少しだけ、爽やか
翌朝。いつもの通りに駅のホームで立っていると、白い息を吐きながら、居舞が階段を上がってきた。
「おはよう、加納くん」
「ああ、おはよう」
鼻と頬を赤く染めて、彼女はにこっと笑った。この笑顔を見るたびに、清は生きることの喜びを感じるような気がした。
「居舞さん、昨日は、・・・その、ごめんな。
あんな空気にしちゃって・・・・」
昨夜、笹ヶ原を殴った後は割と楽しく鍋会を終えたのだが、帰宅してから思い返し、とんでもないことをしでかしてしまったと後悔していた。
せっかくの、初めての想い人の自宅訪問であったにもかかわらず、喧嘩沙汰の一歩手前まで踏み込んでしまったこと。また、確かに清にとっては憎い相手だったが、居舞にとっては大切な家族である笹ヶ原を、彼女の目の前で殴ってしまったこと。
他にも挙げればキリがないが、とにかく彼は自分の部屋に籠って後、後悔と自己嫌悪に苛まれ続けていたのである。
「ううん。気にしないで。
悟史も気にしてないって言ってたし、またいつでも遊びにおいでよって」
「マジかよ・・・。
しかも、アイツ俺の渾身のパンチも全っ然効いとらんやったしなぁ」
清は特に喧嘩慣れしていたわけではなかったのだが、それでもスポーツをやっていた男子高校生の本気の殴打であったのだ。よろめくか、倒れるかしてもよかったはずなのだが、笹ヶ原にはほぼ響いていなかったように見えた。
「アイツと喧嘩したらいけんっち、よう分かったわ」
「そうだよ。絶対、悟史とは喧嘩しない方がいいよ。
本当に、本当に強いから」
居舞も、彼の実力には絶大な信頼を寄せているらしい。しかし、どうも中学生の頃とは別次元のものに感じられて仕方がなかった。中学生の頃は、もっと人間味を感じられていたのだが、昨日の彼は、同じ世界に生きているようにはとても感じられなかった。
「でも、加納くんも悟史のこと許してくれて、ありがとうね」
「え・・・?」
ふと、やって来た電車に乗り込みながら、居舞はそんなことを呟いた。
「悟史、中二の頃にすごく沢山悪さをしたんでしょ?
加納くんがあんなにイライラしてるの、初めて見たからよほどなんだなって・・・」
そう言われて、清はハッとなった。ここ最近、色々な悩みに苛まれているせいで自分でも頭の整理ができていなかったのだが、無意識の内に、居舞にはそういった負の感情を見せないようにしていたらしい。
流石につい先日の、鑑奈との一件のみは隠し切れない程落ち込んでいたのだが、比較的彼女の中での清の印象は良いものなのかもしれない。
「でも、それでも許せちゃうのって、凄いなって。
私、結構根に持っちゃうタイプだから、なかなか切り替えられないんだよね」
「・・・・まあ、俺もすぐには無理ばい」
実のところ、居舞が思っているほど自分は凄い人間ではないと、清は余計に感じさせられた。本当に凄い人間というのは、谷垣や佐伯のような、どんな状況下においても一切ブレない連中のことで、ことあるごとにブレまくっている彼は、自身を凄い人間などとは到底思えなかった。
そう思うと、あれほどの罪を背負っていながらも、それから逃げることなく正面から立ち向かっている笹ヶ原も、本当は凄い人間なのかもしれない。そして、その彼を信じ続けている福富や居舞も・・・。
「ま、他人の芝生っち言うんは青く見えるもんよな」
「・・・本当に、そうだよね」
冗談めかして言いながら、二人はクスッと笑いあった。




