03 思惑
一角狼の索敵は主に嗅覚と聴覚を駆使して行われる。一角狼の群れが休息をとっている住み処に高速で近付く存在にも当然気付き、配下の一角狼が奇襲に備えて待ち構える。
そこへ飛び込んできた双刃甲蟲はアッサリと噛み砕かれた。
群れの中でも一際大きな身体のボスは横たわったまま配下にさらに警戒を促し、自身も僅かな痕跡を探ろうと聴覚を駆使する。
小さな蟲以外にも別の大きな存在がいた。だが途中で止まり近付いて来ない。恐怖で身体が固まったか。ボスはそう判断した。
ボスは配下に偵察を指示し、始末させる事にした。二、三頭で掛かれば容易に始末出来ると考えたボスは警戒を解いた。
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「うっわ、高ぁ……あ、でも群れ全体が見える」
一方、森の上空へ飛び上がったスバルの眼には群れの中心で寝そべるボス狼と周囲にいる十頭程の一角狼が確認出来た。
「メロディエンスの名の下に、風精よ我に翼を与えよ 『空中機動』」
自由落下を始めたスバルの身体が風魔法の力を得て、無防備なボスの頭上目掛けて加速しながら落下していく。
上空からの異様な気配を察知したボスが行動を起こすより先にスバルの剣がボスの首を切り落とす。眼前に迫る地面と激突する直前で『空中機動』の効果によって落下角度を強引に曲げて、地面の土を巻き上げて滑るように着地した。
そしてその勢いのまま、ボスを討ち取られて反応が遅れた一角狼達の間をスバルが高速で駆け抜けて次々と討ち取る。
最初に刎ねたボスの頭が地面を転がる頃には一角狼の群れの数は残り数頭にまで減っていた。たった数秒で自分達の敗北を悟った一角狼はその場から散り散りに逃げ出した。
「よし、角を回収するか」
一際大きなボスの角と毛皮、配下の角も回収しスバルは街に戻った。
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「こ、これは……」
一角狼の群れを討伐した翌日に再び教会へやって来たスバルは星師に一角狼の角を見せた。
まさか試験を言い渡した翌日に早々とクリアするとは思っていなかった星師は、その事に驚愕すると同時に提出された一角狼の角に漲る魔力にも驚きが隠せなかった。
「これで推薦状は頂けますよね?」
「え、えぇ、勿論……しかし、大きい。間違いなく群れのボスクラスの角だ。それにこの魔力、もしかしたら進化直前だったのかもしれん」
星師は角を受け取るとスバルに翌日に再訪するように頼んだ。
と言うのも、スバルが余りに早く試験をクリアした為、推薦状の用意が済んでいなかったのだ。推薦状の作成と本国への報告書提出などの関係上、即日発行とはいかないらしい。
「すまないね、代わりに宿を提供させてもらうよ。教会近くの『アンタレス』という宿屋に部屋を用意するから泊まっていくといい」
「ありがとうございます。使わせて頂きます」
礼を述べて教会を後にしたスバルは星師の言っていた宿屋『アンタレス』を訪れた。宿の従業員に二階の個室へ案内され、簡素なベッドに腰掛けて一息つく。
「ふぅ……まずはオリジナルに連絡するか。『魂接続』」
(…………スバルか。試験はどうなった?)
「無事クリアしたよ。クリアが早過ぎて推薦状の用意が間に合わないから明日もう一度来てくれって言われた」
(そうか。星師は何か怪しんではいなかったか)
「いや、驚いてはいたけど此方を疑うような素振りは無かったよ」
(ふむ……引き続き慎重に行動し、勇者に関する情報を集めてくれ)
「りょーかい。でも何でステラ教国は勇者の存在を隠すんだろうね」
(勇者召喚は神より『聖人』の称号を与えられた者を三人生け贄にして行われる。だが貴重な聖人の命と引き換えにしても、召喚された勇者は成長するまで常人と変わらない……特にユニークスキル『奇跡』の扱いは相当に難しいのだろう)
異界より召喚された勇者が持つユニークスキル『奇跡』の効果は絶大だ。
一時的に自身の力を数倍に引き上げたり、重傷を負い魔力の尽きた仲間達を一瞬で完全回復させたり、その時々に強く願った事が現実となる常識を超えた理不尽な効果のスキルなのだ。
だからこそ能力では人族を圧倒する歴代の魔王達は敗れた。
(勇者召喚は人族にとって切り札の筈。前魔王と多数の戦士達が先代勇者と相討ちになって魔王軍は弱体化し、以後魔王軍と人族の争いは縮小していった……現実的な危機に直面していない今の状況で、何故聖人を犠牲にしてまで勇者を召喚したのか? 勇者とて人族なのだ、魔王軍が勢いを取り戻す頃には今の勇者は老いて弱体化している。そうなってから都合良く新たな勇者を召喚出来るとは限らないのにその問題を無視してまで何故?)
この問題は魔王軍でも議論されたが結局、明確な答えは見つからなかった。
故にスバーニャは人族の分身体スバルを造り出し、調査の為に派遣する事を決めたのだ。
(どうにも見えていない事実がありそう。スバルには勇者の確認と同時にステラ教国の思惑もハッキリさせて欲しい)
「わかった。取り敢えずはステラ教国を目指して勇者パーティーに加入出来るように星騎士を目指すよ」
(よろしく頼む。気を付けてね)
接続を切りその日は眠りについた。
翌朝、目を覚ましたスバルは教会に行く前に手に入れた角と毛皮のうち星師に提出した以外の余剰分を冒険者ギルドへ売却する事にした。
冒険者ギルドに顔を出すと早朝とあって人が少なく、スバルが受付カウンターに行くと前とは別の年嵩な女職員が対応した。
「何だい、お嬢ちゃん。ここは子供の遊び場じゃないよ」
「私は歴とした冒険者。素材を売りに来たの」
首に掛けていたタグを見せてカウンターに一角狼の素材を並べた。
「ほ~ん、こりゃ中々の品だねぇ……こっちは一角狼の角か。お嬢ちゃん、討伐クエストは受けてたかい?」
「討伐クエスト? 受けてないよ」
スバルが素直に答えるとそれを聞いた女職員が顔を顰めた。
「何だって、勿体ない! アンタ、冒険者登録した時にクエストについての説明を受けてないのかい?」
「うん、聞いたのは冒険者の階級と色々サポートが受けられるって事だけだったかな」
女職員は呆れたように溜め息をついてスバルに話した。
「やれやれ、半端な仕事をしやがる奴もいたもんだ。いいかいお嬢ちゃん、ギルドじゃ個人から依頼される臨時依頼とギルドが出す常時依頼がある。臨時依頼は細かく仕事条件が指定されるが、街周辺の治安維持を目的とした討伐クエストは常時依頼として出されてる。魔物を退治して素材を売却する時はクエストも一緒に受けといた方が得だよ」
「ふ~ん、クエスト達成報酬と素材報酬が貰えるってわけだ」
「ついでに依頼達成と素材売却のギルド貢献ポイントが加算されて、貯まれば階級が上がるって仕組みさ」
「階級か……私は星騎士を目指すから上がらなくても良いかな」
「ふふ、アンタくらいの年なら『ミスリルの冒険者』とか『騎士国の団長』なんて夢見るのも珍しくもないか。でも、一つ助言しておくが冒険者資格も持っておいて損は無いし、それに星騎士の中にはゴールドクラスの冒険者もいるよ」
これにはスバルも素直に驚いた。てっきり国に所属する騎士と冒険者の両立は無理だと思っていたからだ。
そんなスバルの内情を見透かしたのか、女職員はニヤリと笑い。
「特にステラ教国の星騎士は世界各地に派遣されて活動しているだろ。それなら現地の冒険者ギルドのサポートを受けた方が仕事もしやすいってもんさ」
「なるほど、確かに」
「てな訳で、アンタもしっかりギルドに貢献して階級を上げておくれよ」
素材売却の代金を受け取り、スバルは冒険者ギルドを出て教会へと向かった。