憧れの女性に卒業させてもらった日
僕がずっと憧れていた女性。
二学年上の先輩が微笑んでくれている。
「これであなたも卒業ね」
先輩はうつ伏せになって両手で頬杖をついている。
体にまとっているのはシーツだけだ。
そこから出ているきれいな肩や足が眩しくて、僕は視線を逸らした。
「今さら、何を照れているのよ」
だけど先輩もちょっと照れているようだ。
胸元までをシーツで包むように覆っている。
「あの。下手、でしたよね? ごめんなさい」
先輩は上体を起こすと、クスリと笑った。
「上出来よ。初めてにしてはね」
「恥ずかしいです。あの、その、随分遅かったですし」
「まあ、確かに私はもっと早かったけれど」
周りのみんなもそうだ。
大学の美術学部四年生の中で、僕だけが取り残されていた。
馬鹿にしてくる奴もいた。
友達には、いいから早くやっちまえなんて言われもした。
僕は焦っていた。
自分が情けなくて仕方がなかった。
OJの先輩が会いにきてくれたのはそんな時だ。
デザイナーの仕事で忙しいはずなのに、僕の様子がおかしいと聞いて心配してくれたらしい。
迷った末に、僕は悩みを打ち明けた。
先輩は、優しかった。
そして今日、こうして――。
気恥ずかしさと、肩の荷が下りたような気持ちが僕を満たしている。
「くしゅん」
先輩が可愛いくしゃみをした。
「寒いですよね。2月ですから」
僕は先輩の肩に毛布を掛けた。
「ありがと」
先輩はシーツを胸元で押さえながら立ち上がると、裸足で歩いた。
ある人物に向かって。
「先生。これでいいですよね?」
「いいわよ。でも提出期限ぎりぎりね」
美術学部の先生がため息をついた。
ここは大学の美術室だ。
「遅くなってすみません」
僕は先生に頭を下げた。
「でも初めて描いた割には上出来じゃない。この裸婦画」
先輩がキャンバスを眺めながら呟いた。
「モデルがいいからかもしれないです」
先輩が少しはにかんだ。
「感謝しなさいよね。卒業制作のテーマが決まらなくてグズグズしていると聞いて、テーマを決めてあげた上にモデルにまでなってあげたんだから。私が卒業させてあげるようなものよね」
「本当に、先輩のおかげです」
先輩がモデルのセミヌード画の卒業制作は、今日完成した。
これで卒業できる。
大学を。