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SILVER WOLF  作者: 岸葉識
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いずれの夜

 夜の底に、いくつもの炬火が風の尾を引いている。

 ちらちらと瞬くそれらのせいで星が霞み、空は一層暗く見えた。森との境目がどの辺りなのかわからない。そこまでの距離も。

 頬に纏わりつく黒髪を払いもせず、彼女は眼だけを動かしてあらゆるものを測り、量り、計った。ひとつ頷く。心はとうに決まっている。

 「中佐殿」

 「何だ」

 静かに呼びかければ、背後から即座に(いら)えがある。夜気をほとんど揺らさない低い声に、なぜだろう、深い満足を覚えた。

 瞬間、じわりと夜が滲んだ。月が上る……今月二度目の真円は何を予感するのか冷たく蒼ざめている。

 「いつぞやお約束戴いたご褒美を、今、と申しても?」

 わずかな間が、あったのかなかったのか。何が欲しい、と面白がるような問い。

 「お命を」

 彼女は仄かに唇を緩めた。黒い瞳にちらつく光を隠すため、振り返ることはしなかった。立ち位置は変えずに少しだけ重心を移す。いつでも駈け出せるように。前へと、

 「一緒に死んで下さい」

 彼の敵へと。

 腰を落とした背に短い笑い声が当たった。

 「ひどい女だな、御劔爽胡(みつるぎそうこ)。愛は拒む癖に命はくれるのか」

 「成り行きというものがありますから」

 爽胡の腰元で、ちき、と小さな音が立った。故国から携えて来た愛刀の鯉口を切る。支給の軍刀は刀身を家伝の護り刀に変えてある。これがあれば存分に戦える。

 あくまでも静かに促した。

 「それで、お返事は如何に?」

 そうだな、とにやつくような、いや実際にやついているのだろう気配に少しいらついた。どの道彼に選択の余地などないはずなのに、何を余裕ぶるのか。もう一度急かそうかと唇を開きかけた時、

 「いいだろう」

 するりと了承が落とされた。

 「忝う存じます」

 彼女は一瞬の遅滞もなく最初の一歩を踏み込む。それでほぼ最高速度に乗った。ひとすじに前へと迸る。 頭上には蒼い銀盤、大気は冷えて硬い。思考が研ぎ澄まされていく。戦うには、いい夜かもしれない。

 背後で、みしりと不吉な音がした。

 総身の毛の立つような気配が生まれようとしていた。

 彼に初めて会った夜にも感じたものだった。


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