加納の今
加納 清は、高校生になっていた。中学生の頃に恋していたとある女子生徒と同じ高校に行きたくて、されどその女の子は学年で一位、二位を取り続けていたほど頭の良い子であったために、それはもう血の滲むような努力をしたものだった。
その結果、彼は無事に県内トップの公立高校である“奈艶高校”に通ったのだが、肝心のその女の子はとある他の男子生徒を追って、近所の私立高校に通うことになってしまったのである。
その時の彼の落胆のしようと言ったら、筆舌に尽くしがたいものだった。県内一の名門校に通ったというのにも関わらずあれほどまでに落ち込んだ生徒は、恐らく史上でも彼一人だけであろう。告白はしないままではあったが、もはや明白であった。何せ、その彼女が追った男子生徒は、彼女の家族単位での付き合いも深い幼馴染だという。それを聞いた時には、思春期真っただ中だった清は自殺すらも考えたほどだった。
「なしてこんなにもツいてないんやろ…」
過去の話だからこそ今は笑って流せるのだが、実際彼女への未練は断ち切れないままだった。そのため友人にはよくその話でからかわれるのだが、その度に心がどこか痛んで止まなかった。
「まあまあ、いい加減その娘んことは諦めえや。
今は何? 他に好きな娘とかおらんと?」
昨年入学して以来の友人の“佐伯 稜真”は、笑いながら言った。
「ん~・・・、おらんこともないけどな。
実は同じ中学出身やったりするんやけど・・・」
「あぁ、居舞さんか。
やめとけやめとけ。あの人は上玉過ぎてお前にゃ似合わんばい」
「あ? なんやとコラ?」
“居舞 優”は、奈艶の同学年で唯一清と同じ“南仏中学校”からの入学者である。長く艶光りした綺麗な黒髪で、まるで女優のように整った美しい顔立ちをした、学校のマドンナ的存在だった。
「でも確か、彼氏おらんのやろ? 噂やとそう聞いたけど」
「それマ? あれか、高嶺の花過ぎて誰も手ぇ出せんってことか」
なんでも家庭の事情が複雑だとかで、今はいとこの家にお世話になっているとか。以前、詳しくは話さなかったのだが、掃除時間にゴミ出しをする際にそう言っていたのをふと思い出した。
「キヨってさ、人望厚いし女友達も多いのに彼女おらんよな。
いっつも女の子と何話しようと? 意味わからんのやけど」
「うるっせぇ、余計なお世話ちゃこのボケが!」
恋人のいない男子高校生の恋愛話など、こんなものである。半分は笑って流せるくらいの冗談で言っているし、半分は実は本気で悩んでいたりする。
「ほんじゃな。俺ぁもう電車乗らないけんけ」
「おう、んじゃあな。
また明日」