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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<下>  作者: マグネシウム・リン
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6


 朝もやにプーカオ=ネインの街が沈んでいる。背の高い建物の屋上だけが顔をのぞかせている。

 1ヶ月。

 この間に第1師団の救援に駆り出されることもあれば、VIPとだけ説明された車両を護衛して街に入ることもした。いずれもテウヘルからの攻撃は散発的で組織だったものじゃなかった。

 その間延びした危機感と閉塞感のせいで部隊の士気はがたがただった。ニケの前ではみな背筋を正すのだが見えないところではだらだらと1日中カードをしたりバックナンバーが半年前の雑誌を回し読みしたり、無為に時間を過ごしていた。

 任務開始前に情報部へ言うべきだったこと=レーザー誘導装置などというものが本当にあるなら、それが表に出てくるのは空中要塞が接近するのと同時だ。神出鬼没な空中要塞だ。それが現れてからやっと作戦開始になる。

 この1ヶ月、毎朝ニケは朝の街を眺めていた。朝は湿度が高い。それならレーザーの光もよりくっきり見えるのではないか、という淡い期待からだった。

「朝は冷えるねー」リンが現れた。「ぬくぬく~♪」

 手に持った毛布をニケにかけると、リンは一緒に毛布にくるまった。

「リンの当番は明日だろう」

「ちょっと早く目が覚めたらさ、ニケが屋上に行くのが見えたから」

「寝てて良いんだぞ。どのみちテウヘルもそんなに戦う意志が見えないから」

 最悪の想定としてはテウヘルがプーカオ=ネインを迂回して進撃していること。そういう心配事は第1師団の仕事だが、なにかとボンクラな彼らに任せてよいやら心配になる。

「ニケは双眼鏡を使わないの?」

「ああ、肉眼でも十分に見える。というかヒト用の双眼鏡だと像がゆがんでよく見えないんだ」

「違う生き物なんだね」ぴと、とリンの頬が当たった。「いい匂い」

「こら、かぐな!」

 ニケは毛布から這い出た。

「えーシィナちゃんは嫌がらないよ。あっもしかしてニケ、えへへ、恥ずかしいのかな?」

「ちがう、そうじゃ。あまりくっつきすぎるとまたみんなにからかわれる」

「あたしは別にいいもん」

 ちょっと拗ねたか──これも長い戦地でのストレスのせいなのか。

 街の風景はいつもと変わらない。廃墟だ。ときどき建物ごと崩壊して風景が変わる。季節風に乗って野鳥が湖にたくさん飛んできた──わずかながら退屈な日常を飾ってくれる変化。

「ね、ニケ。一瞬だけ赤い光が見えたんだけど。北北東の方角。尖った屋根の建物の右側。距離は、たぶん4町半」

 ニケは身を翻してその方向を凝視した。瞬きもせずじぃと──いた。赤い光だ。そして空から雷鳴のような遠鳴りが聞こえ、そして──砲弾が湖に着弾して盛大な水柱を上げた。野鳥の群れでも狙ったのだろうか。

「空中要塞が来たのか! こう曇っていたら位置がつかみにくい。リン、皆を起こせ。戦闘態勢を」

「了解」

「シィナといっしょにレーザー誘導装置を確保してくる。だからそれまで──」

「えーっ」

「えーってなんだよ」

「いっつもシィナちゃんと一緒だよね。あたしは?」

「剣士と歩兵なら共同歩調を取りやすいだろう。それに、4町半(5km)も屋根伝いに飛んで行けないだろ、お前」

 拗ねている。リンが拗ねていた。ニケは鉄帽の上からリンの頭をなでてやった。

「あとで埋め合わせはちゃんとするから」

 ニケは急いで屋上を後にした。階下の宿舎に使っている両替所の3階は、すでに砲弾の飛来音を聞いて騒然としていた。混雑する廊下を進み、角部屋のドアを開けた。

「シィナ、起きろ」

 うんうん、と反応は帰ってくるが、ブランケットの上でもぞもぞとのたうつ(・・・・)ばかりで起きようとしない。

「敵が現れた。仕事だ!」

 すると、シィナは半分目を閉じたまま立ち上がった。そして身の丈を超える長大な大太刀を狭い部屋で器用に取り回した。

「顔、洗ってくる」

「早くしろ。あとおまえ、また服が。ボタンが取れてる。あとブラをしろ。支給品にあっただろう」

「うーん、面倒窮屈」

 シィナはその長い乳を揺らして洗面台に向かったが、ばったりと出くわしたンナン特務軍曹はその光景に見入って微動だにしなかった。

「なにじろじろ見てんのよ、むかつく。いい? 私ん乳で■■を■■たら、斬り殺すかんね」

 殺意に満ちた眼光にすくみあがったンナン特務軍曹は、蛇から逃げるネズミのように姿をくらました。

 ニケは屋上に戻ると、ライフルの弾丸と弾倉を確かめ腰のホルスターに収まった古風な拳銃をなでた。弾帯(チェストリグ)の締りをもう一度点検し、靴紐も結び直す。

「ニケ、なんだかさっきより疲れてない?」

「いや、全然」

「あーわかった。またシィナちゃんと痴話喧嘩したんでしょ」

「してないよ。というか何だよ痴話喧嘩って」

 シィナは数分としないうちに現れた。きりっと目尻が釣り上がり()る気にあふれている。

「私の獲物は、どこよ?」

「北北西、距離4町半(5km)」

「ふふんそうね。2分で」

「たぶん敵中だから焦らなくていい。静かに行く」

「なーにそれ? 臆病者のやり方じゃん。戦士はね、正面から堂々と行くものよ」

 予備動作──シィナは屈んで距離を測る。そして屋上を蹴った。華奢な体と長大な大太刀が空を飛ぶ。その軌跡に鋭角のツインテールがはためいた。

「それじゃ」

 ニケはそう言い残して同じ軌道で空を舞った。水路を飛び越え建物の屋上に着地すると、隣接する屋上から屋上へ飛びながら穴だらけの市街地を直線的に移動した。条例か何かで建物の高さが制限されているだけあって移動は簡単だった。

 路地裏に機関銃を携えたテウヘルの群れが見えた。ニケはなるべく音を立てないよう屋上に着地して、身をかがめて進んだ。屋上の室外機の陰に緑色の鮮血がぶち撒かれ二等分のテウヘルの遺骸が落ちていた。シィナは鐘楼の柱の陰に隠れて前方の様子をうかがっていた。

「正面から飛び込むんじゃなかったのか」

「しっ! 私もバカじゃないの。気づいたの、これは、狩りよ」

「ほう?」

 すぐ下の商店街では装甲輸送型の多脚戦車がガタガタと動き、資材を荷降ろしして負傷者を回収している。ざっと後方の支援部隊も合わせて中隊規模でこのあたりを占拠しているようだった。

「あれ、見て。テウヘルの指揮官? が2匹と小さいテウヘルが1匹。でも小さいの、私たちと同じ言葉を話してる」

「でかした。知識階層だ」

 以前、アレンブルグ強襲で拉致した将校を思い出した。確か名前はアンセンウス。知的で含蓄に富んだ言葉を好み、生粋の軍人だった。

「なんども言っているでござるよ! レーザー測距儀と赤外線カメラは冷却時間が5分必要でござる! このボタンを押して、5分」

 妙な話し方だった。方言なのか。ニケとシィナは互いに顔を見合わせて眉間にしわを寄せた。小柄なテウヘルは喚き散らしているが、残り2匹のテウヘルは小首を傾げて──理解していないようだった。

「あーもう、これだから下層市民は嫌いなんだ」がりがりと短い黒毛を掻きむしっている。「5分待つ、使える。5分待たない、使えない。それだけ。いいか? 壊れたんじゃないそういう仕様でござる! ばしばし叩いても、待たなきゃ使えない。叩いたら壊れる。わかる? あーまだわかってない」

 たぶん、あの小柄なテウヘルが手に持っているのがレーザー誘導装置だろう。足元の巨大な携行バッテリーに電源がつながっている。全長がやや小さめの使い捨て携行ロケット弾のような外見で、分厚いレンズが前方部についている。

「どうする?」

 シィナが大太刀の鯉口を斬った。

「小柄なテウヘルは生け捕りに。隣の2匹は無力化する。だが、血はぶちまけるなよ。ニオイで異変に気づかれる」

 ニケも主刀の鯉口を切り柄を握った。

 2人は風のような早さで駆け、影のように音もなく忍び寄ると、背後から2度刀を突き刺し2つあるテウヘルの心臓を刺し穿った。

 突然の出来事に、小柄なテウヘルはわなわなと口を震わせ尻餅をついた。

「ああああ、殺さないで殺さないで」

 手足をぎゅっととじ精一杯守ろうとしている。当然ながら殺すつもりは最初からない。

「なんだかあっけないね」シィナはぱちんと大太刀を鞘に収めた。「もっと抵抗してくれれば手足を切り落としてた。で、運びやすくなる」

 シィナは小柄なテウヘルがしがみついているレーザー誘導装置とバッテリーを力任せに奪い取った。

「じゃ、私はこれを運ぶから、ニケはそっちをお願い。それ、なんか臭そうだから嫌だ」

 シィナは反論さえ許さずさっさと踵を返すと、鋭角ツインテールが遠心力を持って舞った。

「ほら行くぞ。お前は捕虜だ。抵抗さえしなければ傷つけはしない」

「しないでござる! しないでござるよー! 痛いのだけは勘弁おねがいしまする!」

 ニケはテウヘルをうつ伏せに転がし、武器がないか服を叩いて確かめた。真新しい軍服で徴兵されて間もないというふうだった。

「その、妙な喋り方は何だ? 前に会ったテウヘルはもう少し賢そうな話し方だったぞ」

「テウへ……? 拙者たち新人類のことでござるか? せ、拙者は普通でござる。あっドゥフ、オタクじゃござらん」

 知性は感じるがそれでいて意味が通じなかった。“オタク”はたぶん社会階層のたぐいを意味するだろう。ニケは捕虜に猿轡をはめると、担ぎ上げて、来た道と同じく屋根から屋根へ飛びながら陣地へ戻った。背中で何か呻いていたが舌を噛む心配はないので無視していた。

 陣地はすでに臨戦態勢で、非番の兵士たちもライフルを構え、銃眼から外をうかがっていた。シィナが運んだ機械を中心に士官たちが輪になってそれを観察しており、とくにンナン特務軍曹が興味津々でいじっていた。

「ほら、捕虜を1人追加だ。だれか、こいつを尋問したい人は?」

 隊の主要メンバーが互いに顔を見合わせた後、その視線が一点、ニケに集まった。

「はいはい、そう来ると思ったよ。だれか、手錠かロープはあるか?」

 ニケがイスに捕虜を座らせると、強化兵の1人がその手足をロープで縛った。テウヘルはヒトよりも体力が強靭なため、何重にもロープを巻いて固定した。

 猿轡をはずしてやると、

「ファーーーその緑の瞳、ブレーメンでござるか? ヌゥホッ! もしやまさか生きてブレーメンに会え──グヌヌヌぅ」

 うざったらしい話し方に、ニケは再び猿轡を戻した。

「あの、自分が話してもいいですか?」

 ンナン特務軍曹だった。普段は兵士たちの奥に隠れておどおどしている。そもそも技術要員として野生司少佐に抜擢された一般人だから、その点をなじる者はいなかった。

 しかし今は、丸メガネの奥の小さな瞳が燃えていた。ニケは肩をすくめると場所を変わってやった。

「初めまして、自分はンナン。安心して、兵士じゃない。通信機とか機械の整備とか、そうそうルガーも動かしたことがあるんだ」

 その優しそうな口調に一同が目を丸くした。ンナンは捕虜の猿轡を外してやった。

「せ、拙者はマイモーンでござる。認識番号は、えっと覚えてないでござるぅ。プラッサー工科大学の学生で、専攻は電気、機械工学全般。エンジニアの卵でござる。そのせいで戦地につれてこられたのでござる」

「あの機械、レーザー誘導装置で合っているのかな? すごい技術だ。連邦(コモンウェルス)でも試験はされてるけど戦車みたいに大きいんだ。集積回路の性能とか消費電力の増大とか、技術の限界だね。小型化実用化しているなんて信じられない」

「おっ、ンナン殿ぉ~お主もイケる口でござるな! まさにその通りで、この30年ほどで急速に発達したんでござるよッンホ! イオタ社とミュー社という2つの会社が互いに競争しながら、集積回路の演算能力も記憶装置もその性能は年々倍増してるのでござる」

「君、すごいね。そんな実力があるのにどうして徴兵なんか? ちなみに自分は、学費が払えなくて。6年分の学費のために入隊したんだ」

「うーむ、拙者も迂闊だったでござるよ」マイモーンは赤い瞳をピタリと閉じた。「ネットの掲示板にスレッドを建てたでござる。この戦争の愚かさ、迂闊さ、稚拙さをつらつらと書いて。けっこう好評っす。そしたら秘密警察に捕まって前線行きでござる。だってバカでしょ? 空中要塞、ヒトの言葉でいえば成層圏プラットフォームっていうのかな? 軌道がだんだん大陸からずれてきてる上に高度も下がってて10年以内に惑星のどこかの海に墜落してしまう。だったらその前に連邦に勝負を挑もうって。ついでに増えすぎた下層市民の口減らしにもなる。そんな馬鹿らしい理由で、わざわざしなくていい戦争を始めたでござる。バカな将軍たちでござるよ」

「え、ちょっとまって。ネット? サイバーネット? パソコン同士の通信じゃなくて?」

パソコン同士(P2P)もできるすっけど普通はサーバーと通信するっす。そんな特別?」

 しかしンナンを押しのけてニケが前に出た。

「今何て?」

「お、ブレーメン殿。インターネッ()に興味あるでござる? ネト充は最高でござるよ」

「ちがう、そこじゃない。空中要塞のほうだ。あれはコントロール出来ないのか」

「当たり前でござるよ。あれは旧人類の遺産で仕組み事態がブラックボックス。確か、大昔に無理にリバースエンジニアリングをしようとして技術者ごと墜落したのが1つ、20年前にヒトの軍隊が撃墜したのが1つ。で、今浮いているのが最後の1基でござる。あれはそもそも地上と軌道上をつなぐ中継地点で──」

「それは、知ってる。軌道が予測できないって言うなら、じゃあ、テウヘルは空中要塞の軌道に合わせて進撃してるということか」

「そうでござるな」

「じゃあ、今もこの上空に?」

「射程には入っている、と今朝連絡があったでござる。残念ながら、大陸北部のヒトの軍隊はひどい状況でござるなぁ」

 すっと血の気が引いた。ニケは通信兵にハンドサインを送り、今しがたの状況を作戦本部へ報告させた。

「あはは、ごめんね」ンナンはイスを引っ張ってきて、マイモーンと同じ高さの目線に座った。「軍人たちはすごい苛立ってる」

「戦争はクソでござるよ。だれもしたくてやってるわけじゃない。戦地じゃ毎週録画してる深夜アニメをリアタイで追えない、漫画も1ヶ月遅れ。紙の質だってトイレットペーパーみたい。最悪。クソでござる」

「あはは、そこは自分も同感かな。基地に帰ってもアニメを見る余裕も無い」

「おっンナン殿はどんな(もえ)に萌々するっすか?」

「え? それは君たちの言葉かな。僕らの知らない概念だ」

「萌は世界を救うでござるよ。ほらちょうどあんな感じの」

 マイモーンは唯一動かせる顎で示した。そこには柱の陰でじっと様子を伺うリンがいた。赤い左右非対称(アシメ)の髪が柱からはみ出している。

「あっはぅかわゆい(・・・・)生き物でござるよ。萌ぇ」

 まるで動物園で初めて観る猛獣に警戒する子供のように、リンはじわりと近づいた。

「でもあたしたち、見た目がぜんぜん違うのにかわいいってわかるの?」

「わかるでござる常識的に考えて。毛無しはニッチな性癖っすけど拙者にはアリよりのアリでござる」

「毛? 毛なら生えてる。子どもじゃないんだから」

 しん、と全員が静まった。リンは意に介さず、弾帯(チェストリグ)のポケットから銀色の包を出した。

「これトゥインキー。半分あげる。向こうにもトゥインキーある?」

「むほっうまっ。甘くておいしいでござる。犬どもは味覚がないせいで泥みたいな味の飯ばっかりだったから感謝感激。おねいさん、やさしいですな~、歳いくつ? お、お、おいらとおデートしませんか」

 リンの髪の毛が逆立った──ような気がした。そして元の柱に隠れると、

「だめっ。あたしは予約済みだから!」

 その言葉に部隊員全員がどよめいた。同じ狙撃隊の女の子たちはくすくす笑っている。

「ぬはぅ、おねいさんはリア充であったか、これはこれは失敬うらやまけしからん」

 言い回しがいちいち独特で、それでいてこうも不快感を煽るのはわざととしか思えない。

「ねー、あんたたち、何遊んでんのよ。目的達成でしょ。ならさっさと帰りましょうよ。髪、ごわごわで早くシャワーを浴びたいんですけど」

「おぅふ、これはこれはさっきのおねいさん」

 シィナの意見ももっともだった。荷物をまとめ、本部に連絡して車両をよこしてもらわなければならない。

「どゅふっ、パイオツカイデーなサムライガール。エチチチ警報発令っす!」

 きりっとシィナの瞳が黄色に輝いた。

「やっぱ斬るわ、こいつ。何言ってるかさっぱりだけど、なんかムカつく」

 柱の向こう側でリンも首を縦に振っている。


挿絵(By みてみん)


「シィナ、やめとけ。珍しい捕虜だ。全員、荷物をまとめて。弾薬は最小限でいい。移動速度を優先する。青1、青2、それぞれ北と南側に展開して通りの安全を確保してくれ」

「了解、たくさん撃ってやりますよ」「了解です。たくさん爆弾なげてやります」

 相変わらず飄々なふたりは、配下の部下を連れ、両替所正面に展開した。

 荷物をまとめ、背嚢とライフルを背負ってロビーに降りた時、通信兵がニケに報告を出した。

「プーカオ=ネインの前哨基地が砲撃を受けて撤退作業中とのこと。楔部隊(うち)の戦闘歩兵車2両と輸送トラック1両でこっちに向かえとのこと。到着まで1時間」

「集結地点は? 基地はもうズタボロなんだろ」

「街の南側の鉄道操車場です」

「となると半日がかりだ」

 もっとも道が整っていれば、の話だ。運河の橋を2度渡る必要がある上に、テウヘルの占領領域を通過することになる。それでもやるしか無い。

 上空では雷鳴のように砲弾が空を斬って飛び、落雷のような爆音が地平線の向こう側から轟いている。レーザー誘導装置が無いにしても、前哨基地の位置はバレているらしかった。

 車列が到着し、兵士たちは素早く分乗した。負傷兵と体調不良の兵はトラックに載せ、残りの兵士たちは半分が戦闘歩兵車の中、もう半分が随伴して走り、車列の側面を守ることになった。

「シィナ、もう少し力を貸してくれ」

 ニケは背嚢をトラックの荷台に置き、ライフルも他の強化兵に貸してしまった。2振りの刀の鞘をきつく腰に縛りつける。

「そう言うと思ってた」

 シィナは黒い指ぬきブローブをはめた。駐屯地で買ったもので、ブレーメンの流儀には反するが気に入っているらしい。

「車列に先行して隠れるテウヘルを倒す。すまないな。これで帰れるしシャワーも浴びれる」

「別に、そんな申し訳ない顔しないでよ。あんたの頼みならいつだって聞くから──」

 シィナはそこまで言って口をはっと閉ざした。

「今のはどういう?」

「私の言う通りにすればいいってことよ! わかった?」

 シィナは鋭角ツインテールをブンブンと振り回して歩き去ってしまった。

「鈍いねぇ」「鈍いねぇ、うちの隊長は」

「だがそれが面白い」「戦いの技術は天才的だし」

 背後に忍び寄った青1&2はよく通る声でべらべらと喋った。顔だけでなく声もよく似ているのでどちらが先に話したか判然としない。

「ふたりとも、無駄口はいいから。最初の護衛は青2からだ」

「やったぜ、休憩だ」

「でもでも、隊長が片付けてくれるから、楽できるかも」

 嘆息──しかし仕事はきっちりこなしてくれる2人だ。

 ニケは手近な3階建てのアパートの屋上へ飛び上がった。車列は準備完了。2台目のトラックの荷台にリンが立ち、トラックのルーフに長大な八三式ライフルの二脚を立てている。

 車列が発進した。偵察情報が確かなら、この先崩れた建物を迂回してそして最初の橋に出る。そこから先がテウヘルの占領領域だった。ニケとシィナはブレーメン持ち前の身体能力を生かして道の両側の建物を窓伝い、部屋伝いに移動する。

 かつての古風な街並みが面影も残っていない。壁は割れ集中暖房の配管がちぎれてむき出しになっている。あるいは可燃性の家財道具はすべて燃えてしまい、焦げたベッドの支柱と鍋が転がってる部屋もあった。誰が誰のために戦うのか、この戦場の誰もがわかっていない。

 最初の関門の、運河に掛かる橋が見えてきた。車がギリギリすれ違えるほどの車幅で、川幅は4間(12m)ある。橋の下を小舟が行き来できるように、橋の中央が高くなっている。稜線を超える瞬間が、戦闘歩兵戦車にとっては一番の弱点だった。

 青2の部隊が擲弾筒で榴弾をアパートの室内にめがけて投げ込んだ。うち半分が室内に飛び込み破裂するように粉塵が巻き上がる。ニケとシィナはそれぞれその室内に飛び込んだ。

 割れたガラスとレンガの破片をもろにくらい瀕死のテウヘルが緑の血を流して倒れている。ニケは主刀を引き抜き部屋を駆けぬけた。角を曲がりながら対ブレーメン用の炸裂散弾に注意して進む。

 部屋の奥から重機関銃や携行ロケット弾を抱えたテウヘルがわらわら湧いてくる。ニケは壁や天井を蹴りながら急速に肉薄すると駆け抜けるようにして、テウヘルのバイタルゾーンや首筋、側頭部を狙って主刀を振るう。

 最後の一匹は隠し刀を抜き、後頭部から刺し貫いてとどめを刺す──義式剣術の基本的な型通り。斬られたテウヘルたちは傷口がぱっくりと割れて時間差で緑の鮮血が吹き出した。

 次。

 壁の崩れた階に速射砲が据え付けてあった。なんて無茶──急ごしらえの要塞。

 その速射砲が轟音を上げながら味方に砲撃している。急がないと──ニケは一歩を踏み出した。

 しかしにわかに床が割れて速射砲が階下に落ちた。そしてさらにもう1階落ち、上下がひっくり返って止まった。重量物に反動もある。民家に据え付けるのはとんだ間違いだ。

 壁から確認すると、先頭の歩兵戦闘車へ数発が命中して回転装甲板の半分が吹き飛んでいた。装甲も大きくひしゃげていたがまだ動ける。

 道の反対側でも、シィナが大太刀を振り、壁や柱ごとテウヘルを斬り飛ばして地面のシミに変えていた。

 道の先──まずい、多脚戦車(ルガー)だ。まだこの町に機甲部隊が残っていたなんて。

 道路の交差点に現れたルガーは虫のように4本の盾兼脚部を動かし狙いを定める──そして超高速で砲弾が発射された。

 その軌跡は見えている。まっすぐ味方の車列へ──それより速く動いたのはシィナだった。道路へ迫撃弾のように落下すると飛んでくる砲弾を大太刀で二等分にした。その背後で信管の作動しなかった砲弾が石畳の地面に深々と突き刺さる。

「シィナ、危ない!」

 ニケも崩れた壁を蹴って地面に降り立ち、シィナを後ろからつかむと瓦礫のそばへ押し込んだ。ほんの数秒の差で、テウヘルの重装甲歩兵が2匹、散弾銃をもって炸裂散弾をばらまいた。12連装の回転式弾倉の散弾銃だった。

「クソクソクソ、ムカつくクソ犬っころが偉そうに」

 ニケの腕の中でシィナがキーキーわめく。

「シィナ、怪我はないか?」

「ない。弾切れと同時に斬ってやる!」

「あれはセミオートショットガンだ。装填も素早くできるタイプ」

 退()こう、と思ったが、アパートの入口は瓦礫で塞がれている。背後はほかに遮蔽物がない。頭を出せば、あの散弾に撃たれてしまう。

 つくづくついてない。突出するなといつも言っていたが自分まで突出するとは。残るはリンの狙撃が頼りだが──乗っているトラックはまだ川の向こう側で山なりの橋が車線を塞いでいる。

 ルガーが次弾を撃つのにそう時間がかからない。あれは自動装填機能がある。青2の隊が対戦車ロケット弾を放ったがルガーの盾に阻まれる。

 ついてない──上空から風切り音が近づいてくる。空中要塞からの砲撃か。これは、近い。まずいまずいま──────。

 瓦礫の向こう側、交差点で盛大な爆発が起こった。爆風が通りを駆け抜け、テウヘル兵たちが宙に舞い、地面に落下して自身の体重が首を折った。

 続いて砲弾の風切り音が──ふたたび交差点に着弾して、炎から逃げ惑うテウヘル兵たちを一瞬で消し飛ばしてしまった。

 通りに残っていた窓ガラスは一枚と残らず吹き飛び、細かな破片がぱらぱらと降ってくる。

「誤射、した? まさか連中の砲撃は正確のはず」

 ニケとシィナが顔をあげると、ちょうど車列が横まで来ていた。

「せ、せ、拙者、やりましたでござる!」縄をほどいてもらったマイモーンは、両手でレーザー誘導装置を掲げてみせた。「これで、忠誠心を示せたでござるか」

「ああ、ああ! よくやった、マイモーン」

 マイモーンは嬉しそうで、トラックの荷台に乗っている兵士たちも褒めて手を叩いた。

「次は! あたしがやるんだから、みててよね」

 ニケはやる気に満ちるリンに手を振って答えると、戦闘歩兵車に飛び乗り、前進を指示した。

 そこから先、テウヘルの組織的な抵抗はなかった。はぐれたテウヘル兵がゲリラ的に襲ってくるが、戦闘歩兵車の80口径の機関砲の前では良い的だった。

 車列は旧市街を越え、新市街地のゴーストタウンを進む。不気味なくらい静かで敵も味方もいなかった。空中要塞の嵐のような砲撃はすでに止み、目的地の操車場の上空には巡空艦が飛行していた。

「なぁ、マイモーン、お前たちの生活はどんななんだ?」

 ニケはトラックの荷台に乗り込み、マイモーンに訊いてみた。すでに彼の枷は外されている。そして肝心のレーザー誘導装置は砲弾用の木箱に入れ、緩衝材を詰めて運んでいる。まだ体力のある歩兵たちは戦闘歩兵車の屋根に登り、車列の速度は上がった。

「どう、と言われましても拙者の生活でござるか。普通のオタ生活でござる」

「あとその話し方、面倒だからやめろ」

「あ、はい、すみません」

「戦争がなかった頃だ。大学生と言っていたが」

「ええ。朝1限ぎりぎりに登校して講義を受けて、お昼は友達とカードバトルして、夕方はコンビニ弁当片手にアニメを見ながらスレ立てて、気づいたら日付を越してて、寝て起きて、っす。休みの日は薄い本を買いに行ったり。薄い本、わかるっすか?」

「いや、知らない言葉だ」

「おにゃのこの裸体を眺めるエチチな本です」

「こら、リンが不快な顔をしているからやめろ」

「はっ、すみません」

 ニケはもう少し真面目な質問を選んだ。

「市民や兵士が、テウヘル領域なら不自由ない暮らしができる、と言って連れ去られた。何か見なかったか」

「あれれ、当然じゃないですか。そういう命令が出てるんですから。だってもともと旧人類の文明知識を受け継いで横暴を働く支配層中からヒトやブレーメンを解放するのが500年続く戦争の大義名分でしょ。教科書で勉強したっす」

「旧人類の(くだり)はもういい。こっちでは機密扱いなんだ。だが、テウヘルが捕虜を取るという話は今まで聞いたことがない」

「軍隊も一枚岩じゃないっすからね。新人類(ぼくら)の街は大抵の街はブレーメンの遺跡の上に立てられたんですけどね。なんと言ったか、ブレーメンの生き様とか伝説に感化された伝統派の将軍たちは真面目に解放軍としてふるまってますけど、そうじゃないタカ派は、たぶん、その、兵士とか市民とか関係なしに、その、殺してるかとたぶん」

「連れ去られた後は、例えば鉱山で労働させられたり道路を作らされたり」

「そういうのはアレの仕事っすよ」

 マイモーンはそう言って道端で焼け焦げているテウヘルの死体を指さした。

「おいおい、同族だろ。もうすこしマシな言い方があるだろう」

「下層市民とぼくらは見た目が似てるってだけで別の生き物っすよ。連中、ほんと犬程度の知能しかないっす。飯食って繁殖できればいい、みたいな。鞭打って調教しても飯食ったら尻尾振ってるみたいな。下層市民がすべての労働を担ってるので捕虜を働かせるとかイマイチ考えづらいっすね。というか開戦の一因は増え過ぎた下層市民の処分と、あわよくば僕ら新人類も連邦(コモンウェルス)の一員として認めさせることです。ま、これだけめちゃくちゃに荒らし回って、市民権とか言える立場じゃないのはわかってますがね」

「お前たちもヒトと同じなんだな。いいとこもわるいとこも全部そっくりだ」

「ブレーメンからもそう見えます、やっぱり。でもまあ、似た者同士ほどよく喧嘩するって言うじゃないですか。兄弟とか姉妹とか」

「どうやったら止められると思う、この戦争?」

「さあ」マイモーンは肩をすくめた。「ただの学生っすよ。政治学なんて専門じゃないっす。でも、たとえば、ヒトの代表がみんなの前で『敵じゃないですよ』って言えばみんなわかってくれるかも」

「なんだそれ」

「拙……僕もそうでしたから。戦争は嫌だけどヒトはよくわからない、ブレーメンなんて絵本の中だけの存在で。で、なんとなく怖い存在。でも今は違う。皆さん、おっかない軍人さんだけど僕らと同じ感情もあるし優しさもあるし。今は全然怖くない、むしろいっぱい話したい、的な」

 ヒトの代表──皇キエ=キルケゴール。

 軍務省や行方不明=死亡した宰相デラク・オハンの失態を挽回するため、彼女は昼夜を問わず動いているはず。彼女がこの件を知ったらどう思うだろうか。たぶん、いの一番で「交渉に向かいます」と言ってネネに止められる。そういう光景が思い浮かぶ。

 ヒトの喧嘩も戦争も同じようなものだ。些細な行き違いが誤解や偏見に膨らみ、その解決が戦争だ。500年も続いている。アンセンウスが言っていた“鉄球”だ。動き出したら止まらない。ヒトもテウヘルも持っている“心”、そこに訴えかけたら鉄球は止まるのだろうか。

 聡明なブレーメン、そんな二つ名が腐っている。解決策なんて1つとして思いつかない。いやすでに知っているがそれを最終手段だと考えてしまう。ヒトかテウヘル、そのどちらかの絶滅。そんな事態になればブレーメンでさえ影響を受けてしまう。野生司少佐はたぶん、テウヘルの絶滅を目論んでいる。確実な解決策はそれしかない。それに野生司少佐の自信満々な笑みも、確証があってのことだ。

「──最近のトレンドは百合アニメでござる。嗚呼、オタ用語は通じないでござるな。かわゆい女の子同士のラブロマンスでござる」

 マイモーンはすっかり元の口調に戻っていた。

「なるほどなるほど、なんとインモラルな。しかし美の象徴の女体×2をアニメで扱うとは、ふむふむ興味深い」

 ンナンの丸メガネが光る。

「女の子同士が仲良くするのは普通だよね。ね、シィナちゃん」

 リンは真面目に受け答えした。

「仲良くって、あんたね。ラブロマンスの話よね? 私は■■■に興味ない。■■■にしか興味ないから」

「おおーサムライガールシィナ殿、言葉がど直球でござるな」

「あんたたちがいちいちキモい曖昧な言い方をするからでしょ。■■■は■■■、■■■は■■■でしょ」

 そして全員の視線がニケ向いた。

「いや、ブレーメンでもさすがにど直球な言い方はしないから。するとしたら宴席のおっさんたちだ」

 真面目に答えてしまったが、皆は笑っていた。ヒト、ブレーメン、テウヘルに強化兵。生物学的には全く異なるのだが、その中の人間性は違いがなかった。これが平和のあるべき姿なのだろうか。

 もうまもなく目的地の操車場に着く。戦いが終わったわけじゃない。


物語tips:空中要塞

テウヘルの持つ究極の兵器。高高度から大量の砲弾を正確に投擲できる。これは獣人(テウヘル)の開発したレーザー誘導装置とセットになっており、これの奪取が喫緊の課題。

本来、空中要塞は人類が惑星に入植した時の成層圏プラットフォームの残骸で、本来はオービター(往還機)と地上との物資やヒトのやり取りの中継地点目的としていた。

ヒトとの戦いが始まった後テウヘルがプラットフォームを選挙し奪取し要塞に作り変えた。しかしすでにその制御方法やメンテナンス方法の知識は失われており、その軌道は制御できていない。近年は大陸から大きく逸れる様になっており、テウヘルは最後の機会に大規模攻勢に出た。補給は気球で行うらしい

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