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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<下>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:野生司(のうす)ホノカ

 現在高校3年生。野生司大尉の娘。パパ大好き。内弁慶(うちべんけい)で家の中だと声が大きいが初対面の人間には物怖じしてしまう。

 理数科目が得意だが勉強自体に意味を見出せていないのが悩み。当初はニケに反目していたが次第に好意を寄せる。ツノカバグッズを集めていて、毎週日曜日朝のツノカバのアニメは欠かさず見るようにしている。リンがツノカバを好きになったきっかけでもある。

 以前の誘拐事件以降、自身に負い目を感じてふさぎ込みがち。


ブレーメンの聖剣 第1章胎動 <下> 13

挿絵(By みてみん)


 上空から眺めると人のちっぽけさを思い知らされた。

 夜の闇にまぎれて農地に着地したグァルネリウスは10分とかからず兵士を回収し空へ浮かび上がった。多脚戦車(ルガー)の捕捉を避けるため、無音航行のためエンジンを切り、浮遊物質の浮力と季節風だけでオーランドへ還ってきた。そのせいですでに外は明るく日が昇っていた。

 オーランドの外周は大きく改造がなされ要塞のようだった。幾重にも塹壕と掩蔽壕(えんぺいごう)が掘られ、コンクリート製のトーチカから大口径の野戦砲とその砲弾を運ぶトロッコまで作られている。その防衛線は3桁区の軍の駐屯地を中心に広がり、工場やスラムを潰し沢山の人々がいまだ防衛線の構築に駆り出されていた。

 グァルネリウスもその駐屯地のひとつに着地すると思っていたが、3桁区を通り過ぎ2桁区まで来てしまった。船体はみるみると高度を下ろし、市街地の屋根のシミまで見える高度で留まり着陸態勢をとった。

「おいおい、どこまで行く気なんだ。おい、艦長」

 ラルゴが野太い声を出すと同時にグァルネリウスの艦長が貨物甲板へ降りてきた。ラルゴより幾ばくか年上だが戦闘経験豊富な士官だった。

「さっき軍司令部から連絡があってね。2桁区の競技場へ着地するよう言われている」

「そこじゃ戦線から遠すぎるだろ。休暇でもくれるっていうのか」

「俺が知っているわけないだろう」

「本当に、か?」

 艦長が顔をしかめる。

「噂だけだ。確証はないし情報は入り乱れている。3桁区の防衛線は貧民や難民たちに武器を握らせる肉弾戦をするんだとさ。で、お前たちのような正規の兵士は最終の防衛線へ配置させられる」

「最終だと? くそったれが!」

 ラルゴが勢いよく貨物甲板の壁をけった。エンジン音に負けない鈍い金属音が響き渡る。

「艦を壊さないでくれよ。この楔部隊の輸送を最後に、グァルネリウス(彼女)もたんまり爆弾と砲弾を抱えて最終決戦に向かうんだ」

「俺たちは兵士だ。守るべき者たちより後ろに立てるわけがないだろう」

「もちろん、同感だ。あの王宮だ。(おう)は一体何を考えているのか。50億の人間たちも道連れに敗戦するってんなら、呆れてものも言えん」

「おい、なんてこと言うんだ」

「冗談だ。だがこれ以上戦地は変わらない。正真正銘、これが最後だ。テウヘルの機甲部隊が市内に突入するまでまだ時間がある。俺ならその時間を貴重に使うがね」

 言うだけ言って、艦長は癖のようにネクタイを締め直す仕草をすると艦橋へ戻った。艦長に変わって調理係が蒸した芋の鍋を抱えて兵士の間を縫って歩いた。ラルゴに負けないくらいの太い腕だった。彼はなんどかきょろきょろと兵士たちの顔を順繰りに見た後、肩を落として上部甲板へ戻った。それと入れ替わるように、グァルネリウスは地上のウィンチで係留綱が引かれて着地した。

「世話になった家族が2桁区にいるんだろう? 顔ぐらい見せたらどうだ」

 ニケが臨時駐機場の係員に人数と武器の目録を渡した後だった。ラルゴがブンやンナンといっしょになって現れた。

「でも、これから部隊の再編成に弾薬の補充、防衛線の策定といろいろやることがある」

「そーんなの俺たちに任せてくれ。ずっといっしょに戦ってきたんだ。やり方ぐらいわかってる」

 そのよこからブンがひょいと頭を出した。

「ついでに少佐のことも探してくれると助かる。現場思いの士官と思ったらちっとも顔を出さない」

 不遜な態度に、ラルゴはブンの首を締めた。

「ぼ、ぼくは暇つぶしに何冊かマンガを買ってきてくれると嬉しいしかもです」

 ンナンはせわしなくメガネを触っていた。この戦争で大学や学費どころじゃない。彼が戦う理由はもう無いはずなのに。

 しかし、リンがよく言っていた。「関係」だ。ヒトはひとりじゃない。誰かとつながっている。たとえ死んでしまっても誰かが覚えていてくれる。だったら半分、まだ生きていられる。胸ポケットに入っているリンの「1213」の識別タグをそっと触れた。彼女に関係があった人々にきちんと伝えないと。

「じゃあ、1日……」

「ばか、3日だ。なんならシィナが回復するまででもいい。すぐ戦いが始まるわけじゃなさそうだし」

 ふたたびブンがラルゴの横から現れた。

「隊長がいないほうが好き勝手遊べるし」

 またブンはラルゴに締められた。

「マンガの件、忘れないでくださいね」

 ンナンのメガネが光る。戦時下で発行なんてされてないだろうに。

 ニケは短く礼を言うと、弾薬箱に力なく腰掛けていたシィナに肩を貸して大通りの方へ出た。そして行き交う軍用車の中から目的地の野生司一家の住所に向かうトラックに便乗してもらえた。

「あ、あの。もしかして、いや、間違えたら失礼なの承知なんですが、ブレーメンですよね」

 トラックの向かい側に座っている若い兵士だった。ンナンより少し若いくらい。動員されたばかりと分かる素人の兵士で、支給されたのは旧式の三一式ライフルだ。

「ああ、そうだ。シーウネから帰ってきたばかりだ」

 若い兵士は胡乱な表情のシィナを横目に見つつ、

「すごい! あ、いえ、ちがいますね。お疲れ様でした。シーウネの戦況はこちらでも話題でした。100万人の避難に成功したって」

 成功? だれがそんな嘘をばらまいているのか。避難ができた市民はよく見積もって半分、兵士たちにいたっては3分の1は失っているし、虎の子の機甲部隊は壊滅している。

「どうして軍隊に? 兵士って感じには見えない」

 話題を変えた。ただの兵士にとって戦場は広すぎる。万に一つ、本当に撤退がうまくできて、戦力が温存できた可能性は0じゃない。

「ああ、徴兵なんですけどね。戦うか土木工事かどちらかに振り分けられて。で、俺は晴れて兵士になったわけです」

「銃は撃てるのか」

「はい、習いました! 10発撃ちました」

 それじゃテウヘルにとってただの(まと)じゃないか。数を揃えたところで戦力といいがたい。

「も、もちろん、ブレーメンさんの心配はわかります」若い新兵は慌てて付け加えた。「俺なんかでも連邦(コモンウェルス)に貢献できると思ったらいてもたってもられなくて。わくわくしています」

「戦場は、そう楽しいことばかりじゃない」

「そ、そっすよね。あはは。あ、じゃあ! 戦いのときにいちばん大切なことはなんでしょうか」

「死なないことだ」

 それだけは即答できた。死んでしまっては元も子もない。

「オーランドの雰囲気もだいぶ変わってしまったな」

 2桁区は3桁区(ローワークラス)に堕ちず1桁区(アッパークラス)にかじりつこうという人々が住んでいた。少なくとも街の見た目は綺麗さを最優先にしていた。

 それが今では、回収されないゴミが道路にうず高く積もり、橋桁(はしげた)や商店のシャッターには反戦的な落書き(グラフティー)が踊っている。こそ泥を捕まえて殴りつけているのは警察ではなくギャングの構成員だった。

「警察もみんな軍隊に行っちゃったんです」若い新兵がニケの表情を読んで応えてくれた。「1ヶ月前くらいから。だからそのせいでギャングが表に出てきて。でもちょっと乱暴だけど秩序は守ろうとしてくれますよ。軍もああいうのは黙認しています」

 秩序? これが? 前線で命を張ったのに、その結果がこれ? 全身の力が抜けていくようだった。何のために戦っていたんだ。

 途中の交差点でトラックを止めてもらい、ニケはシィナを抱えて残りの道を歩いた。次第に気分が良くなったようで、シィナも自分で歩き始めた。

 時間は昼近くになっていた。野生司家の家の前では煮炊きのため炭火が炊かれ、大きな鍋で芋や干し肉を煮ていた。周囲には他の街からの避難民らしい老人や子供が炊き出しを待っていた。

 野生司ノリコがかき混ぜている鍋からふと顔を上げると、ちょうど庭先に来たニケとシィナに目が合った。

「あら、あらあらあらあら。ニケ君とシィナちゃん! ああ、よかった。無事だったのね」

 ノリコさんは涙をいっぱいに浮かべてふたりをぎゅっと抱きしめた。

「あら、シィナちゃん、この包帯。怪我したの?」

「なんでも、ないから。こんなのかすり傷だから。おばさん(・・・・)、なにか手伝えることある?」

「ほんと? じゃあ、お願いしちゃおうかしら。婦人会で炊き出しをしてるのだけど、あのダンボールをガレージにしまってくれるかしら? お芋が入ってるから少し重いの」

「へっちゃら。任せてよ」

 傷口が開くのではないかと心配だったが、シィナのやりたいように任せた。

「なかなか連絡ができなくて。ご心配をおかけしました」

「あらやだ、そんなかしこまっちゃって。お仕事(・・・)なんだから連絡できないこともわかっているわ。そういえば、リンちゃんは? もしかして病院?」

「いえ、その、リンは……」

 言うべき言葉は決まっている。ここに来るまでになんども練習した。“名誉の戦死”、そんな安っぽい言葉で彼女の人生の最期を飾りたくない。

 しばしの沈黙にノリコさんは成り行きを察したようで、息を呑んで手で口を覆った。

「最期まで子どもたちを守るために戦いました」

 ノリコさんはすすり泣きをしながらニケを抱きしめてくれた。これがリンが生涯に築いた「関係」なのか。たくさんの人の心に彼女は残っている。それがせめての救いだった。

「つらかったわね」

「彼女は俺たちに希望を残してくれました。だから俺はまだ戦うことができます」

 ノリコさんは黙ったまま肯定も否定もしなかった。

「それと、少佐は無事です。ずっとオーランドにいたので」

「ええ、知っているわ。もちろん」ノリコさんのことばは、静かだが怒りが詰まっていた。「ごめんなさい。あなたに当たっても意味がないのに」

 ノリコさんはニケから離れるとハンカチの端で涙を拭った。

「少佐がどこにいるか、ご存知ですか?」

「今どこにいるか? さあ、それは分からないの。戦争が始まってずっと家に帰ってこなかった。でも最近よ。1週間くらい前。前触れもなく家に帰ってきたの。確か、何を言っていたかしら。『人類は───これで勝利できる』だったかしら。人類って、変な言い方よね。それだけ言うとすぐ軍の車でどこかに行ってしまったの。ホノカにさえ会わないで」

 ゾッとする言葉だった。あの野生司少佐が気休めで「勝利」なんて言わない。確信があってこそだ。この泥沼の戦況で、全てを覆す一手を隠し持っている。

「ところで、ひとつ頼めるかしら」ノリコさんはスープを1杯よそうと、湯気の立つそれをニケに渡した。「ホノカは、ここ最近ずっと部屋に閉じこもったままなの。学校が休みになって、テレビもラジオも戦争戦争そればっかり。手紙も、1回だけあなた達から届いたっきり出せなくなってしまって。だから、ね。おねがい。あなたからだったら励ませると思うの」

「しかし、俺なんかでホノカの心の傷を治せるかどうか」

「あの子のしたいようにまかせればいいわ。あなたにはできるから」

 ノリコさんはそれだけを言うと炊き出しに並んだ列になけなしの作り笑いを振りまいた。

 家の中は、思い出の中の家よりもどこかホコリっぽくて雑然としていた。保存用の食料やパウチ、乾燥野菜や干し肉が積み上がっている。婦人会の顔役といったところか。背後から見ると、ノリコさんの背中には競技用の散弾銃があった。

 ニケは背嚢をリビングに下ろすと、スープを持って2階のホノカの部屋の前に立った。ノック2回。そして練習した言葉を口にする。

「ホノカ、俺だ。ニケだ。久しぶりだな。ぜんぜん連絡できなくてすまなかった。ノリコさんがスープを作ってくれたぞ。食べないか?」

 静かだった。寝ているのか?

「ドアの前に置いておくぞ。きちんと食事は摂るんだ。いいな」

 優しい言葉を、と思ったが結局出てこなかった。

 しかし、ガチャリ──ドアが薄く開かれ、ホノカがそこに立っていた。いつもは複雑に髪を結うのに、ぼさぼさの長い髪で寝巻きのままだった。

「ニケ君!」

「やあ。ちょっと痩せたんじゃいか、ホノカ」

 しかしホノカはそれ以上言わず、だまってぎゅっとニケを抱きしめた。ニケはスープをこぼさないようにバランスをとると、

「あー部屋に入っていいか?」

 室内は雑然としていた。読みかけのマンガや雑誌が広がったまま落ちている。お気に入りだったツノカバのぬいぐるみも、部屋のあちこちに飛んで転がったまま。

 ニケは一瞬、リンのパーソナルスペースのカラーボックスに目が奪われた。その一番上に3人で撮った写真が飾ってある。

 涙が出そうになるのを堪えて、まだ熱いスープをローテーブルに置いた。

「部屋が暗い。空気も淀んでる。すこし換気するぞ」

「だめ!」

 ニケがドアの鍵に手を伸ばした時、ホノカはほとんど叫んでいた。そしてげほげほと咳き込んでいる。ニケはその背中を擦ってやった。

「ごめん。声を出すの久しぶりで。それに、外、怖いの、わたし」

「ああ、大丈夫だ。すまなかった」

 ホノカはすっぽりとニケの腕の中で収まるように丸くなった。

「ニケ君ひとりなの?」

「いや、シィナは1階にいる。包帯を巻いて痛そうだが、本人は元気そうにしている」

 ホノカはその続きの言葉を待っていた。しかし、ニケが続きを言わないとを察して怯えたようにしゃくりあげた。

「じゃ、リンちゃんは?」

 どう伝えるべきか。言葉は選ばないと、衰弱しているホノカには毒だ。

「すまない、守れなかった。俺のせいだ」

 とたんにホノカは両目いっぱいに涙を浮かべ顔を真赤にして泣き始めた。ニケの体に顔を押し付けたまま、嗚咽が細かい振動で伝わってくる。その震える背中を抱きしめてやるしかできなかった。

「ごめんなさい。あたなも、あなたも悲しいはずなのに。わたし、わたしばっかり」

「そんなことない。リンを想ってくれてありがとう」

「ぅっ、戦争なんて、大嫌い」

「安心してくれ。ホノカのことは全力で守るから」

「ううん、そうじゃない。違うの。もう大切な人が戦争で死んでほしくないの」

 ニケはホノカが落ち着くまで細い肩を抱きしめてやった。

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