ま、ま、魔王だぁぁぁあぁぁぁあぁあああああああああ!
「お初目お目に掛かります。勇者様」
「こちらこそはじめましてだな。その美しい白い肌に長い耳からすると、貴殿は白耳長族の者か?」
「はい。白耳長族の商会を取り仕切っております、ジュリエット・リリ・ルピナシウスと申します」
「商会のルピナシウス殿か」
「どうぞジュリエットとお呼びくださいませ」
一礼し、共回りと思われる同族方々を置いて——これもすごい美人揃いで誰が男で誰が女かわからない——つかつかと前に進み出てきたジュリエットさん。
その自信に満ちた歩みに人混みが割れ、シズカさんまでの一本の道が出来ている。
商会……何か物を売り込みに来たのだろうか?
それにしてもこの雰囲気……そこら辺の貴族よりも貴族っぽいというか、気品に満ちている。
纏っている空気が他の者とは違う。
生まれながらにきちんとした教育を受けて、ノブレス・オブリージュを叩き込まれているかのような出で立ちだ。
「そうか。ではそう呼ばせて頂こう。私の事もシズカと呼んでくれ」
「承知いたしました。シズカ様」
シズカさんの前に立ち、ジュリエットさんがにこりと微笑んだ。
業務的な笑みではない。
自然な友好の証が浮かび上がっている。
「うむ。それで? ジュリエットよ、聞きたい事とは何だ?」
「商会との交易は、これからも続けてくださいますでしょうか?」
しかし笑みとは裏腹に、尋ねたのは非常に業務的な事だった。
「交易?」
「はい。我々白耳長は僻地にてお茶や工芸品を造る一族です。貴方様に投獄された王様は様々な物品を私の商会からお買い上げなさってくださっておりましたので」
「ふむ。つまり?」
「単刀直入に言いますと、私は大口の取引先がなくなる事を恐れているのです」
「なるほど。気持ちはわかる。しかし言っておくが、私は散財するつもりはない。必要な物を必要なだけ買う」
営業に来ている相手に対して中々に無慈悲な言い方だ。
これまで散々鉄の意志っぷりを見せつけているわけだし、軽い営業トークで考えを変えられる人物ではないのは一目瞭然。
俺だったら「あ、はい。お邪魔しました」と言って帰る。
そんな俺と違って、ジュリエットさんは微笑んでいた。
「それで充分でございます」
「何? 充分だと?」
「そちらの必要とする者は、必ずこちらにあります。私の商会はあらゆるものを取り扱っておりますので」
「ほう……あらゆるものとは大きく出たな」
「真実その通りですので」
「……」
「何はともあれ、安心しました。問題なく取引を続けていただけるようなので」
「……そうか。こちらとしても安心した。そのような大きな商会と縁があるのは心強い」
「ふふっ……ええ、はい。ご入用の際は存分に頼ってくださいませ」
……なんだろう。
ジュリエットさん、顔は笑っているが、目は笑っていない。
シズカさんも鋭い視線を注いでいる。
油断ならない相手……という事だろうか?
一流の営業マンっぽさはあるけど……危険な雰囲気はない……ような気がしないでもない。俺にはよくわからない。まあ、ここから眺めているだけだし、別にわからないのも不思議ではないが。
「……ああ、そうだ。折角なので」
見下ろして人物像を観察していたところ、ジュリエットさんがいきなりこちらを見上げた。
視線があった。
「そこにおられますのは魔王様ですねー?」
彼女はこちらを見て、大きく手を振った。
「あ、はい」
つられて俺も——こちらは小さくだが——手を振り返した。
「ここに魔王様がおられるという事は、魔族と人間との争いが停戦となるという話は本当なのですね。これは大変喜ばしい事です。魔王様のお蔭で魔族の方々とは大変有益な交易が出来ております。後日、停戦のお祝いを兼ねて私のお屋敷にお招きいたします。その際は、どうぞよろしくお願いしますねー」
「え? あ、はい。よろしくお願いします……」
はい。じゃないがな。と自分で自分にツッコムも時既に遅し。
なんか営業の電話に不用意に出ちゃってついつい上司に繋いじゃった感じ。
それなりに実力者なのか。それとも単に目が良いのか。距離があったのに俺の存在に気付くとは……なんて感心する間もなく、ジュリエットさんはにこやかに笑って「それでは失礼いたします」と仲間らしき方がを引き連れてスピーディーにこの場を去っていった。どうしてそんなに急ぐのだろうと不思議に思った——が、それは次の瞬間を見越しての撤退だったのだ。
何故なら——
「ま、ま、魔王だぁぁぁあぁぁぁあぁあああああああああ!」
こっそりと事態を見守っていた俺こと魔王の存在が、下にいる人達に見つかってしまったからである。
「逃げろおおおおおお! このままじゃ全員やられちまうぞおおおおおお!」
「うわあああああああああああああ!!!」
「ひぃぃぃいいいいいいいいいいい!!!」
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
まるで巨大怪獣から逃げる民衆の如くドタバタと逃げていく人々の背を見ていると、何だか哀しい気持ちになってきた。
「いや……ちょ……待ってよ……何もしないのに……」
俺は人畜無害な魔王なのに……。
人を見た目で判断するなよなぁ……。
俺は地味に傷ついた。
さらに——
「魔王! こいつらを逃がすな! 魔法で障壁を張ってくれ!」
「えぇ……」
「急げ! 一人も逃がすな!」
「はいぃ……」
言われるがまま、俺は広場の周りにドーム状のバリアを展開した。
綴じ込められた人々の絶望の叫びが聞こえた。
悲痛な声だ。
耳に痛い。
「ふっふっふっ……話の途中でどこに行くのだ? 貴様ら」
シズカさんはドスの効いた声をかけ、バリアを叩く者を捉えては投げ捉えては投げ、広場の中央に戻している。
あまりにも可哀想な光景に、俺はなんか凄い申し訳ない気分にならざるをえなかった。
すごくどうでもいい余談。
もし前作の「僕はあなた様のもの」を読まれてる方がおられたらなんとなく薄々気付いていたとは思いますが、本作は前作と同じ世界の物語です。「折角WEB小説書くんだしどの話にも関係性持たせたいなぁ」と思い、前作のラストから結構長い時間が過ぎた後の世界。という設定で書いております。もちろん前作を読んでいなくとも問題ない構成にするつもりですが、読んでいると「あ、これあれのことだな」みたいなアハ体験が出来ると思いますので読んでいただけると嬉しいですし感想をいただけるともっと嬉しいです。「ここが面白かった!」とか言われると嬉しいですし「ここはつまらなかった」と言われると勉強になりますので、本作も前作もまた別の作品でも感想お待ちしております。どうぞよろしくお願いします。




