17 嗅覚を刺激する
翌朝、街を出発した巡回馬車は元のルートに戻ると順調に街道を進んだ。
街が近いのか広い街道には馬に乗った旅人や重たい荷物を背負い歩く商人、何台も連なって進む馬車などが増えてきた。
やがて街道警備の兵士らしき数人が、戦闘用の騎獣に跨がって街道を駆けていた。
よく見ると身に付けている装備品にステラ教の紋章が入っていた。
「あれって……ステラ教国の兵士?」
「だね。その兵士が巡回しているって事は、ステラ教国の領域に入ったって事かな」
コーネリアが身を乗り出して馬車の荷台から外を覗くと、かなり遠くの方に空に向かって伸びる柱のような建造物が見えた。
「嬢ちゃん達。遠くに細長い棒みたいな建物が見えるだろ、あれがステラ教国の総本山だ」
「あの細っちぃのが?」
「あはは、まだまだ距離があるからそう見えるだけで実物はかなりデカいぞ。熱心な信者以外にもあの塔見たさに訪れる観光客もいるくらいだからな」
長年、巡回馬車の手綱を握ってきた御者はそういった客を何度も運んできたのだろう、笑いながらスバル達に色々教えた。
「俺は中まで入った事はないんだが、聞いた話じゃあの塔のてっぺんには歴代の勇者様を呼び出した召喚魔法陣があるんだとさ。あの塔はステラ教国の中心部であると同時に人族の希望の地でもあるってわけだな」
「ふ~ん、中心部って事は国のお偉いさんも住んでんのかな。あたいは預かった親書を渡さなきゃいけないんだけど、王様の名前ってなんてぇの?」
スバルの肩に腰掛けたルイがドライフルーツを頬張りながら御者に尋ねた。
「ステラ教国は宗教国家だからな。国で一番偉いのは『極星』って地位にいる人で、その下に『大星師』がいて、さらに下に複数の『星師』がいるんだったかな」
「じゃあ、その極星の人は何て名前なの?」
「それが、ここしばらく極星に就いた人はいないんだ。国の事は極星代理の大星師ベガ様が仕切ってるらしいから、小さい嬢ちゃんの用事はそのベガ様に頼めばいいんじゃないか」
「そっか、わかった。おっちゃんありがと」
「いいって事よ。用事が無事に終わるといいな」
しばらく馬車に揺られていると、整備された街道の快適さでうとうとしていたコーネリアとルイがいつの間にか静かな寝息をたてて眠っていた。
コーネリアとルイが眠っている間に馬車はステラ教国の都市ポラリスを守る巨大城壁の傍までやってきた。
ここまで近付くと見上げるほど巨大な城壁の向こう側に天まで届きそうな迫力ある塔の姿を見て、ただただ言葉を失うスバルだった。
「は~……」
「……んにゅ……大盛り、おかわり」
「……うひっ……ぐへへ」
大勢の兵士に見守られながら、馬車は城門をくぐり都市内部へと進んでいった。
これまで訪れたどの街よりも広く整備された石造りの道路、道行く人族も多種多様で着ている服装も店先に並ぶ品々も見た事の無いものばかりだった。
「これがステラ教国か……」
大通りを抜けた馬車が広い停車場に入ると御者は乗客達に目的地の到着を伝えた。
うたた寝していた二人も目が覚めると大きく身体を伸ばして眠気を飛ばした。
「んん~! やっと着いたぁ」
「ここまで長かったもんねぇ」
馬車を降りて他の乗客達とも別れたスバル達は今夜の宿を求めて、人気の多い大通りに向かった。
「うわ~、どこを見ても人、人、人! よくもまぁこんなに集まるもんだわ。妖精族の郷にいる引きこもり連中が見たらこれだけで卒倒しそうだわ!」
背の高いコーネリアの頭の上は見晴らしがいいのか、周囲を見渡していたルイは驚きの声を上げた。
「今日の宿はどこにしようか」
「ウチは、ご飯の美味しいとこが良いな」
「そういう事ならあそこにしよ~ぜ! ふぅちゃんが美味しいそうな匂いがするって言ってる」
「ふぅちゃん? あぁ風精ね。精霊にも料理の味とか、わかるんだ」
ルイが指差す方向にある小さな宿屋に入るとコーネリアが何かに気付き、匂いを嗅ぐ仕草をした。
「ん? 何だろ。食欲を刺激する挑戦的な匂いがする」
「え、どういう匂い?」
スバル達がテーブルに着くと店員がメニューを持ってきた。観光客が多い都市だけに獣人のコーネリアを見ても何も気にしない店員だったが、頭の上で寝転ぶ妖精族のルイを見て目を丸くしていた。
「店員さん、この微かに香る匂いは何?」
「……え? あ、はぃ……当店自慢のカレーです」
「ほほぅ、当店自慢……良いね」
コーネリアの目が鋭く店員を射抜く。
「じゃあ、そのカレーを三人……」
「六人前」
「……カレーを六人前、下さい」
気を取り直した店員が厨房へ注文を伝えにいくとスバルはコーネリアに話し掛けた。
「聞いた事もない料理なのに、いきなり六人前も頼んじゃって大丈夫なの? 私とルイは一人前しか食べないよ?」
「ふふ、獣人族が戦いに臆する事なんてないよ」
「いや、意味わかんない……というか、コーネリアって嫌いな食べ物とか無いの?」
「無い。ウチにとって食べ物とは……『食える物』か『食べてはいけない物』だから」
「食べてはいけない物って……それもう食べ物じゃないよね」
コーネリアの食事論に今さらながら呆れていると店員が料理を運んできた。
ここまで近付くとコーネリアの言っていた食欲を刺激するという言葉をスバルも感じていた。
スプーンでドロッとしたスープと白い米を掬い、口に入れた。




