この空の下で、貴女と生きる 序章
「…被検体の状況は」
研究長のエドワードは、僕が渡した資料を見ながら問いかけてきた。相変わらず慣れないなと新入りの僕は思った。この一週間での研究結果をまとめた資料を彼は見ている。
「…投与を開始して一週間が経ちますが切断した部位はまだ三割程しか回復していません。また、回復し再形成を行った部位は再生後すぐに壊死を起こし再形成してそのままの状態を保ち続けるのは困難のようです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
目の間をグッと抑えエドワードは唸った。
無理もない。三か月以上ウイルスの遺伝形質を組み替え、何万通りのサンプルを作成、投与したが成功した例はゼロ。政府からは研究の中断を迫られてはいたがウイルスの無限の可能性に魅了されていた彼はその通知を先延ばしにし続けていた…が、いくら改良を重ね、投与を繰り返しても失敗ばかり、改良性の高さは同時に変異性の高さを生み出す…その事実が研究をより拗らせていった。
「…もう一つ改良を加えたサンプルがあったはずだが」
「もう片方の資料がこれです」
資料を差し出すと僕の手から奪い取り貪るように読み始めしばらくしてから大きなため息をつき椅子に大きくもたれかかった。
「…被検体は再生することなく、サンプルにより身体を侵食され死亡しました」
「わかった。被検体は焼却処分しろ。今回のサンプルのうち前例の物だけ保管しろ」
「了解しました」
資料を返してもらい部屋から出ようとドアノブに手をかけた。
「…マーカス」
落ち着いた静かな声で呼び止められた。
「……缶コーヒーとエクレアを買ってきてくれ、それと煙草もだ」
「エドワードさん、施設内は禁煙ですよ」
「はは…そうだったな、やっぱり何もいらんよ」
そう言い放つと彼はテーブルの上にあったルービックキューブをいじり始めた…まるで二十七個のブロックの中から答えを探そうとするように。