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幼馴染  作者: ボールペン
第三話 回想
13/55

谷垣の機転

「後輩がこないだの新人戦の県大会で優勝してさ」


 谷垣と他愛のない会話をしながら、清は登校途中気になっていることがあった。恐らく、彼だけではないのだろう。もし気にしていない者がいるとしたら、それはこの目の前で後輩自慢をしている剣道馬鹿くらいなものだろう。


「おまえさ、気になんねえの?

 今日、笹ヶ原が戻って来るんやぞ?」


 京崎先生の傷害事件から二か月。年も越してしまい、すっかり空気も肌を刺すような冷たさを帯びた季節となっていた。


 なんだかんだ彼は釈放されたらしく、曰く、今回が最後のチャンスだと警察が告げたのだとか。彼ら同級生や教師たちにとっては冗談ではないのだが、逆に何度も問題を起こしてきた彼があとたった一回で二度と学校に戻ってこなくなるかもしれないのだと考えると、それはそれで嬉しいことであった。


「ん~。

 笹ヶ原に関してはなぁ。俺も詳しいこと知らんけん、あんま想像で言うもんやないんやろうけどな。

 ただ、アイツは別段悪い奴やないと思うけどな」


「・・・は?」


 しかし、谷垣の口から出たのは予想外の言葉だった。


「・・・なに?

 お前も委員長と同じクチ?」


「同じ・・・?

 なんか知らんけど、笹ヶ原は一年の頃はホンマにふっつうのいち男子中学生やったけなあ」


 忘れていたが、谷垣は二年連続笹ヶ原と同じクラスだったのだ。つまり、彼の暴走する以前の姿を知っているということである。


「それって、やっぱ去年のアイツの印象がそう思わせんの?」


「ん~・・・。

 いや、今でもそうやろ?」


 だが、彼の思いとは裏腹に谷垣の考えはどうやら違うところから来ているらしい。


「・・・はぁ?」


「うん・・・、なんち言うかさ。

 笹ヶ原って、悪意を持って暴力を振るっとるんやなくて、自分の気持ちが制御出来んけ、その場その場でついやっちゃうっち感じやん?

 それってさ、ぶっちゃけ幼稚園児とかとそんな変わらんわけやん?」


 だとしたら、随分と腕っぷしの強い園児がいたものである。だが、彼の言うことは確かに言い得て妙だった。


「その証拠に、委員長が諫めた時だけはちゃんと言うこと聞いとるしな。

 やっぱ幼馴染なだけあって、あんだけ荒れとっても通づるもんがあるんやろうなぁ」


「なぁに呑気なこと言ってんねんオメーは・・・」


 谷垣の言い分は、確かに正しかった。筋も通っていて、もしかしたら本当に彼の言う通りなのかもしれない。しかし、年越し前に清が福富にも言った通り、実際は抑止力である彼女でも制御しきれていないのである。彼女が未然に防いだ、その何倍もの事件を彼は起こしてきたのだ。


 もはや今更、笹ヶ原に悪意があるかどうかなどはどうだってよかった。


「何となくやけど、今回こそ、何かある気がするんよな・・・」


「何かって? 大事件の予感ですか?」


「いや、笹ヶ原自身に何か変化があるんやないかって」


 谷垣は、冷静で落ち着いた性格に見えて、案外夢想家な一面があった。剣道でも、去年から始めたばかりで未だに部員数も男女合わせてたった六人しかいないというのに、目標を全国優勝などと言っている。誰が聞いたって不可能だとしか思えないようなことをゴールに設定しがちな所があるものだから、恐らく今回のもその類なのではないか、と清は内心で思った。


「そりゃ、南中からおらんくなるっちことやろ、あるとしたら」


「ん~・・・。

 どうなるかねえ」




 その日の授業は、久々に緊張の糸がはち切れんほどに張り詰めたものとなった。教室の一番後ろの、窓際の席。机に突っ伏したまま、静かに寝息を立てる生徒が一人。伸びきった地毛の茶髪が日の光を浴びて、不覚にも美しく輝いているように見えた。


 件の問題児、笹ヶ原がいるだけで、こんなにも緊迫した空気になるとは、二ヶ月もの間彼のいない世界でのうのうと過ごしていた彼らもすっかり忘れかけていたことだった。


 授業が終わり、休み時間になる度教室からはほとんど人がいなくなった。普段は教室に残って予習復習をしたり、友との談話に花を咲かせている生徒たちもみな、こぞって教室を後にした。また、授業が始まる頃には話し声はおろか、物音一つ立てずに教室に戻って来る始末であった。


 一人一人が、とにかく笹ヶ原を刺激しないようにと団結していたのだ。その中には、ほんの先日まで威張り散らし、校内で好き放題していた不良グループの者まで混じっているのだから、なんともおかしな話である。


 そんな中、やはり福富だけは違っていた。


「はい、悟史。

 これ配っといて」


「・・・・・・」


 机に突っ伏したままの彼の頭を、プリントの束でぽんぽんと平気な顔をして軽く叩いたのである。当然、教室の者はみな廊下まで避難して、肝をつぶしながらそれを見守っていた。中には余計なことをするなと小声で陰口を叩く者もいたが、止めるためには彼らに近づかなければならない。もし近づいたところで笹ヶ原が爆発しようものなら、どんな目に遭わされるか、そんなことを想像しただけでも身震いがして、とても止められなかった。


「お前さあ、ずっと休んどる間他の人がやっとってくれたんよ?

 たまに来たんやけサボっとった分の仕事くらいせえよ」


 男勝りな性格ではあるが、まさかここまで怖いもの知らずとは思わなかった。否、もはや無鉄砲である。


「・・・・・」


 すると、ずっとぽんぽんと紙束が頭を打つのが鬱陶しいと思ったのか、むくっと、ついに笹ヶ原が顔を上げた。そして同時に、廊下から覗いていた者も全員、息をのんだ。いつでも走って逃げだせるようにと、一番後ろの生徒に至っては首だけしか教室を向いていなかった。


「・・・なん?

 やっとやる気になったん?」


「・・・・・・」


 次の瞬間、笹ヶ原は勢いよく立ち上がった。その反動で、彼の座っていた椅子は後方のロッカーに飛ばされ、盛大な音を立てて転がった。


 これには、流石の福富も肩を大きくビクッと震わせ、一歩退いた。しかし、同時に彼女を逃がすまいと、その腕に向かって彼の手が伸びた。


 その時だった。




「委員長!

 そのプリント、俺が配っとくけんええよ!」




 突如、廊下側、彼らの様子をびくびくしながら覗いていた連中の中から、そんな声が響いた。


「・・・・え?」


「・・・・・・」


 よほど予想外だったのか、笹ヶ原も伸ばした手を途中で止め、呼びかけられた福富自身も思わずそちらを振り向いた。


 すると、声の主らしい人物は集団をかき分け教室の中へと足を踏み入れた。


「ほら、貸して」


「・・・・・はい」


 差し伸べられた手に、驚きのあまり呆然としたまま福富は、少しだけ湿気を帯びたプリントの束を手渡した。そしてその様子を見るなり、笹ヶ原も何も言わず、椅子を拾い上げて再び机に突っ伏すように眠りに入った。


「・・・・マジかよ。

 正気か・・・? 谷垣・・・・・」


 一同は安堵の息を漏らすのも忘れて、ただただ呆然としていた。




「おまえ、ホンマに何考えとん?

 あればっかりはマジで馬鹿かと思ったわ」


「ま、俺の言う通りやったろ?」


 掃除時間、教室近くの便所掃除をしながら、谷垣はそう言って笑った。


「言う通りって・・・。お前心配する側の気持ちにもなれよ・・・。

 あん時、ほんっとうにお前が殺されるっち思ったんやぞ?」


「んなワケねえやろ?

 アイツはなんだかんだ言って、自分に不都合じゃなきゃどうでもええんよ。

 あの場合、逆にあのままいっとったら委員長がヤバかったやろうし」


「・・・・それは否めねえけどさ。やけっち、オメーみたいには動けんわ」


 確実に、福富自身も含めてあの場にいた全員が、福富が病院送りになる未来を頭に思い描いていたことだろう。あの後、何人かがあのまま福富が病院送りになれば笹ヶ原も警察に連行されただろうにといったような話をしていたくらいである。


「ともあれ、機を狙って外しさえしなけりゃ、何とでもなるっちことやな。

 剣道も、人間関係も」


「・・・・前言撤回。

 お前、やっぱ馬鹿だわ」


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