを取り囲み、二人の腕相撲勝負を見守る。


「それじゃ、いくぞ。レディ……ファイッ!」

「だらぁ!」

「ぬうぅ!」


 歯を食い縛り、顔を紅潮させる二人。筋肉が膨張し血管が浮き立たせた二の腕が震えながら少しずつ動く。


 オルターを叱咤する声やコーネリアを鼓舞する声が飛び交うなか、少しずつコーネリアの手が樽へと近付く。


「おら……とっとと負けちまえぇ!」

「ぬぎぃいぃ! 舐めんなぁ……!」


 周囲の観客から悲鳴や歓喜の声が響く。トドメとばかりにオルターがさらに押さえこみコーネリアの手が樽につく寸前まで追い込んだ。それでもコーネリアは耐え続けて、徐々に盛り返していく。


「この……」

「負けるかあぁ!」


 攻守逆転させたコーネリアが一気に勝負を仕掛け、オルターの手を樽へと叩きつけた。


「勝負ありっ! 勝者コーネリアァ!」

「いえぇーい!」


 汗だくになりながら腕相撲勝負を制したコーネリアが審判から賞品の酒瓶を受け取った。


「おめでとう、コーネリア!」

「すごいよ、コーネリア!」

「にゃははは! ウチの勝ちぃ!」


 観戦していたスバルとユーリが上機嫌で戻ってきたコーネリアに称賛の言葉を贈る。

 誉められて喜んでいたコーネリアだったが、ルイの姿が見えない事に気が付いた。


「あれ? ルイ、どこ行った?」

「え、そういえば……」

「いつの間にか、居なくなってたね」

「やれやれ、しょうがない。勝利の美酒はルイ抜きで味わうか」


 酒瓶を開けたコーネリアの下にカップを持った観客が押し寄せてきた。


「良くやったコーネリア、俺はお前を信じてたぜ。乾杯!」

「お前が怪力ナンバーワンだ。よっ! 剛腕戦士! 乾杯!」

「オーガよりもオーガだぜ。乾杯!」

「酒がうめぇ! 乾杯!」

「ぬははっ! 乾杯!」


 次から次へと突き出されるカップに酒を注ぐコーネリアだったが、掛けられる言葉がどれも誉め言葉として微妙な事にいまいち釈然としない。


「ったく、誉めるならもっと素直に誉めなよ。ほら、ユーリも飲みな」

「う、うん……お酒かぁ。初めて飲むかも」


 軽く口をつけたユーリが眉間に皺を寄せた。


「う~ん、苦い……」

「あっははは! 味覚がまだまだお子様だねぇ」

「飲まねぇなら、俺が貰う!」

「待て、俺が飲む!」

「ずるいぞ、俺にも寄越せ!」

「だぁ~! う、る、さ、いぃ! これはウチの酒! ウチが飲~む!」


 ユーリから受け取ったカップに群がる男達を押し退けて、コーネリアが一気に飲み干した。


 空になったカップを見て男達が肩を落とす。


「あ、ルイじゃないか。何してたんだ、ルイ!」


 酒瓶が空になった頃、姿の見えなかったルイが飛んでいるのをスバルが見付けた。


「およ? どしたん」

「コーネリアが腕相撲でオルターに勝ったんだよ。で、賞品の酒を皆で飲んでたとこ。それにしてもどこに行ってたのさ、もう酒は残ってないよ」

「ありゃ、それは残念。タイミングが悪かったね」


 残念と言いつつも、ルイにそれほど気落ちした様子は無かった。


◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


 それからも訓練が終わるとフラッとどこかに消えるルイを不審に思いながらもスバルはとくに問い質すような事はせずにいた。そんなある日。


「え? 倉庫の片付けですか」

「そ~なの~。十八番倉庫の~補修を行うんだけど~中身を他の倉庫に移す前に~移動先の倉庫を片付けて~場所を確保したいのよ~」

「分かりました。何番倉庫ですか」

「二十二番倉庫よ~。じゃあ、よろしくね~」


 広い敷地内には沢山の倉庫が存在する。日用品以外にも式典に使用する大道具や非常時に備えての保存食、教団が所持する武器、防具など様々な道具が納められている。


 スバルが倉庫区画に立ち入り、一番から始まる似たような倉庫を探し歩くと。


「二十……二十……二十二。ここか」


 ようやく探し当てた倉庫へ向かうと、倉庫の前で他の教団員が倉庫の中身を引っ張り出していた。


「すみませ~ん。サクラギ・ミオン教官からこちらの手伝いに行けと言われて来ました」

「おう、待ってたよ。いや~、思ったより粗大ゴミが多くて参ったよ。君には外に出した粗大ゴミを廃棄場所まで荷車で運んで欲しいんだ。何往復もかかるけど頼むよ」

「分かりました。では、早速取り掛かりますね」


 スバルが荷車の荷台に倉庫から出てきた木箱、ボロ布、錆びた棒、壊れた防具を乗せて離れた場所の廃棄場所へ運んだ。


「結構な重量だけど、ここに来て鍛えられたお陰で問題なく運べるな」


 廃棄場所に到着すると荷台の荷物を降ろして、空になった荷車を引いて二十二番倉庫へ戻り、再度荷物を廃棄場所へと持っていった。


 そんな作業を続けているとフラフラと倉庫区画を飛んでいるルイを見掛けた。


「あれ、こんな場所で何してんだろ。お~い、ルイ!」


 空を飛ぶルイに声をかけたが聞こえなかったのか、ルイは何の反応も見せずに一棟の倉庫の窓から中へと入っていった。


「何やってんだろ?」


 怪しげなルイの様子が気になり、スバルはルイが侵入した倉庫の前にやって来た。


 倉庫の扉には鍵が掛かっている。


「え~と、誰も……いないよね?」


 ポーチから小瓶に入った金属スライムを取り出し、鍵穴に当てた。


 鍵穴から内部に侵入した金属スライムが硬化して鍵を開けると、スバルはそっと扉を開けて中へと入った。


 倉庫の中には大きな木箱がズラリと並び、何段にも重ねてあった。


 木箱の隙間を縫うように進んでいくとルイの声が聞こえてくる。


「うひひ、ウマウマ。こっちはもう少しか~……もぅちゃん、かっちゃん、ふぅちゃん、こっちの壺は上手い事、熟成させてね~……うぃ~、もうちょっと酒精は押さえないとバレちゃうかも、だはは」

「何やってんの、アンタ」

「ぅほっひゃぁ! スス、スバル……あぅ」


 複数の壺の上を飛び回り、中身を味見しながら上機嫌になっていたルイに背後からスバルが声を掛けると明らかに動揺した様子で固まる。


 壺に近付いたスバルの鼻に覚えのある匂いが漂ってきた。


「え、これ……お酒?」

「あ、いや、これは……そのぉ……」

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