急ぎの仕事
「ミュッセ嬢、ちょっといいだろうか?」
「はい、何でしょうか?」
翌日の夕方、私は自分の担当でもある上司に呼ばれた。今日も麗しい顔は健在で、相変わらず笑顔の大判振る舞いだ。
(はぁ…今日も相変わらず爽やかさが半端ない…)
好みの顔と言うのは厄介だな、と思う今日この頃。昔と違って真面目に職務に励み、浮いた噂一つない目の前の上司は、学生時代のあれは何だったのだと思いたくなるほどの仕事人間になっていた。しかも有能で的確な指示、質問すれば直ぐに欲しい答えが返ってくる。それに何だかここに来てからは、やけに愛想がいい様にも感じた。昔は…と記憶を振り返ったけれど、奴との絡みは殆どなかった事に気付いた。そうなると昔の印象を維持し続けるのは難しかった。
(いっそ、女遊びでも続けてくれたらよかったのに…)
的外れだとは思いながらも、そう思う日々だった。もし自分が首席をとれていたら今頃は宰相府に…と思っていたのだけれど、一緒に仕事をしてしまえばその有能さを認めざるを得ず、それは彼が首席に相応しいと証明する事に繋がり、私は色んなものを抉られる気分だった。
「急ぎですまないが…この書類を今日中に、お願いできないだろうか?」
そう言って私に手渡したのは、騎士団の予算案の一つだった。新しく何かをするにあたっての予算申請書…だろうか。
「…でも、これは…」
「ああ、すまない。本来なら団長とその補佐のアルノワ殿の仕事なんだが…団長は彼に任せていたんだが、彼は書類を出さずに休暇を取ってしまって…」
そう言えば今日は静かだなぁと感じたし、あの男も休暇を取るって言っていたっけ、と今になって思い出した。エミール様との時間が楽しくて、すっかり忘れていたわ。
そして彼は仕事を片付けずに休暇に入ってしまったらしい。しかもこの書類、明日朝一番に団長が王宮に持っていくのだと言う。
(ちょっと…休むのはいいけど自分の仕事は終わらせなさいよ…!)
そうは思ったが、本人はいないし、エミール様は婚約者と約束があると言って帰ってしまった。ここの文官の長のロートレック様は実務は殆どなさらないし…となれば私しか残っていなかった。
「…わかりました」
「すまない。私も手伝うからよろしく頼む」
好みのイケメンにすまなそうな表情でそう言われては、無下にも出来なかった。
(…なによ、その捨てられたわんこみたいな顔は…)
不本意にも心が波立ってしまった…あれは反則だろう…
(いかんいかん、あいつは天敵、学園時代に私の前に立ちはだかり続けた敵なのよ)
私は気を引き締めて書類を手にすると、自分の席に戻った。かなり複雑な書類だけど…前職で何度か見た事があるから何とかなりそうだ。それじゃ早速…と取り掛かったところで天敵を訪ねて騎士がやってきた。
「副団長!ちょっとよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「じ、実は…」
それから二人で何やら話し込んでいたけど…
「すまない、ミュッセ嬢。直ぐに戻る」
そう言うと騎士とどこかに行ってしまった。
(ちょっとぉ~手伝うって言ってたのは何なのよ…!いや、その前に指示は?団長から何か話はなかったの?)
そうは思うが、しばらく経っても奴は戻ってこなかった。書類自体は何度も見た事があるものだけど…
(仕方ないわね。彼がいなくても資料があればなんとかなりそうだし…)
それに、一枚の書類を書くのに二人がかりでする必要はないだろう。私は気を取り直して書類に取り掛かった。一人だと集中出来たのもあってか、思った以上に捗ったのは言うまでもない。




