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怪異専門探偵事務所  作者: 燃える積乱雲
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第2話 開業秘話っていうけど別に秘密ではない

 

 あっという間の春学期だったな。

 頬を伝って滑り落ちていく汗を拭いながら、幽太郎は大学一年の前半を振り返る。

 大学はもう夏休みに入っていた。

 慣れないレポートや教場試験の数々に四苦八苦していたのがもう遠い昔の記憶のように感じる。

 無事単位は来るのだろうか。

 そんなどうにもならない心配をしながら、幽太郎は待ち人をかれこれ20分ほど待っているのだった。

 駅前の人いきれで体感気温もぐんとあがって感じる。

 あと10分待ってこなかったら帰ろう。

 幽太郎が丁度そんな決心を固めた時、後ろからバンっと背中を叩かれる。

 振り返ると、そこには幽太郎を呼び出した絵呂山えろやま みだらがいつもより上機嫌な雰囲気を醸し出して立っていた。

「悪い! 遅れたわ」

 こいつ微塵も悪いと思ってなさそうだな…。

「どうしたの? 寝坊? 電話かけても全然でなかったし」

「いや違う!」

「うわっ、びっくりした…。急に大声出さないでよ…」

 淫が急に大声を出したものだから、周囲からの視線も痛い。

 しかし幽太郎もこの半年近く、淫と学内外で行動を共にすることが多く、彼のせいで悪目立ちするのにも若干慣れつつあった。

 絶対なれちゃいけないとおもうんだけどなぁ…。

 そんな幽太郎の小さな苦心に気づくわけもなく、当の本人は興奮気味に遅刻の訳を話し始めた。

「なんと! なんとだね幽太郎くん! 近所でマジック〇ラー号の撮影らしきものをしているのを目撃してしまったのだよ。さすがの君もMM号くらいはわかるだろう?」

 やたらと鼻につく喋り方をしてくる淫に、あの外側からは見えないやつでしょと聞き返す。

 幽太郎の回答に満足したのか、淫は再び鼻につく演説口調で話し始める。

「そう! その有名なマジック〇ラー号だ! じゃあ遅刻した理由はこれで明白だね? 幽太郎くん」

「いや、わかんないけど。普通に無視して集合時間に来いよ」

「友人の約束といつ見れるかもしらないMM号、どっちが大事だというのだね?」

「友人との約そk…」

「マジック〇ラー号だ!」

「友達なくすぞお前」

 こんな不毛なやり取りをしてる間にも、夏の残酷な日差しはじりじりと二人を蝕むように照らしていた。

「あーもうわかったから、許してないけど暑いしどっか入ろう」

 半ば幽太郎が折れるような形で、近くの喫茶店に入る運びとなった。


「それで? 話って何さ」

 アイスコーヒーで身体の熱を冷ますようにしながら、淫に呼び出した理由を尋ねる。

 LINEでは、「話があるからS駅改札に12時集合」とだけしか伝えられていなかったし、「なんで? 彼女とショッピング行きたいんだけど」と返信しても、既読が付くだけでなんの返事もなかったため、彼女に断りを入れ、こうしてしぶしぶ集合場所に来たという次第だった。

 本当に重大な話とか悩みだったら無視するのも悪いしな。まあこいつの場合、そんなことは百に一つもあり得ないと思うけど。

 しかしそう確信してもなお無理な約束に従ったのは、幽太郎が淫のことを大切な友人と考えているからこそだった。

 幽太郎は顔は間違いなくイケメンの部類に入るし、180を超える高身長でスタイルもいい。おまけに人当たりもよく性格までイケメンときているので、男女ともに好かれる。

 実際淫という存在デバフがかかってはいるものの、大学には多くの友人がいる。

 しかしこのせいで、幽太郎にはどこか八方美人なところがあった。

 誰とでも仲良くはできるが、その実、悩みなんかを打ち明けれるような関係性の友人は誰一人としていなかった。くさい言い方をすれば、心の友ような存在に幽太郎は出会ったことがなかった。

 これ以上は絶対に踏み込まない、ここより先は絶対に踏み込ませないというラインを、幽太郎は人よりも厳しく設定している節がった。

 これは、幽太郎の特異体質がその原因でもあった。

 幽太郎は幼少期より、怪異を呼び寄せる特異体質の持ち主だった。そのせいで、幽太郎だけでなく、家族や彼女、まわりの友だちにまで怖い思いをさせたことも少なからずあった。

 そして徐々に、幽太郎は心から笑い合うことが出来るような友人をつくらなくなり、持ち前の八方美人さをもってして、薄氷のような人間関係を築いてきたのだった。

 そして幽太郎にとって転機となったのが、いま彼の目の前に座っている青年、絵呂山えろやま みだらに他ならなかった。

 いつだったか、幽太郎が自分の特異体質について口を滑らせてしまった時、信じずに馬鹿にしたりするわけでもなく、じゃあ俺のエロを引き寄せる特異体質と合わせたら最強じゃんと鼻息を荒くし、幽太郎をぽかんとさせたのだった。

 そしてそのことを意に介した風もなく、それ以降も変わらず幽太郎に接してきたのは、彼女や家族を除けば、彼ただ一人だった。


「まあ本題に入る前にさ」

 そんな淫の声で、幽太郎は感傷から一気に引き戻される。

「うん、なに?」

「あの店員さん胸デカくない? 何カップあると思う?」

「本題に入ってくれる?」

「俺はね、FからGあると見たね」

「聞けよ人の話」

「はあ~、全くお前はつれない奴だな~」

 やれやれと大げさにジェスチャーしながら椅子に座りなおすと、淫は改まった様子で再び口を開いた。

「仕方ない、本題に入ろう。実は今、金がないんだ」

「は?」

「先日、探偵事務所のアシスタントのバイトをクビになったんだ」

「先に言っとくけどお金は貸さないよ?」

「おいおいおいおいおいおい、早まるなよ少年」

 今度は落ち着けと言わんばかりに、どうどうと諫めるモーションを取る淫。

「俺結構気に入ってたんだよ、探偵アシスタントのバイト。不倫してる男女を隠し撮りしながら、ホテルに消えていく男女が放つ得も言われぬエロスを浴びるのが特にさ」

「まあ、それは言ってたね」

「あんなバイトを知ってしまった以上、ほかのバイトなんてできやしない!」

「そんなことないだろ」

「いや! できやぁしないんだ!」

「そうですか…」

 半ば呆れ気味でそう応える幽太郎。

 そんな幽太郎を見て、淫は含みのある笑みを顔いっぱいに広げる。

「だからね、自分で探偵事務所を立ち上げようと思うんだ」

「え?」

 予想外の回答すぎて、幽太郎は間抜けたリアクションを返すしかない。

「しかもただの探偵事務所じゃない。怪異専門さ」

 何が言いたいかわかるよな? 淫の視線が、幽太郎にそう問いかける。



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