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ハナコ・プランバーゴ  作者: ノコギリマン
33/53

32:番外地

「おれに任せてくれりゃ、損はさせねえ」


 頭に赤いバンダナを巻いた、すきっ歯の男が言う。


 背高泡立草(せいたかあわだちそう)(あし)が生い茂る川原には、渡し守兼漁師たちの小屋が建ち並び、その内のひとつから顔を出した目敏いバンダナが声をかけてきたのだ。


「一人で二十万、四人なら七十五万で、いますぐ出せるぞ」

「生憎だが、()()()()()()()()()()


 マクブライトがすげなく断ると、バンダナは途端に不機嫌な顔色に変わり、小屋の前の椅子にふんぞり返って、煙草に火をつけた。


「ミシマのところか?」

「いや、あそこだよ」


 マクブライトが指さす先に、汚さが一際目立つあばら家があった。


「……よりにもよってな。奴の知り合いかなんかなのか?」

「昔馴染みでね」

「べつにこの人でもいいんじゃない?」


 言って、ハナコは、小屋の裏手の桟橋の横に浮かぶ、操舵室の屋根に、凝った意匠の大漁旗が立てられた船に目をやった。それは金が掛かっているのか、見るからに頑丈そうな船で、マクブライトが指したあばら家の裏手に浮かぶ、手漕ぎボートに毛が生えたような小さな船と比べるまでもなく、安心できる代物に見えた。


「あまりコイツらを信用しないほうがいい」


 マクブライトに耳打ちをされ、どういう意味なのかといぶかりながら見やると、バンダナは小刻みに貧乏揺すりをしながらハナコを睨みつけていた。


 いつもならどんなケンカだろうと買うところだが、ここはグッとこらえて、マクブライトの言に従うことにしよう。


「まあ、おれに決定権がないのは事実だ。どうする、リーダー?」


 聞こえよがしに言って、マクブライトがバンダナに笑みを向ける。


「……すまないが、あんたのとこはやめとくよ」

「あんなボロ船に命をあずけるとは、世間知らずもいいとこだな。後悔しても知らんぞ」


 せせら笑い紫煙を吐き出すバンダナを尻目に、目指すべきあばら家に向かい、着いてみると、その横には雑に作られた木製の台があり、その上にはいくつもの烏賊(いか)が干されていた。


「入るぞ」


 ハナコに言って、小屋に入るマクブライト。


 続いて小屋に入ると、そこには囲炉裏があり、


「誰かと思えば。今ごろノコノコと、よく顔を出せたもんだな」


 そのそばで胡座をかく、赤茶けた顔のたくましい老人が、酒焼け声で吐き捨てた。


「師匠の助けがどうしても必要で」


 珍しく腰の低い態度で、マクブライトが応える。


「お前のツラを見てると、酒が不味(まず)くなる」


 言って、老人は一升瓶にそのまま口をつけて豪快にあおった。


「酒はやめたんじゃなかったでしたっけ?」

「何十年前の話だ? その誓いは、海を追われたときに捨てた」


 ぶっきらぼうに言う老人。


「お前が逃げたのも、確かその頃だったな」

「逃げたってのは言葉が悪いですよ、師匠」

「あんたが、渡し守?」


 ダラダラと続く会話を遮って訊くと、


「なんだ、お前は? 礼儀を知らんのか?」


 老人があからさまに顔をしかめた。


「この人は、サンチャゴ。おれの漁師時代の師匠だ」


 マクブライトの紹介に、不愉快そうに鼻を鳴らした老人――サンチャゴは、一升瓶を床に置いて、中へ入るよう促した。


「仕事なら、過去の遺恨を忘れて、請け負ってやってもいい」

「過去の遺恨だなんて、そんな大げさですよ」


 すっかり小さくなるマクブライト。


 ふたりのあいだに何があったのか気になるところだが、とにかく今は先を急がなくてはならない。


「すぐにでも川を渡りたいんだけど」

「ダメだ」


 言って、ふたたび一升瓶に口をつけるサンチャゴ。


「仕事なら請け負うんでしょ?」

「請け負うが、まだ昼だ」


 サンチャゴがハナコにゆっくりと視線を移す。


()()のは、漁がはじまる夜だ。お天道様の出ているうちに、ノコノコ出てゆくようなバカな真似はしない」

「急いでるの。べつにあんたじゃなきゃいけない理由はないし、今すぐがダメならさっきのバンダナに頼むだけだよ」――


◆◆◆


 ――普段、サンチャゴも含めた渡し守たちは、ひっそりと漁師をしながら生計を立てている。この一帯は、《番号つきの街》や《ゆとり特区》とはまたべつの《番外地(アンナンバード)》という管理区域の一つである。


 この区域は《ゆとり特区》ほどの徹底管理はされていないが、それでも九番を例外とした《番号つきの街》に比べると、生活は困窮している。


 この区域には、独立戦争以前の地方自治体だったものをそのまま残しているという背景があり、そのために住民たちは、その各地域に昔から住んでいる者で構成されている。


 ゆえに排他的な傾向が色濃いが、《リバーサイドK》と呼ばれるこの川沿いの区域は、例外的に、《以前》は港町――現在の漁業都市《クニオ四番街》――で暮らしていたサンチャゴのような漁業者たちが暮らしている、《以後》に作られた比較的あたらしい区域である。


 なぜか?


 この区域が黙認されているのには、クニオ・ヒグチの圧倒的な権力をあらわす背景がある。


 そもそも、管理区域以外の場所に居を構えた者は、即刻、政府軍によって《強制収容所》へ連行されるが、この《リバーサイドK》のあるテンガン川の中流域では、カワドコイカと呼ばれる淡水生の烏賊が獲れる。偉大なる総統様は魚介類が好物だという、有名な話があり、その中でもアオリイカの変種であるカワドコイカは、好物中の好物だという。


 もともとこの一帯で営まれていた漁場は、先の独立戦争で最も酸鼻を極めた《テンガン川の決戦》によって壊滅し、その後、この場所は番号管理下からは漏れてしまったが、クニオ様の至上命令によって、割合と自由な漁場として解放されたのである。この区域以外の《番外地》のほとんどが、大なり小なり似通った背景を持っている――


◆◆◆


 ――「あのバンダナに頼むのはかまわないが、命の保証はできんぞ」


 サンチャゴが、ほくそ笑んで言う。


「どういうこと?」

「あのバンダナ野郎、アブサロムはほとんど追いはぎみたいな奴だからな。身ぐるみ剥がされて、川に捨てられちまうのがオチだ」


 ――そういうことか。


「仕事柄、()()()()()()にはいつもからまれてるから、もう慣れっこだよ。あたしからは、なにも奪えやしない」

「分かっていないな、小娘」


 笑うサンチャゴ。


「水の上は、()()()()()()()だ」

「どっちにしろ、これ以上さわぎは起こさないほうが良い」


 マクブライトが言う。


「《446部隊》に勘づかれる真似はしたくないからな」

「そうですね、安全策でいきましょう」


 トキオがそれに賛同する。


 急いではいるが、渋々と従うことになり、夜の帳が降りるのを待ってから出発することになった。


 話がつくと、サンチャゴは「寝る」と言ってそのままイビキをたてて寝てしまい、旅の疲れが残るアリスと、そして未だ本調子ではないトキオの二人も、ともに眠ってしまった。


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