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第二話 骸骨

 神姫(しんひ)のお相手はもう到着して僕らを待っていた。いや、僕は別にお呼びではないか。


 遠目に見ても人数が一人や二人ではきかないのが分かる。後ろにぞろぞろ群れているのは学生自警団「太陽の目」の一般団員だと思うが、彼らを背に立ち、ひときわ背が高いのが横島(よこしま)くんで――……ん? あと二人見える。しかも一人は女の子らしい。三人のうち一人だけスカートを履いているのだが、関係者だろうか。


 そもそも団長の横島くんが起こしたトラブルだから彼一人が来ることを考えていたが……まあ、そんなわけはないか。大将があの(・・)神岸神姫(かみぎししんひ)と決闘をするというのに、見届けない子分はいない。そんなことをしたら、リーダーへの反逆と見てとれるものな。彼らは勇士を見にきたのでも、勝負の行方を見にきたのでもなく、団長の勝利を見にきたのだろう。あの自警団の噂を聞く限りにおいては、そのくらいの結託と信頼はあるのだろう。


 団員の彼らはどうだか知らないが、今回の決闘のきっかけとなった現場を僕は見ていない。“舐めた言動”の具体的な内容は分からない。「どんなこと言われたの?」なんてことを間違って聞いたら、冗談でなくブチ切れられる。兄に対して“体に教える”ことはないだろうが、神姫が怒るだけでも僕は(つら)い思いをすることになる。触れてほしくない場所にわざわざ触れる愚行をやってしまったという失望にこの身を裂かれるのはもうごめんだ。


 だが、昼休み中の体育館で発生したことだけは飛び交う噂で耳に入ってきた。昼休み、体育館……おそらく最近ハマっていると言っていたバスケットボールをプレイ中に、横島(よこしま)くんがなんらかの理由――使用するラインや道具の取り合い?――で揉めたのだろう。そのときに彼女のひととなりが家柄由来のものであると馬鹿にする文脈で、からかいの一言を口にした――――。


 列島鉄道を運営する財閥グループの跡取り娘であっても、権力を後ろ盾に横柄(おうへい)な態度をとったり同級生の権利を侵害する真似を彼女はしない。そういう、親が持つ権力を自分の力と勘違いして周りを好き放題に蹂躙するぼんぼん(・・・・)のイメージとは対極に位置しているからだ。だが激しやすいことは否めない。これは事実だし、現に僕が手を焼いていることだ。説得が失敗し続け、わけのわからないことに首を突っ込む神姫を止められない。売られた喧嘩は誰が相手だろうと絶対に買うし、舐められたら必ず報復する。泣き寝入りは天地がひっくり返っても決してしない。それは彼女の生来の性格だ。


 おしとやかなお嬢さまという幻想を抱いて近寄る輩は過去に三桁ばかりいたが、彼女が普段通り(ナチュラル)であってもたじろいでしまい、一分と会話を持たせられずになぜか急に用事を思い出して逃げ出してしまうのだった。


 普段の状態でもどうしても、滲み出てしまう“強さ”。それは彼女の素性を知らない人からすると、とてもじゃないが耐えられないものだ。


 重力に身を任せて、体を階段と平行になるんじゃないかという角度に傾けながら、神姫はほとんど落下するように階段を下りていく。


 下りの階段を三段飛ばしなんて芸当は難しいので、普通に急いで駆け下りた。


 階段を下り切って、砂地を進んでそのまま彼らのもとへと向かう。風が砂を巻き上げ、パラパラと体に当たる。目に入らないようにしなければ……


「神岸神姫さんですね。そちらの方は――――」


 横島天(よこしまスカイ)という有名人をこちらが知っていても、あちらはこちらを知らない。それはテレビの向こうと視聴者という規模だけでなく、学校という比較的小さなコミュニティでも日常的に見られる光景だ。人気者との違い。まあ、彼の場合は活躍っぷりもそうだが、その見た目が特に目を引くというわけで――――


「あ、僕はただの付き添いですので、お気になさらず」


 そう言う僕を必然的に見下ろす形になっていた横島くんは目と口を丸く開き、探していた財布をどこに置いていたのかを突然思い出したような顔をして


「おお! 君があの(・・)魔暮(まぐれ)くんか!」


 と叫んだ。


「噂はかねがね聞いているよ。へえ~結構小柄じゃないか……っと失礼! 俺から見たらほとんどはそうなっちゃうよね。はっはっは」


「ああいえ、実際小さいほうですよ。百六十センチもないくらいですから」


「そうか。それは確かに男の子にしては小さいな。――――しかし気にすることは全くないぞ! 体ばかり大きくても知力や精神力がなければなんの意味もないからな。無価値と言っていい。フィジカルよりも大切なのはサイコロジカル、つまり心だ。他者を思いやるってことだ。分かるかい? 世紀末でもあるまいし、暴力だけでどうにかなるほど現世は甘くないからね。って、あの世がどうだか知らないけど! はははははははははは!」


「はぁ……」


 ――――――――――――いや、なんだ? 言っていることはまともだ。嫌味たらしいところは全くなく、誰にでも好かれる人徳者――初対面の人間との会話で笑うのは相手をリラックスさせようとしているいい人である可能性が高い――聖人君子とはまさにこの男と言っても過言ではないだろう。敵対する陣営の僕にこんな風に接してきて、神姫を貶める言動もなし……。


 決闘の直前というのは、まずはお互いを口汚く罵りあうことが自然の起こりなんだ。今までのやつらはそうだった。だが、この横島くんにはそれがない。この段階になってもまだ“通常運転”といった風情をかもしている。これは本物だ。演技なんかじゃない。


 この優しい巨人ともいうべきナイスガイが本当に、本当の本当の本当に神姫に喧嘩を売ったっていうのか?


 なにかの間違いではないかと思い、左に立つ神姫に聞く。


「ちょっと……本当にこの……彼が君に失礼なことを……その……い、言ったのかい?」


「誰だお前」


 僕らの会話中もずっとその瞳を横島くんに向けていたのだろう。外見と、会話の内容で判断がついたようだ。


「私はお前に無礼な態度をとられたことはないし、そもそも話すのはこれが初めてだ。こんな大男と話したら嫌でも記憶に残る。だから断言できる」


「まさか……」


「体育館で会ったのはこいつじゃない。あいつは自分のことを『横島』って言ってたけど、全然こんな見た目じゃなかった。お前とは違うやつが、私に喧嘩を売った」


 横島くんはそれを聞いて、ふ……と目を細める。先ほどまであったテンションの高いフレンドリーな雰囲気を引っ込ませてしまい、


「それは……そうだろうね。でも――――君と決闘するのは、この俺だよ」


 ――――――どういうことだ? 決闘の相手は横島くんなのに、喧嘩を売ったのは別人? うん? なにがどうなっているのか分からない。連絡ミス? いやいやどんなだよ。


 あれこれ思考していると、彼の後ろにいた人物が手を挙げた。


神岸(かみぎし)に喧嘩を売ったのは僕さ。と、ごめん。妹のほうにね」


 その場にいた、全員の――一般団員を含めた――視線が声の主に集まる。影が薄いどころではなく、その場にいたことに誰も気づけなかったような存在。その場にいながら認識されていなかったような男は、横山くんとは正反対のやせぎすな体に明らかにサイズが大きすぎる制服を身に着け、両手が袖に完全に隠れてしまっていて、ズボンの裾が砂地に擦れている。枝垂桜のように細かくまとまった髪がキャップからはみ出ていて、そのキャップには“天”という文字がプリントされていた。頬骨は浮き出て、たった今ベッドから起き上がったような虚ろなその瞳には、生気というものがまるで感じられなかった。


 骸骨。


 第一印象はまさに骸骨だった。


 骸骨にかろうじて肉と骨がくっついて歩いているような……。


「お兄ちゃん……」


 か細く、吹けば飛んでしまうほど小さな声がその男の背後から聞こえてきた。遠目でも確認できた女の子。どう見ても高校生でも中学生でもないが、子供サイズのセーラー服を着たおかっぱの少女は潤んだ瞳で兄と呼ぶその男を見上げた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。死んじゃうよお。そんな体じゃ死んじゃうよお。お兄ちゃんひょろひょろだもん。あの人に殺されちゃうよお……」


 そう言って神姫を指さす。そうされた神姫は眉間にしわを寄せて、苦虫を噛み潰したような顔になった。人に向かって指を指すことが持つ意味を理解しないまま、純粋な気持ちでそうされてしまうと、いくら神姫とはいえ歯噛みするしかなかった。


「ああ、大丈夫だよ倫花(りんか)


 骸骨はそう言い、かがんで目線をおかっぱの少女に合わせて頭を撫でながら言う。


「お兄ちゃんはあの人にちょっかいをかけたけれど、戦うのはお兄ちゃんじゃない。(スカイ)のお兄ちゃんさ」


 それを聞いて安心したのか、おかっぱの少女は花が咲いたような笑顔を浮かべて骸骨に抱き着く。信頼のハグを超えた愛情のハグ。自身の胸に骸骨の頭を抱きかかえるようにして抱き着いている。


「よかったあ!」


「フフフ……」


 いきなり始まった兄妹(きょうだい)愛の場面を見せられ、頭が混乱してきてしまう。


 なんだこれは? なんなんだ一体。喧嘩を売ったのとは別人が決闘の相手になったり、本人は妹といちゃいちゃしだしたり。その後ろにいる二十人の団員たちはそれに一切反応を見せない。


 こんなこと――こんな異常な相手は今までいなかった……。当人同士で戦い決着をつける、それが道理というもののはずなのに、相手がおかしかったり、仲間を呼んでいながら一対一になったり。こいつらはなにかがおかしい。


 この場ではなにか別の規則(ルール)が働いているのか!?


 混乱する僕をよそに、妹とイチャイチャする骸骨を、神姫は気持ち悪そうに眺めていた。口を開いて僕に聞く。


「なあ、兄妹ってああいうことするのが普通なのか?」


「いや、あれはこうして見るにシスコンとブラコン同士だから……って違くて! ――――喧嘩を売ったのは間違いなくあいつなんだな」


「ああ、それは本当だ。――おい、お前! ……横島といったか」


「ああ」


 横島くんは先ほどと変わらず、ひどく残念そうな目で神姫を見た。


「相手に不満があるのはこちらとしても理解している。だが決闘()るのは俺だ。すまないがこれは譲れない。子分の尻ぬぐいをするのも、団長の役目だからな」


 そう言うと横山くんは制服を脱ぎ、中学生とは思えないほど発達した筋肉を搭載した肉体を露わにした。


 おかっぱ少女を肩に乗せてイチャイチャしながら、骸骨が不気味に笑っている。

つづく

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