十五
少したつと、またおねえさんがでんわにでてきました。おねえさんはとてもひくいこえで「もしもし、きいてるー」と言って、ぼくが「はい」とこたえると、おねえさんはだいぶぶっきらぼうな言いかたで「クーリングオフのことはわかったんでもういいんだけどさー。ぎんこうのこうざがもうできてるんだよねー。だからさー、それはおくられてくるからー」と言ってきました。ぼくは「あ、そうですか。わかりました」と言いました。それから、おねえさんはためいきをつきました。そして「せっかくけいやくとれたと思ったのにさー。もう、まじでさいあくなんだけどー」と言いました。ぼくは「ほんとうに、すいませんでした」とあやまりました。するとおねえさんはだいぶおこったこえになって、「なんなんだよてめーはよー。まじでむかつくわー」と言いました。ぼくは、おねえさんのこえがきゅうにふりょうの人みたいなおこったかんじになったことにびっくりしていました。「ほんとうにすいませんでした」と、ぼくはまたあやまりましたが、おねえさんはまた「うるせーよ。てめー、まじでさいあくだわ」と言って、いかりはぜんぜんしずまりそうにありませんでした。そのあとも、ぼくは少しでもおねえさんのいかりがしずまるようにと「ぼくもきのうあなたと話せてとてもたのしかったんです。ほんとうはクーリングオフもしたくなかったし、これからあなたとお話しできることをたのしみにしてました。だけど、おやもはんたいしていますし、しかたなかったんです。ほんとうにもうしわけありません」と、いっしょうけんめいにあやまりました。でも、おねえさんはよけいにおこってしまったようでした。こんどは、ものすごく大きなこえでスケバンみたいな言いかたでどなりはじめました。「てめー、さっきから言いわけばっか言ってんじゃねーよ」とどなりました。このとき、おねえさんのうしろから二三人くらいのかのわかい女の人のわらいごえがしました。きっと、おねえさんのしごとのなかまで、ちかくにいたのだと思います。とてもいじわるでいやなかんじのわらいごえで、おねえさんがぼくをどなっているあいだ、そのわらいごえはずっときこえていました。
それから、おねえさんは「だいたいてめーは、はっきりしてねーんだよ。うじうじしてねーで、ことわるならさいしょからはっきりことわれよ。そんなんだから、かのじょできねーんだろーが」とどなってきました。ぼくはもうしぬほどびっくりしました。そのままことばがでなくなりました。おねえさんは、そのあとも大きなこえでどなりながら「てめーどうせマザコンだろー。てめーみたいなやつはなー、いっしょうどうていのままなんだよー。もしかしてこっちがてめーに気があるとかかんちがいしてねーだろーなー。きのうも、こっちはずっとがまんして、てめーと話してたんだからな。あせビチャビチャビチャビチャかいてきやがってよー。ずっとあせくさくてはきそうだったわー。それに、てめー、あたしのむね見てぼっきしてただろー。あんときのてめーの目つきはせいはんざいしゃそのもので、まじキモくてとりはだ立ったわー。とっととしねよ、このちかんやろうが」と、こういうないようのわるぐちでぼくをののしりました。
ぼくは、こうしておねえさんにどなられているあいだ、とにかくしぬほどびっくりして、こわくて、はずかしくて、手がブルブルふるえていました。もう、まったくなにも言えなくなっていました。お母さんは、おねえさんがぼくをどなりはじめると、「もう切っちゃいなさい」と、なんどもぼくにでんわを切るように言いましたが、ぼくはでんわを切ることができませんでした。ぼくはあんまりびっくりして、そのままかたまってしまっていました。それに、おねえさんをうらぎってしまったと思っていたし、いやらしいスケベな気もちがいっぱいあったのはほんとうなので、いっぱいわるぐちを言われてもしょうがないという気もちもありました。
おねえさんはまだどなっていました。「おい、てめー、話きいてんのかよー。しかとしてんじゃねーよ」というこえが、でんわのスピーカーからきこえていました。お母さんはがまんできなくなったようで、ぼくからじゅわきをとりあげました。そして、おねえさんにおこったこえで「もういいかげんにしてください」と言って、でんわをガシャンと切りました。