皇太子殿下だって、冷たい公爵令嬢を熱く口説きたいし、結婚したい。
リュード皇太子は、緊張していた。
黒髪碧眼で、背の高いリュード皇太子。
年齢は17歳。自分の美しさと男らしさには自信がある。
言い寄る令嬢も多い。
しかしだ。今まで婚約者はいなかった。
この度、婚約者に決まったシャリア・テネシルク公爵令嬢と、皇立学園で初めて会うのだ。
皇立学園。
貴族の子女なら誰でも通うであろうこの学園。
17歳から3年間。各々家庭で学んできた知識を更に高め、社会常識を学ぶために通うのだ。
そして、リュード皇太子は、この学園での3年間。婚約者であるシャリアと親交を深めなければならない。
将来の皇妃になる女性なのだ。
ただ、テネシルク公爵家はこの婚約にあまり気乗りがしない様子だった。
それはそうだ。
テネシルク公爵領は広大で、肥沃な土地に恵まれている。
そして、中央都市である皇都と離れており、テネシルク公爵夫妻は領地に籠っていて、
中央の社交界に出てこなかった。
このマリーア帝国のカルド皇帝にとって、広大な領地に私兵も持っているテネシルク公爵
は脅威でしかなかった。
だから、人質として、そしてテネシルク公爵家とも縁を強く結ぶためにも、一人娘シャリアをリュード皇太子の皇太子妃にと望んだ。
なかなか首を縦に振らなかったが、皇帝の命であると強引にこの度、婚約を結ばせたのだ。
シャリアの顔も知らない。
噂も聞かない。
どんな令嬢なんだろう。
リュード皇太子は興味深々で、皇立学園の入学式に望んだのだが…
シャリア・テネシルク公爵令嬢は白い肌に金の柔らかい髪を持つ、小柄で美しい令嬢だった。
教室で見かけて一目でリュード皇太子は恋に落ちた。
シャリアの方から挨拶に来るのが礼儀と言う物。
入学式の後、教室の席に座り、挨拶に来るのを待つリュード皇太子。
しかしだ。
シャリアは本を読んでいて、ちっともこちらに興味を示さない。
自分の周りには、貴族の子女達が次々と挨拶に訪れる。
「皇太子殿下。ミレア・アレントス公爵令嬢です。お見知りおきを。」
「マーガレット・カーティス公爵令嬢ですっ。ああ、お美しい。」
「アリア・テットレット伯爵令嬢です。」
色々な令嬢が次々と自己紹介をしてくる。
皇立学園は建前上、身分の上下は問わないとされている。
にこやかにその自己紹介を受けながらもリュード皇太子はシャリアの事が気になって気になって仕方が無かった。
- 私は皇太子殿下だぞ。そしてシャリアの婚約者だ。何故、シャリアは挨拶に来ない。 -
席を立つと、つかつかとシャリアの前に行き、
「初めまして。私がリュード皇太子だ。」
シャリアは本から顔を上げてちらりとリュード皇太子の方を見上げ、
「シャリアです。よろしくお願いしますね。」
そう言うと、そっけなく本に目を落とし、読書を続ける。
思わずリュード皇太子は叫んだ。
「不敬ではないのか?私が話しかけているのだぞ。」
「あの…会話する必要ってありますか?」
「何を言う。私はお前の婚約者だ。この3年間でお前と親交を深め、卒業の後、すぐに結婚をする予定だというのに、その態度が気に入らない。」
シャリアはバンと本を机に叩きつけるように置くと立ち上がり、
「わたくしが望んだでしょうか?テネシルク公爵家が望んだでしょうか?
わたくしは領地が好きです。あの豊かな自然が好きです。皇妃になんてなりたくはありません。でも、皇帝陛下の命令で強引に婚約を押し付けたのはそちらではありませんか?
どうか婚約を白紙にしてくださいませ。わたくしは貴方に嫁ぎたくなんてありません。」
シャリアはそう言うと、再び椅子に座り、本を読み始めた。
周りの生徒達はあっけにとられている。
恥をかかされたのだ。
プライドをへし折られたリュード皇太子は怒りに任せて更に何か言おうとしたが、
確かに…考えてみれば、シャリアの言うとおりである。
この度の婚約は父であるカルド皇帝が強引にテネシルク公爵家に押し付けた婚約なのだ。
もし、不敬をシャリアに問うて、彼女を処罰なんてしたら、それこそ父であるカルド皇帝に怒られるのはリュード皇太子である。
そして、不敬な態度を取ったシャリアではあるが、本を読む姿も美しい。
- ああ…何とかシャリアと親しくはなれないだろうか… -
リュード皇太子は席に戻り、考えを巡らせた。
ここはしつこいと言われても、婚約者だという特権を生かして、
熱烈に口説くしかない。
リュード皇太子はそう結論づけたのであった。
翌日から、リュード皇太子はシャリアに対して猛アタックを開始した。
「シャリア。私がお弁当を作って来たのだ。一緒に食べよう。」
そっけなかったシャリアが驚いたように、席から立ち上がり、
「えええええ?皇太子殿下がお弁当???お断りしますっ。どんな物が出て来るか怖すぎますわ。」
「失礼な。私は料理が好きで、厨房で料理長に料理を教わっていた程なのだ。
だから食べられない事は無いと思う。愛しいシャリアの為に作って来た愛の籠った弁当だ。
是非、一緒に食べて欲しい。」
シャリアの目の前に早起きして苦労して作った弁当を広げる。
豪華なステーキ肉と野菜たっぷりのサンドイッチ。おかずも数種類用意して、
勿論、女性が喜びそうな甘いデザートも入っている。
そしてその豪勢なお弁当には美しい花も添えてあり、ともかく力を入れて愛をこめて作ったのだ。
シャリアは綺麗な顔に眉を寄せて、
「それでは、あの…お昼に頂きますわ。」
「では、食堂で一緒に食べよう。」
「いえ、一人で頂きますから…困りますわ。」
なかなか手強い。
それはそうだ。彼女は婚約白紙を狙っているのだ。
しかし、ここでめげてはいけない。
「それならば、食べたら感想を教えて欲しい。毎日、シャリアの為に弁当を作りたいからな。」
「ええええっ??恐れ多いですわ。わたくしの為に皇太子殿下の貴重な時間を使わないで下さいませ。いいですわね?」
「これは私が好きでやっている事なのだ。いいか?必ず、昼は私の弁当を食べて欲しい。
それは皇族の命令…いや、私との約束だぞ。」
「解りましたわ。」
何とかシャリアに自分の弁当を食べて貰う事を了承して貰った。
そして心がけたのが、自分の優秀さをシャリアに認めて貰う事。
小さい時から優秀な家庭教師をつけて貰い、剣技も馬術もダンスも一流の教師に習って、
未来の皇帝にふさわしい男だと自分でも思っている。
その優秀さをアピールし、シャリアに好きになって貰うのだ。
だから、リュード皇太子は頑張った。
授業ではシャリアと同じクラスだったから、人一倍、授業中に発言し、人一倍、テストを頑張り、人一倍、目立つように努力した。
増えたのは女性ファンで…
男子生徒からも、未来の皇帝として尊敬のまなざしで見られるようになったのは良かったんだが。
シャリアとの仲はちっとも進展しない。
弁当は食べて貰っているのだ。
いい加減にデート位はしたいし、デートをしたらキス位はしたい。
手だって繋ぎたい。
リュード皇太子は悶々とした。
とある日の朝、シャリアが珍しく声をかけてきた。
「あの…皇太子殿下。お昼のお弁当の事なのですが。」
「何だ?美味しいのか?どこが美味しい?じっくりと話を聞きたいんだが。」
「お断りしようと…わたくしの為に毎朝、申し訳ないですわ。」
「あああっ…そうなのか。」
がっくりと肩を落とすリュード皇太子。
シャリアは微笑んで、
「今までのお礼として、わたくしがお弁当を作って参りましたの。どうかお食べになって?」
「シャリアが私の為にお弁当をっ???」
嬉しかった。シャリアから初めて好意を示されたのだ。
「一緒にお昼を食べよう。シャリアのお弁当の感想をその場で言いたい。」
「いえっ。ただ、お礼を…貰ってばかりだったので。わたくしはお礼のお弁当を差し上げただけですわ。ですから…気になさらず。どうか…出来れば婚約白紙をっ。」
「出来ない。私はシャリアを愛しているのだ。シャリアを一目見た時から、シャリアの事が好きで好きで。だから、それは出来ない。どうか、私と婚約を続行して欲しい。シャリア、愛しているっ。」
教室でリュード皇太子は叫んでしまった。
周りの生徒達があっけにとられてリュード皇太子の方を見ている。
シャリアは真っ赤になって、
「困りますわ。わたくしは、領地を愛していると…ですから、皇妃になるつもりはないと申し上げたはずです。」
「私とて皇帝になる事を諦める訳にはいかない。私はシャリアと共にこの帝国を盛り上げていきたいのだ。発展させていきたいのだ。領民を幸せにしていきたいのだ。シャリアが傍にいないと駄目だ。どうかシャリア、私と結婚して欲しい。」
「あの、わたくし、皇太子殿下とまともにお話した事があったかしら…???」
「君が一生懸命勉強している姿を私は見ている。君はとても真面目で、とても可愛らしく…もう、私は君しか目に入っていないのだよ。」
思いっきり両手でシャリアの手を握り締める。
「君のすみれ色の瞳に毎日見つめられたら私は幸せで幸せで…人一倍、やる気に燃えてしまうだろう。君が微笑んでくれただけで、私はこの世界の全てを愛してしまいそうだよ。シャリア。愛しいシャリア。どうか…首を縦に振っておくれ。」
「あの…皇太子殿下。では、まずは貴方の事を知る事から始めてよろしいかしら。
まともに貴方とお話した事がなかったものですから…」
「なんて嬉しい事だ。シャリアと話が出来るなんて。よろしく頼む。シャリア。」
とうとう、シャリアと話をすることを了解させることが出来た。
なんて嬉しい。何て幸せな事だろう。
それからの日々は夢のようだった。
シャリアと仲良くお弁当を食べ、シャリアと仲良く図書館で勉強をし、
シャリアと仲良く街でデートして。
シャリアには毎日、綺麗な花束を渡し、学園に行く時は馬車で迎えに、
帰りも共に馬車に乗って帰り、シャリアを皇都にあるテネシルク公爵家に送った。
シャリアの両親が領地から出て来た時は、急ぎテネシルク公爵家にすっとんで行き、両親に挨拶をした。
テネシルク公爵はあまりのリュード皇太子の熱意に、
「仕方ありませんな。私としては皇族と我が一族と縁を結びたくはなかったのですが。」
テネシルク公爵夫人も頷いて、
「皇都は怖い所だと聞きます。貴方は娘を守ってくれますか?皇太子殿下。わたくしはシャリアの幸せだけを願っているのですわ。」
リュード皇太子は二人に向かって、
「約束します。何だったら我が皇家の陰の者を総動員しても、シャリアをお守りします。
勿論、私が率先だって、シャリアに害を及ぼす物がいるならば、殲滅します。ですから、どうかシャリアを私に…皇妃に…お願いします。」
頭を下げた。
シャリアは涙を流して、
「お父様。お母様。わたくしも、リュード皇太子殿下を愛しております。彼の熱意に負けましたわ。
彼は素晴らしい方です。わたくしは帝国の皇妃になって、生きていきたいと思いますわ。」
嬉しい。何て嬉しい事を言ってくれるんだ。シャリアは…
リュード皇太子はシャリアを強く抱きしめて、
「シャリア。君を必ず守る。どうか私の傍にいてくれ。シャリア…愛してる。」
「わたくしも愛しておりますわ。」
卒業をして、すぐにリュード皇太子とシャリアは結婚をした。
帝国民全てが二人を祝福し、それはもう派手な結婚式になった。
結婚してから、更に熱烈にリュード皇太子はシャリア皇太子妃を愛した為、二人の間には五人の男の子ばかりの皇子に恵まれた。
生涯二人は仲良く、帝国の為に尽くしたと言う。
リュード皇太子の頭に鍋をぶつけたくなりました。いい加減にしろっ。アツアツを見せつけやがってと思った方は、評価をお願いします(笑)いやもう、生徒達も内心ではあきれていたことでしょう。
書いていて私がそう思いました。