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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<下>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:ネネ

 侍従長(じじゅうちょう)近衛兵(このえへい)の指揮官、皇キエの護衛兼教育係。ブレーメンからは「裏切りのマ女」と蔑まれている。

 500年前、テウヘルとの戦闘で負傷した際、(ア・メン)と契約し、偶象(ミソロジー)とよぶ空間転移や念動力、自然発火など超常的な術が扱える。その力の対価として幼年な見た目のまま歳を取らなくなった。かつての皇(キエのクローンの先祖)からは“ショタコンロリババア”などと呼ばれている。

 左手全体が青く輝くオリハルコン製の義手で(ア・メン)から与えられた。知的好奇心が強くブレーメンの過去を解明しようとしている。

 飛行機械は突飛な構造で、浮力のある気嚢(きのう)なしにどう浮かぶのか、もしくは浮かんでも真っ逆さまに落ちてしまうのではないか、という不安しか感じなかった。

 簡易的な座席に、キエを間に挟んで3人で座った。操縦席にはフス教授が座り、ぶつぶつと機械部品の名前を読み上げながら計器や鳥のような4枚の翼を交互に眺めている。

「心配いりませんよ」つとキエがニケの膝に手を置いた。「過去4度の文明の回帰(リセット)では、文明の中度発達期においてこういった飛行機械が発明されました。中には音より速く飛ぶことのできる飛行機だってあったんですよ」

「音ね。こういうのをなんというんだか。『車輪の再発見』だったか。クイズ番組で見た。哲学の言葉でその意味は……」

「ええ、わかっています」

「やっぱり文明の回帰(リセット)というのは理解できない」

「それはわたくしたちがまだ、文明の初期発達期にいるからです。あと数千年もすれば種をどのように永続させるか、すべての人類が己の課題として取り組むことになります」

「数千年ね。途方もない未来だ」

「あなたとリンの記憶は数千年たっても、未来のわたくしが思い出すでしょう。そのぐらい深く刻み込まれています」

「俺のことは、いい別に。だがリンは───」

 しかしネネが言葉を遮って檄を飛ばした。

「こら、少しは空気を読まんか」

 一体何のことか、とキエを見たが、キエは顔を真赤にして、手で額を覆っている。

「ささ、ご搭乗の皆様」フス教授は、しかし我が道を行くという感じに意気揚々だった。「シートベルトは締めましたか? 自動車用ですのでまあ気休めです。落ちればどのみち全員バラバラです。カカカカカ」

 急に不安になってきた。

「教授、安全運転で頼みます」

「はは、我が君。この栄誉、末代まで語り継がれるでしょう」

 いまから戦地のど真ん中を飛び抜けていくというのに、そんなことは眼中になく、大学で干されていたはずの技術が連邦(コモンウェルス)の大々的な支援のもと実現し、博士冥利に尽きる、と言った感じだった。

 機体の前方には、翼に風を送り揚力を生むための三枚羽のレシプロエンジンがあった。巡空艦にも搭載されるようなタイプだったがずっと小型化されていた。

 機体がブルブルと震え、プロペラの回転数がぐんぐんと上がっている。飛行機は王宮の庭園を滑るように駆け抜け、あらかじめ柵を外しておいた庭園の(ふち)へ邁進した。

 ふわりと体が浮く感覚は巡空艦と同じだった。しかしその速度は車のように速く体がシートに押し付けられる。キエは短く悲鳴を上げニケにしがみついた──しがみつかれてもどうしようもできないのだが。

「あっ、あははははは! 見ましたか我が君。飛びましたぞ。カラスマル2号が飛びましたぞ!」

 何なんだその奇妙な名前は。それに2号とは。

 飛行機械──カラスマル2号は王宮の周囲をぐるりと旋回しながら高度を上げ、オーランドの3桁区へ到達する頃には巡空艦の巡航高度に達していた。

「少し冷えますね」

「おお、陛下のお体にもしものことがあっては心配です。座席の後ろに毛布を用意してありますゆえ。ただ、1枚だけですが」

 キエはもぞもぞと体を反らして毛布を取った。

「陛下、(わらわ)とニケはブレーメンゆえ、寒さを感じないのでお気になさらず」

「しかし、寒いものは寒いでしょ。ねぇ?」

 キエがニケの顔を覗き込んだ。

「気にしないでくれ、我が君」

「もう、そんな意地悪するならわたくしの好きなようにします」

 ぐるりと毛布にくるまったキエは頬を膨らませた。

「リンも、よくそうやって毛布にくるまっていた。早朝の寒い空気の中で」

「ご、ごめんなさい。わたくし気が付きませんでした」

「いいんだ。俺が勝手に言ったことだ。アレンブルグに着くまでまだ時間があるだろう。もしリンのことで聞きたいことがあれば、知っている限り話してやる。キエの記憶の中なら永遠にリンが生き続けるんだろう?」

「ええ、もちろんです。そうですね。何から聞きましょうか」

 真面目に考えを巡らせるキエの横顔が少し面白かった。リンもよく難しい顔をして考え事をしていた。常に単純明快を好むリンだったが、そのお陰で何度となく救われた。

 カラスマル2号はぐんぐんと速度を上げた。巡空艦よりも速く飛べるというのは本当だった。すでに3桁区の防衛線ははるか後方へ消え、郊外の荒野が広がっていた。

 しかし、ブレーメンの視力で地平線に蠢く虫のような大群を見ることができた。

「ネネ、見えるか? 多脚戦車(ルガー)の大隊だ。なんて数だ。侵攻軍のすべてが集まっているみたいだ」

「ええ見えます。まずいですわね」

「ああ、まずい。あれだけの数、防衛線が持ちこたえられるか」

「いえ、そこではなく。あそこはスコイコ市です」

 だからなんだというのか。オーランドと隣州のオーゼンゼとの中間にあるただの田舎町だ。とっくに住人は避難しているはずだ。

「中距離弾道弾の製造工場と発射基地はスコイコ市にあるのです」キエは半ば叫んでいた。「ネネ、発射基地の様子はわかりますか」

「少々お待ちを」

 ネネは左手の指をぱちんと弾いた。瞳が黄色に光る。オリハルコンの義手がネネの力を増幅させた。

「ミサイルサイロが開いています。あの蒸気は、燃料の液体水素の注入が終わっています。野生司少佐は発射する気です!」

「そんな、発射コードはふたりでひとつだったはず」

 キエの怯えた瞳がニケを捉えた。

「野生司少佐を止めたとして、あのルガーの大群はどうする? きっと軍が駐留しているのがバレている以上攻撃は避けられない」

「妾がなんとかします。ふたりは少佐の方をお願いします」ネネの瞳は猛獣のように輝いていた。「教授、スコイコ市に降りてください。街の北東方向の軍需工場へ」

「え、ええしかし、着陸には長い距離の道路が必要なのですよ」

「あります。ミサイル部品の搬入口です。大型トレーラーが旋回できるよう作ってあります」

 フス教授は気圧(けお)されて反論できなかった。ふわりと体が浮く感覚と同時にぐんぐんと地上が迫ってくる。巡空艦の着地とはわけが違う。落下傘降下のようだった。

 その時、カラスマル2号の窓の外で高速の影が通り過ぎ上空で爆発した。

「ルガーの対空砲撃だ、教授!」

 ニケはとっさにキエの体を覆った。

「え、えっとわかりやすく言うと?」

「時限信管付きの砲弾。巡空艦用だからこの機体の速度には追いつけないはず(・・)だが」

 さっきの砲撃を皮切りに超音速の砲弾がカラスマル2号のそばを通り抜ける。そのほとんどは見当違いの高度で爆発していた。しかしその爆発の精度が次第に高くなった。

 がたん。雷鳴のような爆発で機体が揺れた。窓の外を見ると翼が穴だらけだった。あの砲弾の威力は嫌というほど味わった。巡空艦でさえ穴だらけになる。こんな小さな機械じゃ次の砲撃に耐えられない。

 爆発は、正確にカラスマル2号を捉えていた。しかし爆発も近接信管がばらまく金属片もカラスマル2号の近くで塵になって霧散した。

(わらわ)が食い止める!」ネネの左手/オリハルコン製の義手がまばゆい青い光を放った。「教授、速く着陸を」

「がが、がってん!」

 カラスマル2号はがたがたと揺れながら軍需工場の真ん中へ滑り降りた。周囲では砲弾が降り注ぎ、守備隊が塹壕に飛び込みなけなしの武器で応戦していた。ネネはカラスマル2号が静止するよりずっと前にシートベルトを外してばね仕掛けのように飛び出した。

 その脚力はブレーメンそのものだが、それ以上に足取りは戦士の称号を得るにふさわしかった。予備動作なしに給水塔へ飛び上がると、その青く輝く左手を点に掲げた。

 とたんに何の前触れもなく、多脚戦車(ルガー)と共に前進していたテウヘル歩兵たちの頭が次々に内側から破裂した。瞬時に戦場は緑色の鮮血の生臭い霧に覆われた。

 ネネは振り上げた左手を、斜めに空を切るように動かした。次に爆散したのはルガーだった。燃料兼駆動部の半可塑性炯素(けいそ)に火が灯り、そして盛大に爆発した。数百の砲塔が一斉に空へ飛び上がり、まるで壊れたおもちゃのようにガラガラと音を立てて屍と鉄くずの山に落下した。

「行きましょう。ネネが戦っているうちにわたくしたちにできることをします」

 ニケとキエはカラスマル2号から飛び出すと、キエが先頭に立って走った。コンクリート製バンカーをいくつも通り過ぎ、キエは迷うことなくその中のひとつに飛び込んだ。その奥にあるエレベーターに乗り込み、素早く暗証番号を押すと、スルスルとエレベーターは地下深くへ沈んでいった。

「来たことがあるのか」

記憶(・・)にあるのです。過去、いつかの時代のわたくしがここへ来ています。強い負の感情と矛盾を抱えた心苦しい気持ちを抱えて」

「そう、か。キエの言っていた回帰主義からすれば、こういう(ふる)い技術は忌避すべきというわけか」

 キエはコクリとうなずいた。

「そういえば、ネネ。伝説のブレーメンの剣士団のうちのひとりだが、本当に伝説どおりとは思わなかった」

「あんなに強いなら、前線に出て戦うべきだ、ですか」しかしキエは怒っておらず、力なく作り笑いを浮かべた。「ネネの術は確かに強力でかつての人類であってもその理屈を(つまび)らかに解き明かすことは不可能でしょう。かつてはあんな調子で、ネネの通った後にはすり潰されたテウヘルの遺体が残されていたそうです。ただ、強力ですが万能ではないのです。術は精神的な負荷が大きいらしく、500年以上生きたネネにとっては耐え難い苦痛なのだそうです。今ではせいぜい、転送術程度。だからずっとわたくしのそばで知識的な補佐や教育係をしてくれていたのです。ときどきでいいので、ネネには優しくしてあげてください。血を飲むのも、ほんの2口か3口だけですから。お願いします」

「ああ。わかった。約束する」

 エレベーターのドアが開いた。キエは迷うことなく前へ進み、重厚な防爆ドアをリストバンド状の電子キーで開けた。地上の騒動に白衣を着た技術者や研究員たちが右往左往していたが、キエの姿を認めるなり皆がその場で最敬礼を取った。道が空いて歩きやすい。

「こっちです。弾道弾の中央制御室は、記憶にあります。きっと少佐もそこにいるはず」

 キエは迷うことなく、電気配線やパイプがむき出しの通路を真っすぐ進み、角を折れ、警備の兵士を怒鳴り道を空けさせた。

 中央制御室の入り口はハンドルを回す封鎖機構があった。本来なら2人で回すそれをニケは力いっぱいに回し、半ば蹴破るようにして突入した。

 薄暗い室内に壁際にはピカピカと光るコンソールが並び、中央は唯一大陸(タオナム)の地図が広げてあった。見覚えのある地図──野生司少佐の自宅の書斎にあった地図だ。軍区ごとにマーカーで色分けされ、テウヘルの領域と連邦(コモンウェルス)を隔てる“壁”と呼ばれる大河にはより大きくマークが記されていた。

「はは、うまくいくと思ったが、やはりバレたか」

 野生司少佐は自嘲気味な笑みを浮かべて振り向いた──その手には将校用の大型拳銃があった。ニケはさっと身を翻してキエの前に立つと、ブレーメンの俊敏さで同じく拳銃を構えた。安全装置は外してあり、撃鉄も起きている。

「発射は、かならずわたくしの立ち会いのもと行うと約束したではありませんか、少佐」

 キエがニケの背中の後ろから叫んだ。

「もうすでにテウヘルの軍勢がすぐそこまで迫ってきています。余裕はないのですよ、陛下」

「いけません。これが発射されれば100億の新人類の命が失われるのです。それに侵食弾頭は大陸の半分を未来永劫、草木のはえない土地に変えてしまうのです。かつての人類もそう容易に用いる兵器ではありませんでした!」

「死ぬのはクソ忌々しい犬どもだ。ワシの知った事か!」

 野生司少佐の語気が強まる。撃たれてしまうのではないか/撃ってしまうのではないかと身構える。

「アリッサが死んだのは、ボンクラな官僚どもと犬っころのせいなんだ。デラク=オハンともども貴族院の連中がそうそうに死んだのは予想外だったが。残るは犬どもだけだ」

 銃口がわずかにニケを向いた。

「──やあ、ニケ君。久しぶりだ。君からの電報はすべて目を通した。支援部隊を送ることができなくてすまなかった」

「やめてください」

「そしてリン君も戦死したそうじゃないか。なんと嘆かわしい。あの優秀な兵士が。ホノカもずいぶん懐いていたのに」

「あなたもリンを駒扱いするんですか」

 今度はこちらから撃ってしまいそうだった。引き金にふれる人差し指の指先が震える。

「まさか。最初に会った時言ったはずだ。ワシはむしろ君と同じ立場にある、と。ワシにもかつて心から愛した人がいた。アリッサ。第3世代強化兵でその最初に造られた兵士たちのひとりだ。だが、軍務省の無謀な作戦のせいで死んでしまい、あろうことか軍の生産部門は圧縮知育で強化兵の自我と個性を消し去ろうと画策した。大いなる罪だ。裁かれねばならないと恨んでいたが、奴らの死に様が犬っころに変身したとなれば、愉快だった。君もそう思わないかね?」

「リンは誰も恨んだりしていない! 誰よりも戦争の終結を願っていた。だがこんな大量虐殺というやり方じゃない」

「ニケ君。君は、悲しくないのかね。復讐してやろうと思わないのかね」

 唇を噛みしめる。じわりと血の味がする。悔しい。

「悲しいに決まっているだろう! だがこのやり方は間違っている!」

 拳銃を握る手に力がこもる。引き金を絞れば解決する。1、2発は撃たれるかもしれないが拳銃弾程度で致命傷にはならない。だが、今持っている拳銃はヒトにとっては威力が高すぎる。テウヘルと戦うため強装弾が込められている。撃てば野生司マサシは死んでしまう。

 彼は悪人じゃない。兵士の“顔”、軍人の“顔”、父親の“顔”がある。今このときまで自分を育ててくれた父親同然の存在を撃てるはずがない。

 にわかに薄暗い制御室の天井で赤色灯が光って回り始めた。

『発射シーケンスを開始します。作業員は所定の位置まで下がってください。隔壁(かくへき)が閉まります。ご注意ください。発射時間マイナス80』

 機械音声が流れた。中央制御室からはロケットモーターの輪郭が見えていたが、ガラス窓に鋼鉄のシャッターが降りる。もう時間がない。

「そこをどいてください、少佐」

「ならん! これもすべて、苦痛の中、希望を失い絶望し死んでいったアリッサのため。通りたければワシを撃ってからにするんだ」

 野生司マサシの指に力が入る。ブレーメンらしい動体視力で、引き金の動きと遊底(スライド)の動きが見えた。

 ひとつの銃声が制御室に響いた。

 撃った。撃ってしまった。

 真っ直ぐな射線の向こう側で野生司マサシが力を失い、バタリと倒れた。

 ニケは銃をしまうと野生司マサシに駆け寄った。足元に堕ちていた自動拳銃は弾が入っていないことを示す、遊底(スライド)が後ろに動いてロックしたままだった。

 まだ息がある。ニケは血の海に沈む野生司マサシを抱え上げた。

「どうして、こんな」

「言った……はずだ。君はワシ……息子同然なんだ。撃てる……ない」

 しかし野生司マサシの呼吸は乱れ、瞳からは光が消えた。

「身勝手すぎる」

「ホノカ……幸せに……頼む」どばっと血を吐き、野生司マサシの腕がだらりと垂れ下がった。「アリッサ。そこにいたのか」

 そして野生司マサシは動かなくなってしまった。 

 まただ。また大切な人が血の海に沈んで死んでしまった。どうしてこうなるんだ。いつもいつも。死を防げない。

 これも、(ア・メン)の望んだ結末ということなのか。ふざけるな! 神を、絶対に許さない。神に生かされた人生なんてクソくらえだ。

「ニケ! ニケ、しっかりしてください」

 大きく息を吸い揺れる心を整える。まだ機械的なアナウンスとカウントダウンは続いていた。

「大丈夫だ。まだ、大丈夫」

「発射停止コードを入力しました」

 キエの手元には2つに割られたプラスチックのカードと、封入してあった11桁の番号が印刷された紙が落ちている。

「反対側のコンソールから、今から読み上げるコードを入力してください。聞き間違えないで」

 ニケは、キエが早口で読み上げる数字を血の付いた指で震えを抑えながら押していった。

「いいですか、ニケ。わたくしの合図で下の赤いボタンを長押しします。いいですか、3,2,1、長押しです」

 言われた通りにした───変化はあったのだろうか。

 遮蔽シャッターの向こう側では轟々とロケットモーターの音が届く。予備点火に入った。

「そんな、まさか」キエは発射停止コードを読み返した。「じゃ、じゃあ、侵食弾頭の不活性化を。指令コンピューターは、あれ? 昔の配置と異なります、どこでしょう。ニケも探してください。今と同じように数字の入力パッドがあるはずです」

 振り返ってそう広くない部屋を見渡す──しかし制御室の入り口にネネが立っていた。目が壊れかけの蛍光灯のようにまだら(・・・)な黄色に光り、生身の右手で犬耳の生えた研究員の黒髪を鷲掴みにして引きずってきたらしい──フラン・ランは泣きべそをかいている。

「ネネ、無事でしたか」

「テウヘルのおもちゃなど、妾にとっては障害ではありません」ネネは室内にフラン・ランを乱雑に放り投げた「陛下、もうおしまいです」

 ネネは汗だくの額をごしごしと、スーツの袖でぬぐった。両者の間ではフラン・ランがぐずって泣いている。

「おしまいとは、どういう意味です?」

「そこの研究主任を捕まえて問いただしました。陛下が少佐から受け取ったコードはどれも偽物で、そもそも少佐の持つコードのみで発射が可能だったようです。もう止められません」

 制御室のそとで腹の底を揺らすような爆音が聞こえて施設全体が揺れた。フラン・ランはテウヘルのような犬耳を抑えていたが他の3人は絶望のあまり立ち尽くすしかなかった。

 ロケットの轟音は数秒と経たずに終わった。しかし足元がぐらぐらと揺れる錯覚はまだ残っている。

「15分後には弾頭が大気圏に再突入します。30分後には8つに分かれた弾頭が8つの都市を破壊します。犠牲者は、労働階級のテウヘルを含めて100億以上かと」


挿絵(By みてみん)


「そんな、そんな。わたくしは彼らの故郷を破壊してしまったのですか」

「陛下、すぐ戦後処理に取り掛からなくては。いえまずは連邦(コモンウェルス)にとどまるテウヘルの排除が先ですか。すみません、妾も少々疲れています。ニケ、背負ってくれぬか。なに血は吸ったりせん」

 半ば崩れるようにして、ニケはネネの小さな体を受け止めた。その横を、亡霊のようにキエは歩いた。そのおぼつかない足取りは、しかしニケを始め他の研究員たちも声をかけることを思いとどまった。

 3人で地上へエレベーターで戻った。地上は燃えた推進剤の煙が漂っていたが、得体のしれぬ超兵器の登場に兵士たちは沸き立ち、それをうすうす理解しているフス教授は踊っていた。

「この罪の記憶はわたくしたち(・・)の記憶に永遠に刻まれます。数百年数千万年が経ってもけっして失われることのない記憶です」

「俺も、一緒に支えるさ」

 ニケはキエの小さな手を掴み、かつてリンにしてやったのと同じように頭をなでてやった。

 

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