第3話 ペーパーカンパニーって音の響きだけは良い
夏休み真っ盛りの8月1日、怪異専門探偵事務所『ゆづき』は、誰にも知られることなく細々とオープンした。
しかしそれもそのはずで、所詮大学生に過ぎない二人には、当然金銭的な限界が存在するため、どこかのビルのテナントを借りて事務所を開くなんてことはまず無理な話なのだった。
それじゃあホームページだけでもということで、粗末な門構えをした探偵事務所のホームページが出来上がったのだった。
ページを作成するにあたっても、「この『ゆづき』ってどこから来てるんだよ」という幽太郎の至極まっとうな疑問に対し、淫の「俺のお気にのソープ嬢の源氏名だ」という堂々たる回答で小一時間ほど口論になったが、その実幽太郎のネーミングセンスも壊滅的だったために、結局『ゆづき』に落ち着いたのだった。
ちなみにホームページの住所には、ジャンケンで負けた幽太郎のアパートの住所が記載されることとなった。
幽太郎はこの探偵事務所起業に際して、上京してきて新しく始めた飲食のバイトを半ば強制的にやめさせられたりしているので、すでに散々な目にあっているのだった。
「ん-、おかしい。来ないよ依頼が」
「そりゃそう、怪異専門なんだもの」
「怪異を呼び寄せる体質のお前がそれ言うのはおかしいよね幽太郎くん」
「おかしくないと思います淫くん」
開業から約一週間、ホームページやそれ用に作ったTvitterのアカウントにも何の音沙汰もなく、二人にはこのような不毛な会話を生み出し続けることしかできなかった。
「ていうか俺思ったんだけどさ」
さも名案を思い付いたかのように急に勢いづいて喋り出す淫。
「怪奇現象なんかに見舞われたとこで、お寺とか神社にお祓いに行くのが関の山な気がしてきたわ、モーレツに」
「それはだいぶ前に僕が指摘したよ」
「嘘つくなよ幽太郎、お前にこんなアイデアが思い浮かぶはずないだろ」
「逆にそれに思い当たるまでに時間かかりすぎだとおもうけど淫は」
こうして二人が、再び不毛な会話の輪廻に巻き込まれようとしたその時、ピンポーンというけたましい爆音が部屋中に鳴り響いた。
正直諦め半分疲れ半分と、完全に気が緩み切っていた二人は身体をびくっとさせた後に二人で顔を見合わせると、我先にとモニターのところに駆け寄り画面をのぞき込む。
どうやら宅配便ではないらしい。というのも、インターホンのカメラには、20代後半ぐらいの女性がどこか落ち着かない様子で立っている姿が映し出されていたからだ。
依頼人だ。二人はどこかそう確信した表情をしていた。
「はい」
幽太郎は努めて落ち着いた声で、インターホンに話しかける。
すると女性はおどおどした様子で、「あ、あの、ホームページ? みたいなのでここのことを知りまして…」と尻すぼみな喋り方でそう答えた。
「今玄関を開けますので少々お待ちください」
「は、はい…!」
またしても二人して競うように玄関まで向かい、ドアを開ける。
そこに立っていたのは、夏にぴったりな白いワンピースを纏った女性だった。
しかしそんなワンピースの明るさとは対照的に、彼女の顔はげっそりしており、目元の隈が顔に陰を落としていた。
彼女を一目見た時から、幽太郎はこの女性が何らかの怪異による干渉を受けてしまっている状態であるということを既に見抜いていた。
幽太郎がアイコンタクトでこのことを伝えようと隣の淫を見ると、丁度目が合う。
「爆乳だなこの女」
「お前の親どこで育て方間違えたんだろうな」
やかましい蝉の大合唱が、三人を包んでいた。