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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<下>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:対ブレーメン用散弾

弾頭に純マグネシウムを詰めている散弾。鳥類の狩猟用と同じサイズのショットガンシェルに収まっている。そのため体にめり込んだ途端、水分と反応し発火する。

接近戦を挑むブレーメンの行動範囲すべてを散弾で覆うため、1発でも当たれば攻撃力を大きく削ぐ事ができる。一方で弾が軽すぎること、(もろ)すぎることなどで初速が遅く射程も50m程度でしかなく一般歩兵からすれば驚異ではない。使用する武器は狩猟用の二連式散弾銃。一部、半自動式や回転弾倉式など目撃されている。

ニケはこの弾丸を喰らい死にかけたものの(ア・メン)と“契約”を結ぶことで生き返った。

「ちくしょう」

 ニケは地面に伏せたまま口に入った砂をつばごと吐き出した。すぐ近くに多脚戦車(ルガー)の砲撃が到来し、爆轟が空気を揺らして飛び上がった砂や小石がぱらぱらと降ってきてヘルメットに当たる。

 大陸中部の都市ヤンガラ。都市といってもその風景(ランドスケープ)は背の低いビルと薄汚れた家屋、そして郊外には利権を手に入れた軍人やマフィアの邸宅が並ぶ。特に有名な街ではないが、各都市を結ぶ街道の中央地点で戦術上は重要だった。

「青1、右翼を突破されるなよ。背中のすぐ後ろにあるのは1ヶ月分の弾薬なんだ」

「了解です、ボス」

「青2、左翼に展開。擲弾小隊を護衛しつつ前進」

「いっぱい爆弾投げますよ、ボス」

 色素の薄い青みがかった髪に似たような顔の強化兵の2人──いつにもまして生意気、しかし頼りになる分隊長だった。

 ヤンガラの郊外は丘陵(きゅうりょう)に牧草地帯が広がり、そのど真ん中に第2師団の弾薬備蓄基地があった。コンクリートの建屋が堤に囲まれる形で9つあり、大陸中部の防衛線を維持するのに十分な弾薬だった。

 テウヘルの占領領域にある弾薬庫への空中降下作戦。急を要するとはいえ真っ昼間の降下作戦は、案の定、予定通りはいかなかった。ルガーからの高角射撃で高速巡空艦グァルネリウスは被弾し、兵士の半数が負傷、参加できなくなった。さらに基地を確保したかと思えば、次にテウヘルの歩兵が大挙して襲来した。しかもルガー5両を連れている。

 ニケは左手首の内側の時計を見る。この5分間で8回目の時間確認。第2師団の機械化歩兵部隊の到着予定から大幅にずれている。もし彼らが前線を突破できずにいるなら、この人数ではテウヘルの襲来を防ぎきれない。降下兵の装備は輸送の都合上、軽歩兵にすぎなかった。

 再び、空気を揺るがすルガーの一斉射。5発がほぼ同時に発射された。空中にちぎれた兵士が舞い上がっている。

「伝令! 左翼が突破されました」

 女性の小柄な強化兵がニケのもとにやってきた。

「後方に下がり体勢の立て直しを」

「青1軍曹が撤退の指示をすでにしています。伝言『任せてください、ボス』とのこと」

 ため息──ニケは伝令の強化兵に医薬品を持って陣地に戻るよう指示した。

 その時耳元近くを弾丸が空気を切って到来した。その大口径の弾丸は音速を超えテウヘルの上半身を吹き飛ばした。そして間をおかずに突撃を敢行したテウヘルの1個小隊が狙撃で壊滅した。

 頼りになる狙撃部隊──リンが率いる“かしまし部隊”だった。弾薬庫のコンクリート建屋の屋上に陣取って間髪入れずに前線へ弾丸を撃ち込む。

 ニケは土嚢を積み上げた陣地にいる強化兵たちにハンドサインで指示を出す。そしてもっとも頼りになる仲間にも声をかける。

「チャンスだ、シィナ。ルガーが5両。2時方向に3,11時方向に2」

「ヨユーよ。私を何だと思ってるの」

「普段は口うるさいがいざという時頼りになるブレーメン」

 すると兵士たちは場違いなくらいゲラゲラと笑った。と言いつつもシィナの戦力はこの場にいる全員がよくわかっていた。

「私が一緒にいることを感謝しなさいよね」

 カチッと鯉口を切る。シィナはその背中の身の丈を超える長大な大太刀の柄を一気に引き抜いた。青い刀身が姿を表し、シィナの瞳はブレーメンらしく黄色に輝いた。

 狙撃部隊からの弾丸が空を切る。それが合図だった。

「突撃!」


挿絵(By みてみん)


 ニケは三三式ライフルを構えて、土嚢を飛び越えて先陣を切った。手近なテウヘルのバイタルゾーンへ弾丸を叩き込む。砲弾や弾丸が飛び交う中、燃えた車両の残骸の間を腰を低くして、しかし足を止めずに進む。

 それより遥かに早く、シィナは廃屋の壁や用水路の陰から陰へ飛ぶように移動して一気にルガーへ肉薄した。ぱたぱたと舞うツインテールの残像だけが見えた。その一太刀で、砲身が分断され、砲塔内部のテウヘルまでをもまとめて両断した。その動きをテウヘルたちもルガーの重機関銃も追いついていなかった。

 3両目のルガーが動力を失い倒れる頃、ニケが率いる歩兵も基地外周の道路まで進出できた。基地は丘の上に位置し、ここまで進むことができれば、なだらかな下り坂に隠れているテウヘルを狙い撃つだけだった。地の利はこちらにある。

 最後のルガーが4つの盾兼脚部を切断され行動が不能になった。そして駆動燃料と人工筋肉を兼ねている半可塑性炯素(けいそ)が炎上し車両は爆散した。

「へへへん、どうよ、私の活躍は! 私に感謝しなさいよね」

 シィナの満面の笑みを久しぶりに見た。苛烈な戦いであればあるほど、その笑顔が輝く。そしていつもと変わらず謝意を押し売りする。

 しかしニケは、シィナのスカートをつかむと道路脇のコンクリートブロックに引きずり込んだ。

「ちょっと何するの。破れちゃうでしょ」

 しかし代わりに散弾がパラパラと頭上を飛び交った。

「対ブレーメン散弾だ」

「だから何よ。当たらなければ」

「1発でも当たったら重傷だってブリーフィングで情報部の将校が言ったの聞いていなかったのか」

 情報部の情報とはつまりあてにならないという意味だが、対ブレーメン用の炸裂散弾の威力はよくよく理解していた──事実ニケはそれで一回死んでいる。しかし(ア・メン)を名乗るそれ(・・)が再び生き返らせてくれた。その代償は自我が永遠に囚われること──意味不明。

「ともかくだ。射程1丈の空間のすべてに弾がばらまかれる。ブレーメンでも回避できない」

 ニケはコンクリートブロックから頭を出すと、ライフルの照準を散弾銃を持つテウヘルに合わせた。何度か弾丸を撃ち込み、テウヘルは倒れた。事前情報が確かなら1つの大隊に対ブレーメン装備の兵士が1小隊ほどいるらしい。

 退いたテウヘルの歩兵部隊は隣の丘の廃屋や牧草地を区切る石壁に沿って潜伏している。こちらから打って出たら逆襲されかねない。

「後方より友軍が接近中!」

 ふたたび伝令が来た。風に乗って戦車の軽油エンジンの頼もしい音が聞こえる。弾薬基地の外周道路のアスファルトを削りながら七一式重戦車(ビュサン)の2個小隊が姿を表した。

「遅刻だぞ、まったく」

 重戦車(ビュサン)は走行しながら砲身をテウヘルの潜む丘陵に向け、そして榴弾を一斉射した。まるで腐った木のうろ(・・)から逃げ出す甲虫のように、牧草地の緩やかな斜面をテウヘルが逃げ惑っていた。

 次の一斉射は榴弾が空中で炸裂した。細かな金属片が超高速でばらまかれ、テウヘルをずたずたに引き裂き、当たり一面が砂埃で覆われた。

「耳が、耳がキンキンする」

 シィナは両手で耳を抑えてよく整った眉をへの字に曲げた。

「あまり耳を圧迫するな。すぐによくなるから」

「なんであんたは平気なのよ」

「慣れてる」

 実際、ヒトより聴覚が敏感なせいで頭痛に吐き気まで催している。聴覚は戻ってないが口の動きでなんとなく会話をすることができた。

 第2師団の戦車に続いて機械化歩兵の部隊も到着した。彼らは前進を止めること無く、基地の東側の稜線まで戦車や装甲兵員輸送車を盾に前進した。

(くさび)部隊の、中隊長か? 君が」

 ひげを蓄えた少尉がニケの前に現れた。

「ええ、まあ。うちはいつも人手不足でして」

 ニケも形式通り敬礼をした。

「今はどこもそうだ。遅れてすまなかった。連中の重迫撃砲陣地が強化されていた。だがまあ君たちが前線後方に降りてくれたおかげでテウヘルの連携も乱れてそこを突くことができた」

 戦術的には成功──ということか。野生司少佐の戦術(ドクトリン)によればそういう心理的効果も狙ってのことだ。

「ではこのまま進撃を?」

「いや。夜まで待つ。支援部隊と合流しなきゃならんしそれに君のところの兵士も休ませなければならないだろう」

「わかりました」

 ニケは進撃再開の日時と場所をメモし、援軍の少尉に別れを告げた。基地の守備は増援に任せ、楔部隊の兵士たちを備蓄基地へ帰投させた。

「えーなにそれ。もう終わり?」

「シィナはルガー5両を撃破したんだ。十分な戦果だ」

「私、まだ疲れていないんですけど」

「いつも言ってるだろ。他の兵士と──」

「──協力しろ、先行するな。はいはいわかってますよ、隊長さん」

 シィナはぷんっとふくれて、先に基地の方へ歩き去ってしまった。

 基地の外側を囲うフェンスは砲撃であちこちひしゃげていた。テウヘルの死体があちこちに転がり、強化兵や一般兵も倒れて動かない体があった。まだ動ける兵士たちは傷だらけの仲間を背負って救護班のいる建屋に重い足取りで向かっていた。そんなぎりぎりで掴んだ勝利だったが、すれ違う兵士たちはニケに声をかけバラバラに感謝の言葉をかけていた。

 感謝されるようなことはしたのだろうか、といつもいつも考えている。この1ヶ月間、前線基地での待機命令と出撃命令がだいたい1週間ごとにやってきた。出撃して降下作戦を敢行しても敵が1人も見当たらないときが多かった。それだけテウヘルの軍団は迅速に移動して作戦目標を変えているし、情報部がガンマのオーランド襲撃からまだ立ち直れていないことも意味していた。

 今日は、当たりといえば当たりだった。戦略拠点を確保でき、テウヘルを押し返すことができた。明日にでもテウヘルに占領されたヤンガラ市街へ突入する。

 ニケが率いている“いいこさん部隊”とリンが指揮する狙撃支援担当の“かしまし部隊”が全員基地へ戻ってきた。出撃して空の上で負傷したのが半分、さらにその1/3が死傷していなかった。ニケは手放しでは喜べず一般兵たちも疲れた顔をしている。しかし残りの強化兵たちは無事生き残りつかの間の勝利を手にしたことで表情は明るかった。

「全員、装備を補給し、摂れるうちに食事と休息を摂っておくんだ。分隊長は部下の損耗を報告するように。解散」

 ニケは基地の事務所で適当な事務デスクを陣取ると、分隊長から渡される書類をまとめ、青1&2の軽口に対応し、支援部隊に渡す後送の手続きと戦死報告書のサインをまとめた。

 屋外から爆発音が聞こえなくなる頃には書類の山が積み上がり、日は傾いていた。ふと顔をあげるとデスクの向かい側にリンがいた。

「あー、やっと気づいた」

「さっきから気づいていたさ」

「うそだ。じゃあなんであたしに声をかけなかったの?」

「気づいていたから」

 それでも心なしか、鬱屈していた心が少しだけ楽になった気がする。ニケはペンを置いてはらはらと揺れるリンの赤い左右非対称(アシメ)を見た。

「よく頑張ったな、リン」

 リンは鼻を鳴らし、色素の薄い丸い目が期待に輝いていた。

「リンの支援と、リンの部隊の助けがあったから勝利できた」

「ねぇ、もっとこう、あるでしょ?」

 ニケは怪訝な顔をして戦闘服のポケットを叩いて確認した。砂糖がずっしりと重いお菓子のトゥインキーは今持っていない。

 するとバタンとドアが開いてシィナと支援部隊の隊員が現れた。

「ニケはほんと朴念仁(ぼくねんじん)」シィナはリンの頭をゴシゴシとこすった。「ちんちくりん(・・・・・・)はね、こうしてアホ毛をゴシゴシすると喜ぶのよ」

「もう、もう! シィナちゃん力が強い。擦るんじゃなくて撫でるの」

「そう、じゃあこう? コショコショコショコショコショコショコショコショ」

「ぎゃはは、くすぐったいってば」

 支援部隊の隊員はまずいものを見たというふうに視線をそらすと、ニケの記入した書類を持ってさっそうと立ち去った。

「仲がいいな」

「ニケも、して欲しい?」

 リンが手をわきわき(・・・・)させた。

「いや、遠慮しとくよ。そろそろ時間(・・)のはずだ」

 書類の束には付箋に走り書きをして残した。3人で事務所から出ると、ちょうど基地の横の牧草地に2機のグライダーが着地していた。ペリカン(オオグチドリ)を思わせる外観で、口にあたる部分の扉が両側に開き、歩兵戦闘車両とラルゴ曹長が率いる“むさむさい部隊”とンナン特務軍曹の“おりこう部隊”が合流した。補充の歩兵小隊もいる。皆が重武装で、重機関銃や自動擲弾発射器、爆薬、対戦車ロケット弾などを装備している。

 上空ではグァルネリウスの2番艦がちょうど通過するときだった。赤外線を欺瞞するフレアが航跡に沿って撒かれている。鹵獲(ろかく)したルガーを解析した結果、赤外線を捕捉できる射撃管制装置がルガーに標準搭載されているのが判明したからだった。

 その成果は重戦車(ビュサン)にも反映されて、ルガーとのキルレートは3:1から2:1へ改善したらしい。というのは前線基地で一緒になった機甲部隊から聞いた噂だった。

「ご苦労だったな」

 ニケの眼前に巨大な胸板のラルゴが現れた。体格で言えばテウヘルと取っ組み合いできる巨漢で腕力も強化兵に負けていない。

「ええ、手ひどくやられましたよ」

「だが数倍の数のテウヘルを押し返した」

「皆の協力があってこそですよ」成果をやたら自慢するシィナを無視して、「明日の朝イチで機械化歩兵大隊と共にヤンガラ市内へ突入します。楔部隊の担当は陣形左翼。市街地の南側を進みます」

「おう、任せとけ。次は俺たちの番だ」

「といっても第2師団の別の降下兵がすでに占領している手筈なので、それの支援ですね」

「でもあまりうまく行ってねぇって顔だぞお前」

「作戦成功の暗号文が来ないんです」

 ニケは左腕の支給品の時計を見た。もう連絡が来ていてもおかしくない時間だった。

「じゃあ失敗したとか」

「それならそれで、連絡が来るはず。失敗した際は分隊ごとに潜伏して援軍を待ちます。やはり、もう1小隊が必要です。市街地を2方面から攻め、テウヘルを陣形中央の主力部隊正面に押し返します。歩兵部隊でルガーを排除できれば、巡空艦からの直接照準射撃の可能です」

 ニケは、基地からわずかに見えるヤンガラ市の風景を指さしながらつらつらと言った。

「おめぇ、だいぶ中隊長が板についてきたんじゃねぇか」

「ラルゴ曹長のほうが先任ですし、いつでも譲れるんですよ」

 本来なら別の尉官が任命されるはずだったが、野生司(のうす)少佐はよしとせず状況に合わせてニケやラルゴに前線指揮を任せていた。

「責任が増えても給料は増えねぇだろ」

「ええ、まあ」

「それより俺は、犬っころの顔面に銃弾を浴びせるほうが気持ちいいんだ。絶頂(エクスタシー)って、わかるか」

「いえ、ヒトの生理現象はいまいち」

「ガハハハ。いずれ大人になったらわかるさ」

 トリガーハッピーなラルゴは機関銃と弾薬をじゃらじゃらと鳴らしながら部隊指揮に戻った。

 

 反攻作戦は翌日の日の出と同時に始まった。

 歩兵戦闘車が先導し、ラルゴの率いる機関銃部隊がそれに続いた。試作型の反応回転装甲が歩兵戦闘車の砲塔の周囲でくるくる回転している。テウヘルの対戦車ロケット弾を感知したら装甲板がその射線上に移動し弾頭を受け止める。そして発射位置へ80口径(0.8寸)の弾丸が浴びせられ、テウヘルが潜んでる家屋ごと破壊した。

 ニケたちのライフル歩兵はさらに後ろで、家屋の掃討を担当した。道には歩兵戦闘車がばらまいた巨大な薬莢がごろごろと転がっている。

 かつての富裕層の邸宅は、機関砲と迫撃砲でどこもバラバラに半壊していた。テウヘルの緑色の鮮血と焼け焦げた臓物が壁に飛び散っている。

「あたし、活躍できないんですけど」

 リンは拳銃を構えた。その背中には巨大な狙撃銃の銃身が空を見ていた。野生司少佐のツテで保管されていた試作型八三式狙撃銃が予備部品も含めて前線に送られてきた。50口径の機関銃と同じ弾丸を6町もの距離まで飛ばすことができ、威力はテウヘルの分厚い肉体を引きちぎる事ができる。

 とはいえ市街地では無用の長物だった。高所を確保できない以上、狙撃には不向きだった。

「俺のライフルを貸そうか。こっちのほうが扱いやすいだろう」

 ニケは三三式ライフルをリンに渡した。しかしリンはすぐにそれを返した。

「軽い銃は、やだ。弾も小さいし」リンの赤い左右非対称(アシメ)が揺れた。「わかる? この気持ち」

「いや、わからないな」

 2人は半壊した邸宅を後にして次の家屋へ向かった。先頭部隊の進撃速度が上がっている。テウヘルは退却してしまったらしい。

「せっかく少佐にもらった八三式をさ、やっと使える場面が来たの」

「さっきいっぱい撃っただろう」

「もっと撃ちたいの! 50口径が放つ音、衝撃、硝煙の香り。すべてがすばらしいの」

 ラルゴとは違った方向性のトリガーハッピー=リンだった。きっと硝煙を吸いすぎるとこうなるんだろうな。

 ライフル隊にはこの手の兵士はいない。ふと青1と2の分隊を見ると、家屋の捜索の時間を競い合っていた。どちらかといえばトリガーハッピーというより戦争にスポーツ性を見出していた。ニケも、それで成果が上がるのならと自由にやらせていた。

「隊長、ちょっとこっちに」

 焼けた邸宅のプール脇から青2が路地を歩いていたニケを呼び止めた。ニケは予備動作なしに塀を飛び越えると青2はぎょっとしていた。

「やっぱその動きするとちょっと怖いっす」

「そうか、ちょっと飛んだだけだろう」

 後ろでリンは塀をよじ登れず広い敷地をぐるりと門の方へ回っていった。

「隊長、第2師団の降下兵を見つけたもしれません」

 青2と彼の部下の一等兵たちに連れられ庭の大きな木の根元に来た。木に落下傘が引っかかっており、兵士の死体がぶら下がっていた。襟の記章はたしかに合流予定の部隊のものだった。

 同じ兵科だけあって皆が青い顔をしている。強化兵たちですら薄気味悪く目をそらす──死体の胸から下が無かった。

「もう半分の死体は、見つかったか」

「いえ」青2が首を振る。「降下中に高角砲に撃たれた、ってことですか」

「いや、地面に出血した跡がある。死後1日、か」

 ニケは地面にしゃがんだ。薬莢が芝生の上に落ちて草を焦がしている。複数の人物の足跡が四方八方に射撃したらしい。木の幹やブロック塀にも弾痕が残っている。

「うあ、痛そう」リンがやっと追いついてきた。「ニケ、どしたの? 怖い顔して」

「死体を下ろしてやれ。あと誰か庭先に穴を掘って埋めてやれ。一般兵……だな。個人タグ(ドッグタグ)は回収しておけ。あとで司令部に届ける」

 ニケは邸宅から道へ出ると、ヘルメットを取って蒸れた髪をかいた。

「あれさ、きっとテウヘルの仕業じゃないね」

「ほう、どうしてそう思うんだ、リン?」

「テウヘルは凶暴だけど死体を(もてあそ)ぶようなことはしないもん。銃で撃つ、銃剣で刺す、おわり。一般兵なんて弾丸1発で死ぬのにわざわざ半身を切り取るなんて。ううん、ちがう。切り取った感じがしない。まるで引きちぎったみたいに」

「よく出来た」

 ニケはぽんぽん、とリンをヘルメットの上からなでた。

「えへへ。褒められちゃった」

「未確認の特殊部隊、ということにしておこう。こう戦争が長引けば俺達みたいに特殊な兵科があちら側に現れてもおかしくない」

 ニケは口笛を吹いてライフル隊を招集すると、先行する歩兵戦闘車に追いつけるよう歩調を速めた。

「やっぱりどこにもいなかった。ったく、降下兵のやつら、どこに降りたんだよ」

 幹線道路(ハイウェイ)の高架道路の下で先行する機関銃部隊に合流すると、ラルゴはぺっとガムを吐き出した。ニケの部隊が見つけた死体について報告すると、ラルゴは眉間にシワを寄せた。

「想定外の敵部隊がいます」

 ニケは短くそう伝えた。詳しい死に様は一般兵に動揺が広がるの伏せておいた。

「つったってよ。前に進むっきゃ無いだろ」

 ラルゴは歩兵戦闘車の中で地図を広げた。外はもうすっかり夜で灯火管制のため明かりがあるのはこの室内だけだった。分隊長や強化兵たちも一緒に地図を見た。

「斥候部隊からの報告だ。この先にある古いコンクリート工場が連中の本拠地らしい。俺たちを市街地に足止めするため遅滞戦術をしていたのはそのせいだ。くそ、忌々しい犬っころめ。高いコンクリートの壁に有刺鉄線。これは戦前からあるものだ……ったくどんだけ治安が悪いんだよこの街は。敷地内は迫撃砲、重機関銃で守備が固められている」

「歩兵戦闘車だけでは火力不足ですね。戦車部隊の応援を要請しますか?」

「いや、向こうもルガーと市街地戦やってて手一杯なんだと。この地区のテウヘル部隊の動きを見るに頭の良い指揮官がいるようだ。謎の敵部隊についても、その指揮官を尋問すればなにかわかるかもしれないが、どうだ?」

 一理ある。しかしアレンブルグで以前捕らえた知識層のテウヘルは頑として情報を口にしようとしなかった。うまくいくか自信がない。

 ラルゴは偵察部隊が描いた工場の地図を出した。外観だけだが様子がわかった。

「で、ニケ曹長、どう攻める?」

「クレーンで火の付いた燃料缶を投げ込む」

「あーそれ俺も思ってたわ」

 ラルゴはゲラゲラと笑っていた。

「ま、敵の機密を奪取するにはいまいちなので」ニケは周囲を見渡した。「シィナはいるか?」

「こっちこっち」

 ラルゴとともに頭上の声が聞こえたあたりを見た。高架道路の橋脚に腰掛けていたシィナは宙に飛んだ。ふわりと長いツインテールが舞い、軽く膝を曲げて着地した。

「パンツ見えてんぞ」

「あーこれ。こんなの別に見えたっていいでしょ。ヒトの文化なんて意味不明だし」

 ニヤつく一般兵たちには、代わりにニケがガンを飛ばしておいた。

「で、シィナ。作戦だ。手を貸してくれ」

「そうこなくっちゃ」

 シィナの今日いちばんの笑顔に驚きつつ、地図と工場の絵を順に指さした。

「俺たち2人がこの敷地外の砂利山から敷地内に飛び移ります。機関銃隊は正面ゲートを攻撃して陽動、狙撃部隊は隣の建物と建設途中のビルから狙撃、援護を。ライフル小隊は側面と背後に回り込み──」

「ガッテン」「まかせてくださいよ、ボス」

 青1&2が早とちりして承諾した。

「頭の良さそうなテウヘルがいたら、殺すなよ。それと未確認の伏兵がいるかもしれない。背後には十分に注意するんだ」

「じゃ、そのあとは」「処刑っすね」

 一旦息を吸い込んだ。テウヘルと言えど彼らも連邦(コモンウェルス)の一員だと思っているし高度な文明も築いている。

「だめだ。情報部に引き渡す」

青1&2はお互いに顔を見合わせて肩を同時にすくめるとわざとらしく敬礼をしてその場を去った。

 現場指揮官としては、捕虜の扱いは野生司(のうす)少佐に任せるべきだったがオーランドに帰っておりこの日の攻勢には間に合わなかった。

「いい案だ、さすが中隊長。すぐに全員を移動させよう」

 ラルゴはグローブのような手でニケの背中をバシバシと叩いた。その背後で2両の歩兵戦闘車が給油を終えてエンジンが唸りを上げた。

 コンクリート工場はそう遠くない。市内は停電しているのにそこだけ小さな明かりが灯っていた。

 歩兵戦闘車は最新式の赤外線カメラとテウヘルから鹵獲した照準器を使い、市街地で待ち伏せる敵兵を見つけては壁や柱越しに徹甲弾で粉微塵に粉砕しながら進んだ。

「青1は左側面へ、青2は右側面へ展開」

 ニケの合図で部隊が3つに分かれる。そして機関銃部隊は正面ゲートが見渡せる商店の2階へ上がり、狙撃部隊も建設途中のビルの階段を駆け登った。迫撃砲で照明弾がコンクリート工場の真上に打ち上げられ、こちら側からテウヘルの配置がまるわかりだった。

 ニケとシィナは足場が悪いはずの砂利山をすいすいと駆け上がる。

「懐かしいな。昔も砂山に登った記憶がある」

 ニケの軽口。

「そそ。私の勝ちだった」

「おまえが砂モグラの巣を踏み抜いたせいで俺の足が噛まれたんだ。あの後毒のせいで足が倍に膨らんだんだぞ」

「ふふん、それは言い訳ね。じゃあ今日も、勝負よ。どっちが多く倒せるか」

「もう数を数えるのを止めたんじゃなかったのか」

「今日だけ。今日は調子がすこぶるいい気がする」

「そんなに楽しいものかね」

「うん、楽しい! 朴念仁(ぼくねんじん)のニケにはわかんないよ」

 シィナがやや先行して砂利山のてっぺんから高く跳躍した。暗闇の空中で長大な大太刀の青い刀身が煌めく。眼下の銃口が一斉の空を向くが、その反応よりも早くシィナは落下した。ほとんど爆撃に近い降下──長大な大太刀の一振りでテウヘルや廃棄された車両、袋詰されたセメントそのすべてを真っ二つに切り裂いた。

 ニケの跳躍。空中で主刀を抜く。飛来する弾丸はどれも的外れ──いくつかの弾道を見切り刀で弾く。

 落着──同時に1匹を串刺しに──身を翻してもう一匹。すると背後で3匹のテウヘルの上半身が一斉に弾けた。そしてやや遅れて到来する盛大な銃声。

 狙撃部隊は正門から反撃するテウヘルを狙っていたがリンの八三式狙撃銃はニケの支援のため50口径の銃身をニケに向けていた。半自動式で放たれる超音速の巨大な弾丸は強靭なはずのテウヘルの体を易々と引きちぎった。ボルトアクションだった八五式ライフルをずっと使っていたリンにとってみれば半自動式は扱いやすさに秀でていて、銃身もマズルブレーキを改造して取り付けてあるので小柄なリンでも体への負担が少なかった。

 ニケは地面を蹴り次の目標へ瞬時に接近すると主刀でバイタルの心臓を突き刺し右に引き抜く。左から現れた敵には隠し刀を抜き下から斜め上へ切り裂いた。

 ほとんど勘ともいえる洞察力で宙へ高く飛ぶ。さっきまでいた位置で散弾がばらばらと飛び散る。流れ弾が別のテウヘルに当たり、その1粒1粒の散弾が炸裂し、テウヘルを緑の血霧に変えてしまった。

「もう2度と同じ手にはのらない!」

 落下──着地し散弾銃を斬って動作できなくすると、操作していたテウヘルの眉間に刀を突き刺しとどめを刺した。

「シィナ、室内に突入──」そう言いかけたところでちらりと、残像のようにシィナのツインテールが工場内部に入っていくのが見えた。その直後に工場の天窓に緑の鮮血が飛び散った。1匹や2匹という量じゃない。

「だから独断専行はダメだとアレほど!」

 ニケは苦々しい表情で三三式ライフルを構えた。背後では工兵がコンクリートで固められた正面ゲートに爆薬筒(ばくやくとう)を差し込み盛大に爆破して歩兵戦闘車が瓦礫を踏み潰しながら敷地に入っていた。

 ドアを蹴破ると蝶番から外れてドアが床に倒れた。ニケは中腰にライフルを構え明かりの少ない工場内を観察した。動く影──なし。壁や床にテウヘルの臓物や緑色の鮮血が飛び散ってまだ乾いていない。室内はシンとしずまっていて、テウヘルが持ち込んだ発電機の音がガタガタと耳障りな音を立てていた。

「ニケ、こっちこっち」

 シィナは地下室へ降りる階段の前にいた。右手で長大な大太刀を振ってニケに合図し、左手でテウヘルの機関銃を軽々と抱えている。ベルトリンクの弾薬がじゃらじゃらと鳴っている。銃口の先には両手を上げて(ひざまず)き降参ポーズのテウヘルがいた。赤い目に黒い体毛。しかし粗野なアーマーではなく軍服と思える服を着ていた。

「へっ、どうよ私の活躍」

「はいはい、すごいすごい」

 雑な褒め方だったが、シィナの笑顔は忘れられないぐらいに輝いている。

「で、シィナ。なんでまた銃なんかを?」

「一度、撃ってみたかったのよね。あのゴリマッチョは触らせてくれないし」

 シィナの黄色い瞳の輝きが増した。にやりと凶悪な笑みを浮かべる。

 噛まれるわよ、というシィナの警告を無視してニケはテウヘル指揮官と同じ視線になるようにしゃがんだ。

「あんた、名前は? 名前があったほうが呼びやすい」

 しかし返事がなかった。赤い瞳がじっと睨んでくる。尖った口から犬歯がちらりと見えている。

「戦時捕虜について新しい規則ができたんだ。降伏していれば傷つけない。連邦(コモンウェルス)(おう)に感謝するんだな」

「ガゥ」

 指揮官のテウヘルは犬歯の間から悔しそうに唸り声を漏らした。ニケはやっと追いついてきた歩兵たちに指揮官の連行を任せた。

「シィナ、あの地下室の扉、銃で撃ってもいいぞ」

「え、ほんと?」

「ただし、跳弾には注意するんだな」

 シィナはためらいもなく引き金を握った。音と硝煙の圧力で強化兵たちでさえたじろいだ。本来なら正立(せいりつ)して両手で支えるはずの機関銃を、片手で握り銃床を(わき)に挟んで撃っていた。地下室に続く合板の扉は瞬時にズタズタに引き裂かれた──にわかに爆発が起きた。

「やっぱり地雷をしかけていたか」

「え、私なにかした?」

「なにも。あとその銃、危ないから弾を抜いてその辺に捨てておいてくれ。銃身は熱いから触るなよ。手の皮膚を全部持っていかれるから」

 ニケは無人の地下室を見て回った。獣臭が残っているがそれはヒトの体臭とそう違いなかった。ボロ雑巾のような毛布が床に敷かれ、ここで何人かのテウヘルが寝起きしていたことがわかった。

 事務所の机に黄ばんだ藁半紙(わらばんし)が積み上がっていて、ニオイからしてテウヘルのものだとわかった。しかし、その内容は文字というのはわかるし連邦(コモンウェルス)の共通語と同じ(つづ)りだったが、内容が支離滅裂だった。

「3がつ15にち てき こない。 3がる31にち ぼす ここ いる めれい……命令?」

 戦闘記録か命令指示書のようだった。濃い筆圧で文字の大きさはバラバラでまっすぐ書かれていない。

「ボス、お疲れ様です。シィナ少尉がラルゴ隊長に機関銃の扱いを聞いてるんですけど良いんですかね」

 青1が手早く敬礼した。

「ああ、遊びだ」

「遊びで機関銃を立射とか、さすがブレーメン」

「で、なにか用か? 死傷者は」

 ニケは意味不明な文書を放おって捨てた。

「幸い怪我人だけです。いま手当してます。ただ、問題が。あのテウヘルの指揮官、俺たちの言葉は理解してるみたいなんですが、何喋ってるか全然わからなくて」

「知能が、低い?」

「ええ、そんな感じです。ありゃハズレっすね」

 ニケは参考になりそうでならない敵の文書を手近な麻袋に詰めると、地上へ戻った。兵士たちはつかれた顔をしているが、なんとか勝利を掴めて笑顔をほころばせていた。

「機甲部隊に連絡、こちらは予定通り前進完了。捕虜と情報は司令部に報告。あとで取りに来させよう」

 ついでに食事の用意と歩哨の当番も決め、この日の仕事は終わりだった。穴だらけ鮮血だらけのコンクリート工場が今夜の寝床だった。

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