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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<下>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:試83式ライフル

サカイ工廠が少数だけ製作した対物ライフル。主に獣人(テウヘル)に対してアウトレンジ攻撃、多脚戦車(ルガー)の弱点の半可塑性炯素(けいそ)への焼夷弾攻撃にも用いることができる。一方でヒトでは扱いにくいサイズと重量、射撃の反動、高コストから少量が試作された後、倉庫でモスボール保管されていた。

 野生司(のうす)マサシの部下が入手しショックアブソーバーを追加して命中精度を上げた。(重量も増えた)そのせいか部隊内では“化け物ライフル”と俗称が付いた。扱えるのはもっぱら強化兵だけで、リンにのみ支給されている。

 もともとは重機関銃のトライアル(競合テスト)に負け、更にそれを威力重視の対物ライフルとして改造した。しかし狙撃銃のトライアルでも現行の八五式に負けた。扱いがやや難しいが、セミオートで正確に大口径弾を打ち出すことができる。重機関銃と共通の弾薬を使用する他、専用の焼夷弾や徹甲弾も用いることができる。

全長4.6尺(1400mm)

重量3.2貫(1200g)

装弾数18発

挿絵(By みてみん)

 今、ニケはぐっすり寝息を立てて寝ている。エンジン音が轟々と響くグァルネリウスの艦内でよく眠れるものだ、と感心しちゃうけど、それだけ疲れていたんだろうな。

 次の戦地まで巡空艦に乗って丸1日かかる。その間この狭い艦内で過ごさなければならない。巡空艦の一番下層の貨物甲板の壁際で、垂直のベンチになかば縛り付けられるようにして兵士が並んでいる。ブーツのすこし先の、貨物甲板の中央部は銃とか弾とか迫撃砲弾とかそういう貨物が背より高く積んで固定してある。話し相手もいないし、話し相手が起きていてもこう騒々しかったらまともに話もできない。

 リンは座席のベルトを外すとガタガタと揺れる甲板にひょいと立った。そして隣で寝ているニケの頬をぐりぐりといじくり始めた。

「目付きが悪いって言うな。生まれつきこういう顔だぁぞ~。やっぱり起きない」

 声音を真似して突き回す、ちょっとしたいたずら──同じ狙撃小隊の女の子たちもくすくす笑っている。

「もっとこう、笑うときは目尻を下げて、頬を持ち上げるんだよ」

 ぐにっと大胆に動かしてみた。反射的に手を払いのけられたが、まだ起きない。

「へへっ、おやすみ、ニケ。ほんとは優しいってあたしは知ってる」

 ほんの気晴らしに、とリンは狭い貨物甲板を歩き、上部甲板へ向かうはしごを登った。

「どこへ行くんだい? リン君」

「少佐! ちょっとあたしのライフルのメンテナンスに。なんかこう、触ってないと不安になるんです。あっ、そう! ありがとうございます。あたしのために倉庫からあのライフルを見つけ出してくれたんですよね。まだちゃんとお礼を言えてなくて」

「あはは、いいんだよ。ずっと前からなにかに使えないかと予備部品を含めて確保しておいたんだ。ワシの判断に間違いはなかったみたいだ」

「あたしがライフルを上手く使うとニケは褒めてくれるんです。だからあたし、もっとがんばらなくちゃって思うんです」

「仕事では、頼りになる。だが私的なことを言うと、ニケ君はたとえライフルが無くてもキミを見ていると想うよ。すこしオジサン臭いことを言ってしまった」

 どういうことだろう。わからない。しかしすぐ少佐は本を読み始めてしまったのでその真意を確かめることができなかった。

 グァルネリウスは、戦場の斜め上からどんどん砲撃してくれるような標準型の巡空艦より一回り小さい。それでも歩兵のあたしたちからすれば大きいし頼りになる存在だ。上部甲板を進み中程にある倉庫に個人の背嚢とライフルがひとまとめにして置いてある。

 自分の背嚢とライフルはすぐにわかった。試八三式ライフルの巨大さ故だった。機関部は50口径重機関銃と同等で銃身は取り外しているが、それでもニケ達の三三式ライフルの倍はある。

 リンは自身のライフルと背嚢からメンテナンスキットを一式取り出して倉庫から出た。甲板を進むと機関砲の周りだけ少し広く空間が取られていたのでそこに腰を据えた。

 グァルネリウスは多脚戦車(ルガー)の砲撃を避けるために高高度を飛んでいる。そのせいで酷く冷える。それでも銃を握っているときだけは心が温まるようだった。

「サカイ工廠製 対物超長距離狙撃銃 仮称八三式。銃全長4.6尺(1400mm)、重量3.2貫(1200g)、装弾数18発──」仕様書は受領したその日に丸暗記した「50口径重機関銃と弾薬を共通化した上で徹甲弾、焼夷弾、曳光弾など。最大射程は約6町(3000m)先のテウヘルに致命傷を負わせる。うん最高。ごきげんだね、今日も」

 床に(ウエス)を敷き、機関部をバラバラに分解する。(すす)けたグリスを拭き取り、べっとりと適切量のグリスを塗り込んですり合わせる。銃身は曲がっていないか予備と一緒に確かめる──問題なし。さすがもともとは重機関銃だけあって部品が大きくてシンプルだ。

 もともとは重機関銃の採用テストで不合格だったモデルをさらに狙撃銃に改造した──それもやはり重すぎるということで、八五式ライフル──みんなが使ってるライフルに採用試験で負けたかわいそうな大物ライフル、というより強化兵の体力でギリギリ運べる小さい大砲。

 それでもあたしは好きだ。ヒトの持ちうる最大の力を見せつけてくれる。部隊の女の子たちは、長距離用スコープを使っても当てるのが難しい、なんて言うけど何が難しいかわからない。弾が飛ぶ軌跡なんてよく考えればわかるはず。彼我の移動偏差、風向き、気温、湿度とコリオリを少々。たったそれだけ。

 機関部を閉じたとき、はっとして手を止めた。ずっと前に侍従長のネネが言っていたのを思い出した。ネネは推測だと断りつつ、皇が受け継ぐ赤月の印は惑星軌道上の記憶装置と量子的繋がりがあるらしい。そして、リンもまたわずかながらつながっているのではないか、ということだった。その演算力を用いれば弾丸の軌道計算はおおよそ80%くらいは正確に出せるらしい。

「ウーンやっぱ分かんないや。キエお姉ちゃんが力を貸してくれてるってことにしよ」

 装填用のコックを前後させる。そして薬室が空であることを指を入れて確認──これをサボる一般兵は多いけどよく壁を誤射してニケに怒られてるっけ。ライフルを座射の姿勢で構え頬に銃床を当てる。

 ぱちん。

 引き金を絞り軽快な金属音が鳴った。うん、快調。わくわくしちゃう。

「おっ、アホ毛の。こんなところで何してんだ」

「あ、芋のお兄さん。こんにちは」

 炊事班……巡空艦では給糧班というんだっけか。ラルゴ隊長にも負けない太い腕で湯気の立つ鍋を抱えている。

「芋って、たしかにいつも芋を蒸す仕事をしてるけどよ。ここ、寒くないか? 与圧もされてないし息苦しいだろ」

「うーん、そうかな。あたしは全然平気だよ」

「今日はあのブレーメンは一緒じゃないのか?」

「ニケ? ニケはぐっすり寝てるよ。だから暇でわたしのライフルとおしゃべりしてたんだ。見て、あたしの。サカイ工廠製 対物超長距離狙撃銃 仮称八三……」

「あはは、前も言ってたな。知ってるよ。そうだ、頑張ってるアホ毛の兵士ちゃんに芋をプレゼントしてやろう」

「え、ほんとに! やった。ちょうどお腹が空いてたんだ」

 しかし両手はグリスでベトベトだった。給糧班の大男は小さめの芋を選ぶとリンの口に入れてくれた。

「へへ、ありがとう」

「俺にできるのはこのぐらいさ。死ぬなよ、アホ毛の」

「もちろんだよ」

 地平線の向こうには次の目的地が見えてきた。ニケが言っていた通り、水路に囲まれた旧市街と、それを取り囲むように新市街が広がっている。そしてあちこちから黒い煙が立ち上っている。

 わくわくしてきた。また活躍できる。いっぱいニケに褒めてもらえる。

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