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2話   「終わりのない不幸」

そうして私は、西ユーラ国へと連れてかれた。


 西ユーラでの生活は、東ユーラでの生活とさほど変わりはなかった。


 そして、西ユーラに来てから一週間ほど過ぎた頃。


 「一週間経って、シーファちゃんもこの国の生活に慣れてきたところで、指揮官である私が直々に初任務の内容を言い渡そう」


 「……任務……」


 「うんうん。それじゃ、あれ持ってきてー」


 指揮官が部下たちに向かって、何か持ってくるよう要求した。


 「……!?」


 出てきたのは、拘束されたシーファの母親だった。


 「……お母さん……どうして、ここに……」


 「……ごめんね、シーファ……」


 「さーて、記念すべきシーファちゃんの初任務の内容は……」


 「…………」


 「――そこにいる母親を、自分の手で殺せ」


 「……ぇ……?」


 言葉の意味が、よくわからなかった。


 「……何、で……?」


 「これから君は、たくさんの人間を殺す事になる。素人が人を殺すのは、初めは中々に勇気がいるものだ。いちいち殺すのを手間取っていたら、大事な任務に支障をきたすからねー」


 「だから、最初に自分の最も大切な人を自分の手で殺す事で、君の心を出来る限り折り、君を殺戮マシーンへと変貌させるためさ」


 「…………」


 「さあ、時間がもったいないから、手早く済ませてしまおう」


 「……出来ません」


 そんなこと、出来るわけがない。


 「ふーむ。そうか、出来ないか……それなら仕方がない」


 「――なら、君の家族には、全員死んでもらうしかないかな」


 「……え……?」


 「シーファちゃんがここでお母さんを殺すんなら、君の父と姉は見逃してもいい。だが、それが出来ないというのなら、それも仕方がない。それでもやらないかい?」


 「…………」


 ここでお母さんを殺さないと……お母さんだけじゃなく、お父さんと、お姉ちゃんも……。でも、それでも、私は……。


 「……私……」


 「……シーファ」


 「……お母さん……?」


 「……お願い」


 「……!?」


 「シーファちゃんのお母さんは、殺させることを望んでるそうだ。そして、シーファちゃんも殺す方が正しいとわかってる。なら、どうする?」


 「…………」


 私、は……


 「いいかい、シーファちゃん。君は別に、お母さんを殺そうとしてるわけじゃない。お父さんとお姉ちゃんを助けようとしてるんだ」


 「……ぇ……?」


 「難しいことを考える必要はない。君はただお父さんと、お姉ちゃんを救うことだけを考えればいい。ただ、それだけを考えればいい。」


 「……ただ、それだけ……」


 指揮官から渡された拳銃を手に、お母さんの目の前まで近づき、銃をお母さんに向ける。


 「…………」


 手が震える。これから自分の母親を手にかけると思うと、手の震えが止まらなくなる。だから、出来るだけそう思わないようにする。


 ……わたしは、お母さんを殺すわけじゃない。ただ、お父さんとお姉ちゃんを助けるだけ。だから、私は悪くない。私は……


 「……シーファ」


 「…………?」


 「……お父さんと、お姉ちゃんのこと……よろしくね」


 「……!?」


 その時、無意識に私は銃の引き金を引いた。


 何故だろうか……恐らく、母親の言葉が私の心に使命感を芽生えさせたからか。


 なんにしろ、この時私は、自分の手で母親を殺した。


 「……シー、ファ……」


 「……お母、さん……」


 「……ありが、とう。あい、して……」


 シーファの母親はそう言って、その場に倒れ込んだ。


 「いやーおめでとう、シーファちゃん。これで、初任務はクリアだ」


 「…………」


 「さっきも言ったけど、これから君はたくさんの人を殺す事になる。その度に心を痛めていたら、君の精神はもたない。悪いことは言わないから、早めに考えることを放棄することをオススメするよ」


 「…………」


 「さ、明日からは本格的な実践に入る。今日は疲れてるだろうし、早く宿に帰って休むといい」


 「……はい」


 この時、私の頭の中はぐちゃぐちゃで、自分でも自分が何を考えているのかがわからなかった。


 ただ一つ言えることがあるとすれば、この瞬間から私の心は壊れ始めたんだと思う。


 

 次の日、本格的な任務が始まった。


 基本的には、一日中重たいものを持たされて、密林を歩き回り、休憩は夜だけという、当時8歳だった私にとっては、非常に過酷な生活だった。


 「……ㇵァ、ㇵァ……」


 ……重いし、歩くのはだるいし……何で私がこんなことやらなきゃいけないの……


 でも、それだけならまだよかった。


 密林を探索してる際、時々敵の軍隊と遭遇することがある。そういう時は、自分が殺されるか相手に殺されるかの2択だから、必然的に相手を殺す事になる。


 過酷な生活からの肉体的疲労、いつ敵に襲われるかわからないという恐怖や、相手を殺す事で生まれる罪悪感からくる精神的疲労で、頭がおかしくなりそうだった。


 いつになったら私は、解放されるのか。そんなことをひたすら考える毎日だった。


 ……助けてほしい。誰か、誰でもいいから……私を、助けて……


 私は、諦めたくなかった。生きることを、幸せになることを、希望を抱くことを、諦めたくなかった。


 ……でも、私の思いとは裏腹に……現実は、本当に残酷だった。


 「頼む、待ってくれ!殺さないでくれ!頼むから、話だけでも聞いてくれ!」


 「…………」


 敵の軍の一人。密林で遭遇し、瀕死の状態まで追い詰めた。


 「俺には、人質に取られてる家族がいるんだ。もし俺が死んだら、家族もろとも殺されちまう!」


 「…………」


 「だから頼む!俺ももうアンタを狙うのは辞めるから、今回だけ!今回だけは頼むか……ぁ……」


 「……ごめんなさい」


 殺した。もしこの人が噓をついていたら、私が殺されてしまうから。だから、可哀想だけど、殺した。


 「……せっかく、後もう少しで軍を抜けれたのに……後、もうちょっとのところだったのに、なんで……なんでよ……」


 「…………」


 今度は女の子。どうやら、後少し年を取れば軍を抜けられたらしい。そして今、そんな希望もなくなって、ぽろぽろと涙を流してしまった。


 「……どうして?どうして、私がこんな目に遭わなくちゃいけないの?私、何にも悪いことしてないのに。ねえ、どうして?どうして?どうし……」


 「……ごめん、なさい」


 「……どう、して……」


 たとえ、何の罪のない人でも、命令なら殺さなきゃいけない。そうしないと、私がどうなるか分からないから。


 どうやら、今回の女の子は私とけっこう同じ境遇にあった人みたいだったから、ちゃんと話せば、もしかしたら友達になれたかもしれない。そんなことを考えながら、引き金を引いた。


 「……ハ、ここで終わりか。あーあ、ほんと……クソみたいな人生だったな」


 「…………」


 「……君も、大変だな。その年で、こんなクソみたいなことさせられ続けて……」


 「……っ……」


 「まあ、せいぜい頑張ってくれ……俺みたいには、なるなよ」


 「……!?……っ……ごめん、なさい……」


 任務中なのに……泣いちゃダメって、わかってるのに……勝手に、涙が出てくる。


 「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい……」


 何で、この人がこんな目に遭わなきゃいけないのか、何で、この人を殺さなきゃいけないのか、何で、私がこんなことをしなきゃいけないなか……そんなことを考えると、涙が止まらなかった。


 殺して


 殺して、殺して


 殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して


 その度、指揮官の言葉を思い出す。


 「――早めに、考えることを放棄するのをオススメするよ」


 「…………」


 そんな日々を、10年間続けて過ごした。


 いつからだろうか、ある時突然、ふとこう思った。


 ――もう、全部どうでもいいや


 こうして、今の私が出来上がった。


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