表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

偽善者の嘘、偽りなし

 昨日後悔したことに失望するとは、リョウヤは少しも思っていなかった。少しはいいやつなのかもしれない。そう思っていた大道ヒデトは、やっぱり、いけ好かない奴だとリョウヤは思った。翌日リョウヤがいつも通り自分の席で本を読んでいると、ヒデトがにやにやしながらリョウヤの所へとやって来たのだ。もちろんエイタも一緒だった。ヒデトは床にしゃがみこんでリョウヤの机に顎を乗せると、まるで自分が物凄い事を企んでいるエリートスパイのような調子でリョウヤに話しかけた。

「で、今日の作戦は?」

 リョウヤは読んでいた小説で顔を隠しながら、他のクラスメイトに気づかれないようにヒデトを睨んだ。ヒデトはそれに気がついているのに、やめなかった。

「なあ、教えろよ、今日の作戦」

 ヒデトが周りの児童にも聞こえるようにと少し大きな声でさらにはっきりと言った。何人かの児童がさっと聞き耳を立てているのがリョウヤにはわかった。リョウヤはいらいらした。ラピのことは言わないと約束したのを、彼は破ろうとしている。それだけでも十分に腹が立った。けれどそれ以上に、ラピがどんな思いで桜が見たいと言っているのか。そんなことを考えもせずにいる二人に、とにかく腹が立った。腹が立っているのに、同時に、どうしてか泣きたくなった。ここで大声を出しても意味はない。かといってヒデト達を追い返す言葉も見つからない。どうすればいいのかわからず、何もできない自分がすごく虚しく思えたからだ。

「どうして自分のことしか考えられないの?」

 声が奥底で震えているのは怒っているからだと勘違いしたのはヒデトだけではない。リョウヤ自身もそうだった。それに悲しみという言葉を当てはめる者は、そこには誰もいなかった。ヒデトは元気よく鼻で笑った。

「はっ!?自分のことじゃねーし。今の俺の質問聞いた?俺たちのしてることは人助けなんだぜ?まあ、なあ、相手は・・・」

 そう言いながらヒデトはエイタの方を見てにやにやした。エイタもヒデトを見てにやにやしていた。リョウヤはかっとなって小説を乱暴に閉じた。

「ラピの気持ちも知らないくせに。ヒデトくんにはわからないんだよ。自分の事しか考えてないから。相手の気持ちなんてわからないんだよ」

 ヒデトの顔からにやにやが消えた。机に乗せていた顎をあげ、ヒデトは立ち上がってリョウヤを見下ろした。エイタからもにやにやが消えたが、こちらはヒデトと違って怒りよりも恐れているようだった。

「は?なんだよ。相手の気持ちがわからないって。お前の方こそいつも一人で、誰かの気持ちなんてわかりゃしねえだろ。友達いねーもんな。それとも、そんなもん読んでりゃ相手の気持ちがわかるとでも?リョウヤ君のお友達はご本でちゅか?」

 ヒデトはそう言ってリョウヤの閉じた小説を顎で指した。

「目立ちたがり屋」

 リョウヤがぼそりとそう言うと、ヒデトはリョウヤの机の脚を蹴飛ばした。

「黙れ、ぎぜんしゃ。うぜえわ、お前」

 そしてクラス全体に聞こえるように繰り返した。

「あーやっぱうぜーわ、お前。ほんとむかつくわー。自分ばっかりいい子面しやがってさ」

 リョウヤは思い切り立ち上がると、耳まで真っ赤にさせてヒデトに怒鳴った。

「別に僕はいい子じゃない!」

 今度ばかりは怒りで声が震え、さらに涙が溢れそうになった。

「偽善者でもない!いい子でもない!」

 どうしてわからないのか、伝わらないのかリョウヤには理解できなかった。どんな思いでラピは桜が見たいと言ったのかを。命を懸けているという、その言葉の重さを。どうして彼は理解できないのかが、理解できなかった。そう思うと同時に、どこかでヒデトにわかってほしいと願っている自分がいる事に気がついた。透き通った彼女の夢を、ただ叶える手伝いをしたいと、一緒の気持ちをヒデトが抱くことを、どこかで願っている自分がいるのだ。リョウヤはたった一粒涙を流すと、ヒデトに蹴られてずれた机をもとに位置に戻してそれから力なく座った。

「どうしてわかってくれないんだよ・・・」

 勿論ヒデトは、この台詞をリョウヤが自身は偽善者でもいい子でもない事を訴えているものだと誤解した。大きく舌打ちをすると、ポケットに手を突っ込んで大きなため息をついた。

「わかる訳ねーだろ。てか、こっちの台詞だわ」

 クラスはまだざわざわとしていた。先生がこの場にいなくてよかった。どうか、先生が来ても、誰も先生に告げ口したりしませんように。ラピのことがばれませんように。リョウヤはただひたすらにそう願っていた。それがヒデトに言われたことを考えないようにするためなのか、純粋に本当に心からそれだけを願っているのか、リョウヤにはわからなかった。もしも前者なら、僕は偽善者だ。リョウヤは机の下で両手を固く組んだ。幸い、誰もこの朝の騒ぎを先生に告げる事はなかった。騒ぎの後でヒデトがいつもの調子で一発ギャグ大会を始めたのも一つの理由だった。


 けれど放課後、リョウヤが下駄箱で靴を履き替えていると、背筋が凍るような質問が飛んできた。数人の女子たちがきゃっきゃとやって来て、誰かがリョウヤに言ったのだ。

「ねえ、今朝どうしてヒデトくんとけんかしたの?」

 リョウヤは動揺して靴を落としてしまったが、それ以降は平静を装った。

「別に。なんでもないよ」

 けれど女子たちはそれだけでは諦めなかった。

「ねえ、作戦ってなにー?何かして遊ぶの?」

「なんでもないったら」

 リョウヤは靴を履きながら出口に向かおうとした。けれど最悪なタイミングで、後ろからヒデトがやって来た。女子たちはそのままヒデトを巻き込んだ。

「あ!ヒデトくん!ねえ、今朝どうしてリョウヤくんとけんかしてたの?作戦って何?」

 リョウヤはもうヒデトを睨む気にすらなれなかった。ここでヒデトがラピのことをばらし、きっとクラスメイト全員に伝わる。そしてそのうちの何人かは口止めしても家族に言うだろう。そのうち何人が我が子の言う事を信じるだろう。ママ友とかがあるのなら、我が子以外でも人魚の話をしているとなれば、実際に調査を始める人も出てくるだろうか。いや、それともクラスみんなで仲良く人魚の空想ごっこをしていると思ってくれるだろうか。リョウヤはそんなことを頭の中でぐるぐると考えていたので、ヒデトが女子たちの質問に答えた内容をうっかり聞き逃すところだった。

「ゲームの話だよ」

 そう、人魚・・・え?リョウヤは思わずヒデトの方を振り向いた。ゲーム?今、ヒデトはゲームと言った?リョウヤは何度も自分の耳を疑った。驚きを露にしているリョウヤだったが、ヒデトはそんなことに構わずぶっきらぼうにホラを吹き続けた。

「ゲームだってば。昨日リョウヤの家でやってたんだけどさ、全然クリアできねーの。でもこいつ自分がゲームなんてやるのばれたくないからって、ほらさ、本ばっか読んでるってアピールしたいんだよ。だからクラスでその話、しようとしなかったんだぜ。まじうざいだろ」

 ヒデトは意地悪くリョウヤの方を見た。ヒデトはこれでリョウヤが耳まで真っ赤にしてまた癇癪を起すと思っていた。大声で「僕はゲームなんかしてない!僕は人魚を助けてるんだ!」と言う事を期待していた。けれどその予想は大いに外れた。リョウヤは確かに耳まで真っ赤にさせていた。けれど怒鳴りはしなかった。静かな声で、両手でランドセルの肩ひもをぎゅっと握りしめて言った。

「・・・そうだよ。僕、ヒデトくんとゲームしてたんだ」

 女子たちが驚いて振り向いたが、その向こうにいたヒデトの方がよほど驚いていた。声は何も発しなかったが、目を見開いていた。女子たちは、意外、そうなんだ、と口々に言っていたがリョウヤはもう気にしなかった。それ以上何も言わずにくるりと背を向け、それから岩場まで駆けだした。もうヒデトやエイタが来ても来なくてもどうでもよかった。


 やがて女子たちも帰り、下駄箱に残されたヒデトの後ろにエイタがやって来た。

「あ、いた!」

 そう言ってエイタは放心状態のヒデトの顔を覗き込んで、それから首を傾げた。

「え、ヒデト、どうしたの?」

 ヒデトはエイタの方を見もせずに、ぼそりと言った。


「あいつ、嘘、つきやがった」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ