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15 妖精族

 セントナードを出発して二日目。ステラ教国を目指す巡回馬車は順調に山道を進んでいたが空が急変し、灰色の雲が広がって今にも天気が崩れそうだった。


 馬車の御者は雨が降る中での移動は危険だと判断し、山道の途中で見付けた洞窟でその日は野宿する事を決めた。


 馬車にはスバルとコーネリア以外にも数人が乗っており、その客達の中には野宿を決めた御者に不満をぶつける者がいた。


「おい、こっちは急ぎの用事があるんだ。まだ雨は降っていないんだからもっと進めるだろ」

「そうよそうよ! 只でさえ固い地面で疲れが取れないのに、こんな暢気な行程じゃいつまで経っても休めやしない! 私達は客よ、お金を払っているんだから移動を再開しなさいよ!」

「あのねぇ……前もって移動に掛かる日数は変動するって伝えてあるでしょ。それに馬車の運行については俺が決断する事だ。アンタらの指図は受けん!」

「何よ! 私を誰だと思ってんの!」


 不満を漏らす客達が馬車を動かせと詰め寄っても、御者はキッパリと断った。

 その事に腹を立てた女性客が金切り声を上げた。


 他の乗客達は、そんな喚き散らす様を呆れた様子で見ていた。


 そんなやり取りをしている間に洞窟の外では激しい音とともに視界を遮るほどの雨が降り始めた。


「あぁもう! アンタがぐずぐずしているから雨が降ってきたじゃない! まったく、時間の無駄だわ!」

「やれやれ、少しでも先に進んでおけばこんなジメジメした洞窟よりマシな場所があったかもしれんのに……」


 文句を言っていた客達も捨て台詞を吐いて野宿の準備を始めた。


 激しい豪雨の音が響く中、洞窟で一夜を明かした。


◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


「……きて、スバル。起きて」


 まだ日が昇らぬ夜明け前、コーネリアに揺さぶられてスバルは目を覚ました。


「ん……何、どしたの」


 スバルが身体を起こし周りを見ると乗客達と御者が深刻な顔で話し合っていた。

 いつの間にか雨は上がったようで外は静かな暗闇だった。


「なんか馬車が盗まれたんだって」

「……えぇ!?」


 驚きの事実に、半分寝惚けていたスバルの意識がハッキリした。コーネリアの話によると皆が寝静まり、雨が小降りになった頃に一部の乗客が馬車を盗み出していなくなってしまったそうだ。


「その乗客って」

「うん、御者のおじさんと揉めてた二人」


 あまりの暴挙に開いた口が塞がらない気分になる。洞窟の入り口に馬車を停めて乗客と御者は洞窟の奥で休んでいた為、距離と雨音の所為で盗人の犯行に気付かなかったようだ。


「こうなったら歩いて近くの街まで行くしかない。日が昇ったら出発しよう」


 気落ちした御者が乗客達にそう言うと溜め息をついた。愛馬と商売道具の馬車を盗まれたとあっては仕方ないのかもしれない。


 静かに夜が明けるのを待ち、洞窟の外が明るくなり始めた頃、御者を先頭に乗客達は山道を進んでいった。


 昨夜の激しい雨の影響か、辺りに濃い霧が発生していた。霧で見通しが悪く、泥濘んだ山道は歩行の妨げになっていたが道に詳しい御者が先導し、ゆっくりと進めば問題はない。


「馬車を盗みやがった連中は大丈夫かねぇ」


 乗客の一人がポツリと溢した。


 慣れない操車、視界の悪い夜の暗闇、濡れた山道。誰もが最悪の展開を予想してしまう。


 下り坂を歩いている時、足にひんやりとした冷気が触れた。


「え……何だ。あれ」

「氷の……塊?」


 霧の中を進む一行の前に、凍りつき氷像と化した馬車が現れた。


「ま、まさか……」

「足下に気を付けろ!」


 御者は、道から外れて崖下に落下寸前の状態で凍りついている馬車に近付き、まじまじと見つめる。彼が予想した通り、それは盗まれた馬車のようだ。

 御者台で手綱を握り恐怖で顔を歪めている男と荷台で腰を抜かしている女も氷像と化している。


「ど、どうなってるんだ」

「これは……魔法か?」


 崖下に落ちかけている最中に時間が止まったかのように凍りついている馬車。明らかに誰かの助けでこうなったのだろう。

 凍らせた者の姿を探して辺りを見回していると頭上の木の枝に何かを見付けた。


「へいへ~い、アンタらがこの馬車のお仲間かい? あたいが危ない所を助けてやったんだよ。感謝しな!」


 木の枝から一行の前に飛び出してきたのは手の平サイズの小さな小人、妖精族の少女だった。背中に羽根を生やし、空中を踊るように軽々と飛び回っている。


「この子は……妖精か? 初めて見た」

「ほ、本物か……ぃた!」


 乗客の一人が思わず伸ばした手を妖精族の少女が弾いた。妖精族の小さな手で弾かれただけなのに、乗客の手には一筋の切り傷が付いていた。


「気安く触るな、無礼者! 八つ裂きにしたろか!」

「す、すみませんでしたぁ!」


 妖精を怒らせた乗客が慌てて謝罪している。


「へぇ~。妖精族は精霊との親和性が高くて魔法適性も高いって聞いたけど、こういう事なんだねぇ」


 コーネリアは、動作一つで風を操った妖精の能力に驚きの声を上げた。


「初めまして妖精さん。私はスバル」

「ウチはコーネリアだよ」


 自己紹介をしたコーネリアの頭に着地した妖精が名乗りを上げる。


「あたいは妖精族のルイ。よろしく」

「こちらこそよろしく、ルイ。ところであの馬車なんだけど、実はそこにいるおじさんの盗まれた馬車なんだ。取り戻したいんだけど、あの氷を何とか出来ないかな」

「そうだな~、取り戻したいって言うなら~、何とかしてあげるけど~、その前に~、崖から落ちるのを助けたお礼が~、欲しいな~」


 コーネリアの頭の上でルイが、御者に向かって手で輪っかを作った。


「え、あ、あぁ謝礼か。そうだな、妖精のお嬢さんのおかげで馬車が助かったんだから、当然だな。しかし、うちの馬は氷漬けになってるが生きてるのか?」

「だぁ~いじょぶ、封印凍結だから魔法を解けば元通りよん。で、いくらくれんの?」


 御者は金貨三枚をルイに渡した。庶民にとって金貨はかなりの大金だが愛馬の恩人となれば惜しくは無いようだ。


「うほほ、毎度あり」

「……何か、ウチの妖精に対するイメージが崩れそう」

「あん? 世の中、綺麗事では渡っていけないのよさ。甘ちゃんは黙ってな」


 コーネリアが愚痴をこぼすが、ルイはお構い無しにバッサリと言い切った。


「じゃあ、ルイ。馬車を道に戻して解凍をお願いね」

「任せといて。ちぃちゃん、馬車を動かして。すいちゃん、封印の解凍よろしく~」


 ルイの言葉に従って、地精が馬車を浮かして移動させ、水精が馬車の氷を消し去った。


 解凍された馬は元気に嘶き、盗人の二人は状況がわからず呆けていた。

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