エピローグ
正座───脚を折り曲げ床に座る仕草。
ブレーメンの里を出て以来 正座はしていなかった。戦後、何度かブレーメンの里へ帰ったが用事は連邦におけるブレーメン自治区の立ち位置を整理するためで公務が時間の大半を占めていた。両親の墓参りはしたけれど、ヒトと違い過去の死者を大きく弔うことのないブレーメンの墓は石を積み上げただけでそれが本当に両親の墓かどうか、記憶が曖昧だった。
正座───正式な場の座り方。
気づいたらここにいた。正座をしている方=下が地面だとは分かるが、果のない空間で天と地の境目が見えない、まるで空に浮いてるときのようだった。
かつて若い時──自分は空から飛び降りる降下兵だった。その時と少しだけ、感覚が似ている。
「確か、俺は」
最期の記憶が蘇る。年老いたシィナとその子どもたちと孫たち、相変わらず幼いままのネネ、キエと瓜二つな彼女の世継ぎとその子。みんなが見ていた。
「ぱんぱかぱーん。死去おめでとう」
場違いなファンファーレ。金髪の──しかしキエの金髪よりも透き通ってむしろ実態がない長髪。透き通ったドレス姿は、見たこともない奇妙な紋様が描かれている。見覚えがある姿。過去に2度、死に際に現れては命を救ってくれた。
「クソ神か」
「あれれれーそんな態度、とっていいのかな♫」
神=ア・メンは正座の姿勢のままのニケのまわりを飛び回り、正面を横切るときだけあざとくニケの顔を覗き込んだ。
「ブレーメンは死んだらこうして神に見えるのか。神に見初められた民なんだろ」
「ぶっぶー。大ハズレ。きゃははっ」
神=ア・メンは子供っぽく正座をするニケに飛びついた。懐かしい感触。孫がそうやってはしゃいでいた。
「──ニケは忘れたのかな。わたしとのや・く・そ・く」
「覚えてない」
「わたし、言ったよね。命を救ってあげる代わりに、自我が永遠にこの世界に残り続けるの」
「どういう意味だ」
「どうって、言葉の意味どおりでしょ? わたしは、神様。わたしの存在意義のため宇宙を作ったの、6度も。うーん、数字の概念を作ってから6回だから、もっと多いかも」
「で?」
「あなたのいるこの宇宙は7度目。6度目の宇宙の失敗をうまく生かして作ったの。たとえば、人類。1つめ、2つめ、3つめ。進化じゃなくて私が直接作ったんだけどどれもフツー。面白くなかった。でも7つめ。あなたちブレーメンは最高におもしろい種族として作ったの。第7の人類。それがブレーメン。自然発生した普通の知的生命体はあなた達ほど強くないし、長生きしないし、賢くもないの。知ってた?」
「それは──」
生前、ネネと話すうちになんとなく見聞きしたことと合致する。神=ア・メンがネネに語ったこと、僅かに残された、旧人類が解明した宇宙の神秘。
「でねぇーニケとの約束。あなたの自我は永遠に宇宙にとらわれる。わたしが“飽きた―”って言って宇宙を消すまで、ずっと」
それじゃあ、死なない/死ねない牢獄みたいじゃないか
しかし神=ア・メンはなおも笑っていた。
「あははーおかしー。なに真剣な顔してるの? わたしは悪魔とか業魔じゃないからさ。優しさもあるの、うん。あなたがいるここは思念空間。心の中、っていえばわかりやすい? 時間の流れがない。“外”は1000年だろうが1億年だろうが、どれだけ時間が経ってもあなたには関係ない。どう? ちょっとは気が晴れた?」
「どうしてこんな事するんだ」
「うーん、おじいちゃんになってちょっと頭が弱くなっちゃった? いったでしょ。ぜんぶわたしのため。わたしの存在意義のため。そしてニケ、あなたは無限に分岐する世界線を作る原点。歴史の胎動そのもの。あなたがいるからわたしは無限の世界線を眺めて楽しむことができるの」
はぁ、まったく。わけがわからない。いや、神=ア・メンの考えを理解しようということ事態が間違っているのかもしれない。
時間の感覚がない、夢の中のような世界なのだ。せいぜい楽しませてもらうさ。
ニケは正座の姿勢のまま背筋を伸ばした。膝に手を置き目を閉じた。神とは、ブレーメンとは、そんなことの考えを順繰りに巡らせた。
『ブレーメンの聖剣 第1章 (下)』
完




