我々は、この世界の支配者であるわけだ
「前回、そちらは復活の魔法に用いる棺を破壊した。と、聞いたのでな。今度はこちらが神殿を破壊したのだ」
「あー……な、なるほどー……」
なるほど……なるほどー……などと、納得出来る状況か? これは?
「あの、シズカさん」
「何か?」
「その……あなたは天界に……元の世界に帰らなくていいんですか?」
俺は自らの命を捨ててでも勇者を元の世界に帰す覚悟をしていた。
けれど、当の勇者本人が戻る方法を壊したという事は帰る意志が無いという事だとは思うが、一応確認の為に聞いてみた。
これにシズカさんは、
「いい」
と即答した。
「しかし、帰りたくは無い。と言えば嘘になる。帰りたい気持ちは無論ある。だが、この世界を放っておけない。という気持ちもまたあるのだ」
「そうですか……真面目なんですね」
「私は曲がった事が許せないタチでな。融通が利かないのだ。故に、帰るのはこの世界を良くしてからだと考えている。だから……そうだな。破壊し、即答した手前だが、言い直そう。今はまだ、帰らなくていい。という事だ」
「なるほど。……なるほど。そうですか。……ちなみにですが、帰る時が来たら、どうやって帰るつもりですか?」
この言い方。
かつての魔王のように、直す事も可能だという事だろうか?
それが気になって問いかけてみたところ、
「その時が来れば、何とかなるだろうさ」
あっけらかんとした答えが返ってきた。
「何とかなるって……」
何を言っているんだこの勇者は……? と一瞬思ったが、本当に一瞬だけだった。
「何とかは何とかだ。その時が来れば、きっとその方法が見付かる。私はそう信じている」
信じている。
疑いもなく、本気で。
それが可能だという事を。
まあ、この召喚の魔法というものも誰かが作ったものには違い無いだろうから、再現するのは不可能では無い。
棺でさえも作り直せたのだし……そもそも魔法は想像力なのだし……だから、何とかなる。というのはその通りだろうけれど……。
それでも、ここまで真っ直ぐに信じる事が出来るとは、流石は勇者だ。
俺はただただ納得するしかなかった。
「……そうですか」
「そうなのだ」
シズカさんは快活に笑った。
太く、力強い笑みだ。
人を安心させる笑みだ。
考えすぎはよくない。と言っているようにも見えた。いや、そう見えたのは、俺がそう思いたいだけなのかもしれない。
兎にも角にも、この話はここまでだった。
「それでだ。魔王よ」
「何ですか?」
「ここからが本題なのだが……そちらの復活の棺とやらも、破壊しては頂けないだろうか?」
「復活の棺を……」
「魔王が復活したという事は、あるのだろう? 以前約定に則って壊したはずの復活の棺が」
「……はい。あります」
「やはりそうか。いや、約定を違えたな! などと言うつもりは毛頭ない。前の約定はこちらに有利過ぎた。そちらが何らかの備えをしておくのも頷けるというもの。備えあれば憂いなし、だ。とはいえ、再び破壊をお願いするのには理由があってな」
「同等の条件での停戦。という事ですね?」
「理解が早くて助かる。そういう事だ」
あちらは、召喚を出来なくした。
ではこちらも、復活を出来なくする。
条件を同じにする。
それでイーブンになる。
当然の帰結だ。
ヤマダさんが命を投げ出しても、戦いは終わらなかった。
それはヤマダさんの責任じゃない。
約束を守らなかった方が悪いに決まっている。
だけど、この世界ではそういうやつらが得をする。
争いを鎮めるには、有利な方を作ってはいけないのだ。
互角でなければならないのだ。
「魔王と勇者。我々の根幹に関わるものを破壊する。それでようやく、我々は同等の立場になったと言える」
「同等の立場……そうですね」
「そうだ」
戦争の要である俺たちのどちらかが倒れれば、パワーバランスは崩れる。
平和を維持するには力がいる。
力を持たなければ攻撃されない。なんて事はない。
ずっと争っているのだから、力を失えば一方的に攻撃される。
そんなものだ。世界なんてのは。
ヤマダさんのやった事は甘かった。なんて言いたくない。
ヤマダさんは命を捧げたのだ。命を賭けて信じたのだ。
……俺はヤマダさんみたいに、他者を信じる気にはなれない。
だから、俺たちは最後の勇者と魔王となる。
そうやって、世界を変えていくんだ……。
「ああ、そう言えば」
「何ですか?」
強い使命感を感じていたところで、シズカさんが唐突に口を開いた。
「言い忘れていたが、これを破壊した際に、国を支配していた王とやらをしばき倒して牢に入れた」
「え……?」
はい。ちょっと待ってくださいね。
何? 今の不穏な言葉?
聞き間違いじゃなかったら……それは流石にマズイのでは?
「約定は破る。戦争を好む。横暴。独善的。酒乱。好色。金の亡者。あいつは本当に王としては最低な奴だったのでな……これからきっちりと教育して、更生させてやるつもりだ。これで王の犯した罪が消えるわけでは無いが、人にはやり直すチャンスがある。と私は思っている。だから、魔王よ。どうか王が更生するまで、暖かく見守ってあげて欲しい」
「いや、それは……まあ、いい……です、けど……」
「ありがとう。その寛大な心に感謝する。魔王よ」
正直、俺が死んだわけではないので俺に言われても……。という感じだったのだが、反応に困っている俺を置いてシズカさんは更に言った。
「そういうわけなのでな。現在の王は私という事になっている」
「勇者のシズカさんが……王ですか……」
「私は王で、そちらは魔王」
「……あ、はい。魔王です」
「我々は、この世界の支配者であるわけだ」
「はぁ、まあ……そうなります……かね?」
「なるのだ」
なるほど。と頷くべきなのか……?
ちょっと付いていけない。
思考がシズカさんの言葉に追いつかない。
いや、言葉自体はちゃんと俺の中に入っているのだが、それを処理出来ていない。
えー、とにかく、あれだ。
シズカさんは王になった。とだけ理解しておけばいいか?
いいよな?
いい。
俺はそう思うことにした。
すごくどうでもいい余談。
よくファンタジーでは王と初対面の主人公が「誰だこのおっさん?」と言い放ち「こら! 無礼だぞ! この御方は——」と側近に窘められ「ふぉっふぉっふぉっ。よいよい。わしが王である」みたいな寛容な王の姿が描かれる。こういうパターンだと良い王様で、悪いやつだと王様自身が「この無礼者め! わしを誰と心得る!」などと言ったりする気がする。本作に於いてシズカと人間の王とが初めて出会った際にはシズカは真面目に挨拶したものの、王は酒とか肉を食いながら応対した。極悪のパターンである。シズカはそういうパターンを知る者ではないが、ひと目見て「こいつは駄目なやつだ。こいつが王では国が滅びる」と思ったので、王をしばき倒し、近衛兵とかもしばき倒し、自らが王になると宣言した。一人クーデターというか、武力制圧したわけである。これまで召喚された勇者は基本的に正義を愛する人だが、元の世界に帰りたいと思っているのでいやいや王に従っていたが、シズカは度を越えた正義感を持つ者であった。召喚したやつが想像を越えてヤバいやつだったパターンである。




