疑心暗鬼
電車を乗り換え、地下鉄のホームに着いた頃。二人はいつもどおりその場で別れ、それぞれの友人と合流を果たした。
それは、普段であれば至福の時間の終わりを告げるとともに、現実世界へと強引に引き戻される感覚に見舞われるものだったが、今日この日の居舞との別れに至っては、内心救われたという思いの方が強かった。
「おー。まぁた随分とお疲れやないっすか」
精神的に摩耗しきった清のもとに、いつもどおりの時間とテンションで佐伯はやって来た。
「おう・・・」
「おはよ。どーしたと?
そがな顔してから」
「ん・・・、ちょっち眠いだけや」
ふうんと、佐伯は軽く頷いた。しかし、すぐに彼は清の顔を覗き込むなりにやつき始めた。佐伯は頭も良くスポーツも万能で、その上背も高くて顔も割と整っているため、もともと清にとってはひとつの目標であり、羨望の対象ではあったのだが、その裏返しでつくづく鼻につくのも事実だった。中でも、佐伯のこの何もかも見透かしたかのようににやついた表情が、最も清の神経を逆撫でしていた。
「あ? なんや、ケンカ売っとんかきさん?」
「おー、こわ。何もそんな、ケンカ腰になることもなかろうもん。
いやぁ、お前も苦労しとーとやなぁ」
「・・・・お前」
ふと、電車の中で見た居舞のLINEの友達リストのことを思い出した。ありえないのだが、何故だか彼女のLINE友達の中に佐伯稜真の名が連なっていた気がしたのだ。
「うん?」
「・・・・おまえ、居舞さんと仲ええのん?」
「なんで?」
「理由とかええねん。どうなんかっち訊きようんちゃ」
精神的疲労から、普段に比べてかなり語調が強くなってしまっていたが、構わず清は訊き立てた。佐伯のような秀才相手には、中途半端な態度では太刀打ちできないのである。
「あらっ、もしかしてしんちゃん、嫉妬でもしとーとね?
・・・まあ、安心せえよ。あの人とはなあんにも無いけん」
「・・・ちょっと、LINE見てもええか?」
「おう、見いや」
「いや、俺のやなくて、お前のや」
清は、この時言葉を交わしながら佐伯の一挙手一投足すべてを観察していた。彼の言動が本当なのか、あらゆる形で表出する彼の心情の欠片をもとに判断しようとした。
「あぁ、ええよ。
ちょっと待っとってくれな」
一方、佐伯は平常どおりの飄々とした様子で、スマホを見せるのも一切厭わなかった。スマホを取り出し、LINEを起動する。
「・・・・まだかよ」
「まあ待てって。
ほれ、まだロード中なんよ」
催促する清に佐伯が見せた画面は、確かにまだ読み込み中だった。それから数秒後、清が見ている目の前でロードが終わり、そのまま一緒に彼の友達リストを一人一人確認した。
しかし、確かに居舞の名は無かった。
「満足いただけました?」
「・・・・うるっせぇよ」
スマホを再び制服のポケットにしまいながら、佐伯はにやけた。
「まあ、自分が恋しとる相手が自分の親友に取られたってなると、確かに気が気やなくなるわな」
「うるせえっつっとろうがちゃ」
佐伯は清が居舞とLINE交換をした翌日、彼が彼女に恋をしてしまったということを本人から聴いていた。
「大体、いつからおまえ俺の親友になったんかちゃ」
「え? 俺、お前の親友やなかったと?
うわ、なんちゅうこっちゃ・・・。今年一番のショック・・・」
「あ~、ホンマ今日のお前うぜえわ」
どうやら、本当に気のせいだったらしい。しかし、それはそれでむしゃくしゃした。佐伯の表情も、仕草も、声色さえもどれ一つとして嘘っぽい素振りは見えず、平常運転に違いがなかった。
「でもまぁ」
ふと、稜真の声色が変わった。彼は基本飄々としていて軽そうな印象を受けがちだが、やはり根が秀才だからかこうして真剣になった時の変わり様が人並みではなかった。
「ホントに、何かありゃ遠慮なく相談してええけんな?」
「・・・・なんやそれ。
心配せんと、まだお前に相談するほど切羽詰まっとらんわ」
そう言って、清はちょうど校門の前に辿り着いたのをいいことに、稜真を置いて先に校舎の中へと入って行ってしまった。
「・・・・こりゃ、骨も折れるわ」
その後ろ姿を見送りながら、彼はポケットからスマホを取り出し、LINEの「非表示リスト」を開いた。
「ま、隠しといて正解やったな」
そして、その非表示設定にしているアカウントの中からひとつ、解除した。
“居舞 優”と云う名の表示されたアカウントを。