最大最凶の天敵
アレクサンドル=ブーランジェ。文句なしの爽やか系イケメンにして栄えある公爵家の次男、そして…私の学園時代の天敵とも言える男が目の前にいた。彼に比べたら…あのセルネ伯爵家を廃嫡されたジョエルなど可愛らしいものだと断言出来る。何と言ってもこの男は、学園時代に私が手にしたくて仕方なかった首席の座を独占していたのだから…!
(…よりにもよって…この男が私の上司って…)
学園時代の苦々しい思い出が昨日の事の様に蘇って、私は暗澹たる思いに支配されるのを感じた。この男は私が手にしたくて仕方なかった主席の座を常に独占していたのだ。もしかして…との予感はあったけれど、騎士団の事にそこまで詳しくない私は、まさか…との思いの方が勝っていたからだ。ううん、もしかしたら無意識にその現実を拒否したかったのかもしれない。とにかく、目の前の男を私が最も嫌っているのは間違いなかった。最大にして最凶の天敵と言えよう。例え見た目だけは好みストライクど真ん中だとしても…
「…お久しぶりでございます」
名前を呼ぼうとして私は彼の苗字が前と違う事に気が付いて、挨拶だけに留めた。彼は確かにランベール公爵家の次男だった筈だ。それがブーランジェと名乗ったという事は、養子か婿に入ったのか、はたまた親から爵位を受け継いだのだろうか。興味がないから卒業後の事までは知らなかった。
「ああ、今は親から爵位を譲り受けて、ブーランジェ伯を名乗っています」
「…左様ですか」
くそう、親の七光りで伯爵位だなんて、なんて羨ましい…じゃなくて理不尽な!まぁ、公爵家なら幾つも爵位を持っていて、次男三男はそれを受け継ぐのが一般的ではあるけれど。伯爵位しか持たない貧乏な我が家とは雲泥の差だ。
「そう言えば、二人は学園で首席争いをしていたそうだな」
「ええ、彼女は実に手強いライバルでした」
「ほう!アレクがそういうなんてよっぽどだな。だったら補佐の仕事も問題ないだろう」
「…善処致します」
グランデ団長はにこやかにそう言い、天敵男がそれに答えていたが、私はそれを眺めながら、気持ちが氷点下に下がっていくのを感じていた。
(…なにが手強いよ。よく言うわ…)
団長は私達が切磋琢磨したいいライバルだと思っていらっしゃるようだけど、私にあるのは積年の恨みだけだった。だってあの男は学園時代、常に側に令嬢を侍らして、何時勉強しているんだと思うくらいに遊び回っていたのだ。それで首席だなんて、真面目に勉強している自分が惨めに感じても仕方ないだろう。そしてそんな彼の存在はとにかく目障りで腹立たしいだけだった。しかも希少な魔力持ち。どれだけ天に贔屓されているんだ?とやさぐれたくなる。
そりゃあ、公爵家なら財力にものを言わせて優秀な家庭教師も付け放題、こっちは地道に図書館で勉強するしかなかった。それでも彼以外の貴族には勝ったとの思いが、私のプライドでもあり心の支えだったのに…この男の前ではそれが紙切れの様に価値がないものに感じるのは、私の僻みなのだろうか…
「ではエリアーヌ嬢、この後私の執務室に移動して仕事の説明をしたいのですが…」
「…私の事はミュッセと、お呼びください」
「あ、ああ…失礼」
「ははっ、ミュッセ嬢は真面目なんだな」
私の一言に天敵は微かに怯み、団長は真面目故だと思われたようだけど、名前呼びなんて冗談ではなかった。こんなイケメンの補佐に着いたなんて、それだけでも僻みやっかみの対象になるのは間違いないだろう。ここは何としても太い一線を引いて、仕事だけの関係との印象を強調するしかなかった。後ろ盾も伝もない貧乏貴族には、何かあった時に頼れる相手などいないのだから。