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幼馴染  作者: ボールペン
第二話 疑惑
8/55

可愛いだけでは終わらない

 結局その後終日熱にうなされていたのだが、翌朝目が覚めると、身体の気怠さはそのままに、風邪と思われる症状はすっかり治まっていた。ただ、身体の回復に対し心は一切追い付いていなかった。


 また清は一晩中考えに考え抜いた挙句、やはり居舞優のことが好きなのだと、そう再認した。そうでなければ、ただ返事を書くだけであんなにも緊張するはずがないし、朝目が覚めてすぐにスマホの通知欄の確認など決してしない。


 ちなみに、返信どころか既読すらも付いてはいなかった。


「・・・ま、電車で会うやろうし」


 先週の終わりの方は、LINE交換の後の会話のせいで気まずくなってしまい、それ以来話すどころか、むしろ清の方から意図的に避けていた。そのためもあって、これから会うのにかなり緊張しているのだが、昨日、結局LINEで何を話そうとしていたのかも気になるため、彼は覚悟を決めたのである。




「あっ、おはよう、加納君」


「お、おう・・・。おはよ」


 駅のホーム。朝の五時前という、まだ街も目の覚めないほどに早い時間。薄暗いホームの階段を上がったところで、数日振りに彼らは再会した。


「・・・相変わらず早えな、委員長は」


「そんなことないよ。私も、つい今さっき着いたばかりだから」


 そう言って、彼女はにこっと笑った。少しばかり寒くなって来た今日この頃、彼女の鼻先と頬は若干紅く染まっており、また下瞼には平常以上の潤いが蓄えられていて、今にも零れ落ちてしまいそうだった。


「寒いん?」


「・・・ちょっとだけ」


 彼女の隣に立つなり清がそう尋ねると、顔の横で、まるで自分の頬をつまむような形に指を伸ばし、重ねてえへへと照れくさそうに笑った。時期は立秋、夏の名残りが残っているのは昼間だけで、日の昇っていないこの時間帯だけはほんのひと月ふた月まえに比べて急激に下がった。しかし、学校はまだ衣替えの季節ではなく、また寒いのは夜中から暁にかけての数時間だけなので、上着を持ってくるほどではなかった。


「朝課外さえなけりゃぁな。こんな寒さと眠気に苛まれることも無えのに」


「私たちが一番遠いからね。

 寮に入れればいい話なんだけど、そんなお金もないし・・・」


 彼女の家庭は、かなり複雑な事情があるという。あまり首を突っ込むのも野暮だと思ったので清も詳しくは聞いたことが無かったのだが、少なくとも楽な環境にはいないらしい。


 電車が駅に着くなり、二人は慌てたように乗り込んだ。こんな時間から通勤・通学する人間は流石に少ないようで、ホームにいた人間はもちろんのこと、電車の中もまるで伽藍洞のように閑散としていた。


「うぅ~、寒い寒い!

 ・・・・はわぁぁ、あったかいぃ~♪」


 電車の中は暖房が点いていたわけではないのだが、風邪の当たらない、ある程度密閉された空間というのは外界から閉ざされている分熱が籠りやすい。特に、まだ半袖の制服を着ている二人にとってはほんの少しの温度差でもありがたかった。


 窓際の席に座るなり、居舞はずいぶんと気の抜けた表情を浮かべた。


「えらい気ぃ抜けとるやんけ」


「えっ? あ、ごめん・・・」


「いやいやいや、謝るこたないばい‼」


 その様子があまりにも可愛くて思わず野次を飛ばすと、彼女はハッとして目を泳がせた。それに驚き、

清が慌ててフォローを入れると、居舞はふふっと、小首を傾げながら微笑んだ。


「な・・・、何?」


「・・・ううん。

 加納君って、嘘とか付けなさそうだなって」


「・・・?」


 頭の上に「?」をうかべていると、彼女は笑いながら「気にしなくていいよ」とだけ言って、窓の方へと顔を向けてしまった。




「そういやさ」


 日も少しずつ顔を出し始めた、六時前十分頃。清はずっと気になっていたものの言い出せなかったことを聞こうと、唐突に切り出した。


「なぁに?」


「昨日、居舞さんLINEくれたやん?

 あれ、結局何の話やったんかなっち思って・・・」


 尋ねられるなり、一度彼女の瞳は天を仰ぎ、少しして思い出したのか、口をぽかんと開けたまま右こぶしで左てのひらをポンと叩いた。


「あぁ、あれね!

 ごめんなさい、あれ忘れてくれない? 本当にどうでもいいことだったから・・・」


 彼女はそう言いながら、両手を顔の前でパタパタと振った。眉がハの字形に吊り上げられ、困っているという彼女の心情が全面に出ていた。


「・・・そう」


「ごめんね、本当に・・・。

 あっ、お返事くれてたんだ・・・。気づかなかった・・・」


 おもむろにバッグからスマホを取り出し、LINEを確認しながら彼女は露骨に落ち込んでいた。さらに、たった今直接面と向かって事情の説明と謝罪を終えたにも関わらず、彼女は清にLINEでも同じ弁解文を打ち始めた。


「いやいや、今聞いたけんええよ、打たんで!」


「えっ? あっ、そっか・・・」


 薄々感じてはいたのだが、どうやら彼女はかなり天然ボケがあるらしい。もともと学級委員長を務めている割にはずいぶんふわふわした性格なので不思議ではなかったが、もし付き合ったとしたら、それはそれでそれなりに苦労しそうである。


 だが、そこが彼女の魅力なのである。天然でツッコミどころの多い彼女だが、やるべきところ、守るべきことだけは決して外さない。成績も中学の頃から一位二位を行き来していたし、今はしていないのだが、元陸上部で、二〇〇メートル走では全国大会まで上った過去も持っている。だというのに、相手に劣等感を感じさせない、不思議なオーラを放っているのである。


 一部女子からは嫌われているという話も聞かないこともないが、所詮は醜い嫉妬に過ぎない。それほど、居舞優という女の子は魅力的で可愛いのだ。


 しかし結局彼女はそのまま文を打ち続け、送信まで終えてしまった。清はまたツッコミを入れようかとも思ったのだが、ここは思いとどまり、何となく呆と彼女のスマホの画面を眺めていた。


 他の友人へメッセージを返し終えたのか、彼女がほどなくしてLINEの画面を閉じようとしたその時。ふと、彼女の友達リストの中に、見覚えのあるアイコンが見えた気がした。


(―――え? 稜真・・・?)


 しかし一旦しまってしまったスマホを、わざわざもう一度取り出させるのも悪いと思い、彼はきっと気のせいだろうと無理やり流すことにした。




 段々と、電車に乗り込んでくる人の数も増えてきた頃。今度は、居舞の方から話を切り出した。


「・・・そういえば、ずっと気になっていたんだけど」


「なに?」


「うん・・・、受験の時の話なんだけどね」


 さきほどまでとはうって変わって、いたく深刻な面持ちで彼女は尋ねてきた。


「あくまで噂だから確信はないし、むしろ実際に聞いて確かめようと思って・・・。


 ・・・受験の時、加納君、誰かと一緒に奈艶に行きたかったから受けたって聞いたんだけど、ね」


 朝ごはん代わりに食べていたおにぎりを、思わず吹き出しそうになった。まさか、そんな話が彼女の口から出てくるとは、夢にも思っていなかったのである。


「うぇっ、ゲホッ、ゲホッ・・・!

 それ、誰から・・・?」


「・・・それって、誰だったの?」


 むせ返し咳き込む清をよそに、居舞は目を合わせないまま質問を重ねた。



「もしかして、・・・私だったの?」



 少しだけ、声が震えていた気がした。しかし、清は自分の好きな人からそんな質問が来るとは思っておらず、また来ても欲しくないと思っていたため、すぐに答えることができなかった。


「それは・・・・」


 それもそのはず、彼が受験の際に実際に追っていたのは彼女ではなく、当時彼が恋していた“福富 梨花”だったのだ。彼女は居舞とはかなり仲が良かったらしく、成績も常に二人がトップを席巻していたため、奈艶へと進学する可能性を持っていたのは彼女らだけであった。


 更に言えば、清は結局彼女ら二人と、三人で入試を受けたのである。そのため、もしノーと答えれば即座に清が福富のことを好きだったことがバレるのである。


 しかし、イエスと言えばそれは事実上の告白である。それも、気持ちだけが先行した事実の伴わない形での、嘘を交えたものになってしまう。それだけは避けたかった。彼の理想の告白は、液晶画面の上ではなく面と向かって、一切の虚偽なく正直に、そしてなによりシンプルかつストレートに気持ちを伝えるというものだった。間違っても、こんな形で気持ちを悟られたくなかったのだ。


 第一、好きになってからもそんなに時間が経っていないのだ。もう少し、彼は時間が欲しかった。


 だからこそ、下した選択は。



「知らねーよ、そんな噂。

 誰が流したんよ、そんなん」



 噂そのもの、話の前提自体をひっくり返すといったものだった。どのみち嘘をつくこととなってしまったのだが、ひとまずこの場を凌ぎたい一心だったため、他にはどうしようもなかった。


「・・・ふぅん。

 そっかぁ・・・、嘘、なんだ」


 真剣な表情で緊張していた居舞は、清がそうかぶりを振りながら鼻で笑うように答えたのを聞いて、訝し気な様子のまま、「ふぅん」と、何度も頷きながら再び電車の外へと顔を向けてしまった。


 一方の清は、心臓が口から飛び出る思いだった。何とか悟られまいと平静を装ったつもりだったが、実際のところ全身から変な汗が吹き出し、彼女からは死角になっていた右瞼に至っては痙攣まで起こしていた。



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