02 一角狼
マルデル国の首都にある冒険者ギルドへやって来たスバルが建物に入ると、なかは大勢のギルド所属の冒険者で賑わっていた。
食事をしながら情報交換する者や掲示板に貼られた依頼票を吟味する者など、思い思いに過ごしている。建物に入ってきたスバルに一瞬視線を送るが興味を引かれなかったのか、誰も気にしなかった。
スバルは一角狼の情報を聞く為、ギルドの受付カウンターにいる職員に質問してみた。
「こんにちは、魔物の生息地について情報が欲しいんだけど聞いていいかな?」
「何だオメェ? 見ない顔だな。うちのサポートを受けるには冒険者登録が必要だぞ、登録証はあんのか?」
元冒険者とおぼしき強面の職員が返答する。
スバルの所持品は武器防具と容量の小さなマジックポーチに入った雑貨くらいで、人族の世界で流通している冒険者登録証などは用意していない。
「ない。今すぐ登録は出来る?」
「ふむ……じゃあまずはこの水晶玉に手を置け。この水晶玉はオメェの魔力波長は計測して記録する魔法具だ。これで他の冒険者ギルドでもオメェの情報を共有出来る」
「ふ~ん」
スバルがカウンターにある水晶玉に手を置くと水晶玉が一瞬光り、それを確認した職員がタグを取り出してスバルの前に置いた。
「よし、問題ないな。これで登録は完了だ。このタグが登録証だ、コイツにオメェの活動記録が保存されるから無くすんじゃねぇぞ」
「へ~……分かった」
「ちなみにオメェの階級は一番下のブロンズだ。活動の内容次第で階級がブロンズ、シルバー、ゴールド、ミスリルって感じに上がる」
「上がると良い事でもあるの?」
「勿論だぜ。ギルドで販売しているアイテムを安く買えたり、貴重な情報を貰えたり、街から街への移動方法を用意されたり、国や貴族からスカウトされたり……まぁ色々な」
「ふ~ん、まぁ分かったよ。それじゃあ魔物の情報を教えて欲しいんだけど」
タグに紐を取り付けて首に掛けるとスバルは一角狼の情報を尋ねた。
教えられた情報によると街道近くの森に一時狼の群れが住み着き、時折街道を行く旅人を襲っているとの事。目撃情報からおおよその生息地を割り出し、スバルは街を出た。
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一角狼。その名前の通り、頭部に硬質の角を生やした犬系の魔物で群れで活動する。
群れで一番強い個体がボスとなり群れを統率して狩りを行う為、一角狼の個体の強さより群れ全体の大きさが重要視される。
「一角狼か……魔王軍で管理している個体かな? 試しに呼んでみるか。メロディエンスの名の下に、風精よ呼び声を届けよ 『召集・一角狼』」
スバルが発動させた魔法が森に広がるが、反応は無かった。森に住み着いた一角狼は魔王軍とは関係ない野生の魔物のようだ。
諦めて自力で探そうと歩き出したスバルの背後に飛来する物体が襲い掛かってきた。
「おっと」
背後から襲い来る魔物の攻撃を難なく躱し、すれ違いざまに素早く抜いた剣で切りつけた。
だが剣で切りつけられた魔物からは金属音が返ってきた。
飛んできたのは体長30cmを超え、金属性の外皮を持つ双刃甲蟲だった。
「ありゃ、さっきの魔法で注意を引いちゃったかな」
硬い外皮に一筋の傷を付けられた双刃甲蟲が向きを変えて再び攻撃を仕掛けて来る。
大きな二つの牙は太い木の幹を容易く切断するほど鋭く、高い防御力と相まって冒険者達から恐れられていた。
正面から飛んでくる双刃甲蟲に合わせて剣が振り下ろされ、双刃甲蟲が勢いに負けて地面に落とされたが無傷のまま飛び上がった。
「逃がさないぃ……よっ!」
無造作に背を向けた双刃甲蟲の首関節を狙って刃が入り、そのまま両断した。
「やれやれ、面倒くさいヤツだったな……そうだコイツで探索するか。メロディエンスの名の下に、命精よ我がしもべに仮初めの形を与えよ 『使役獣・双刃甲蟲』」
地面に転がる両断された双刃甲蟲の身体から魔力が浮き上がり、白色の双刃甲蟲を象った。
「よし、成功! この辺に一角狼がいると思うんだけど案内してくれる?」
スバルの指示に応えるように双刃甲蟲が森の中を飛んでいく。見失わないように追い掛けて行くスバル。
脚力を増幅する効果を持つブーツの力で、飛行する双刃甲蟲に引き離されずに後を追う事が出来る。
やがて森の開けた場所に近づいた所で何かを感じ取ったスバルが急遽足を止めた。
先行していた双刃甲蟲だけがさらに先に進むと突如、何者かに捕らえられ動きが封じられた。
そして次の瞬間、双刃甲蟲が噛み砕かれた。
使役魔法が強制的に解除された事による反動を僅かな痛みとして感じ、双刃甲蟲の消滅を感知したスバルは、一角狼のテリトリーに近付いた事を知った。
離れた場所にいるスバルには一角狼の姿は視認出来ないが、魔法で再現されたものとはいえ双刃甲蟲の硬い外皮を噛み砕けるのはここら辺では一角狼くらいだろう。
「まだ完全には気付かれてはいないけど……侵入者が現れて少し警戒気味か」
姿こそ確認出来ないが一角狼達が殺気立っているのが肌で感じられる。ここから警戒中の一角狼の群れに突入するのはさすがに無理だ。
いくら魔王の分身体で高い能力を持つとはいえ、スバルの身体能力は常人の範囲内だ。
「なら予想外の所から奇襲を仕掛けるかな」
スバルは身を屈めるとブーツに魔力を流し込む。その魔力に呼応してブーツの宝珠が淡い光りを放つ。
そしてスバルが力の限り、思いっきり飛び上がるとその身は森の遥か上空、数十メートルの高さまで到達していた。