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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハイスコア

作者: 卦仁比

PPPPPP…

午前七時。

アラームで起きる。


インスタント食品とミネラルウォーター・ビタミン剤で朝食を済ませた後、ランニングウェアに着替えてシューズを履いた。

ジョギングの時間だ。


半年前までは引きこもってゲームばかりしていた。

そんな俺が今や早起きしてジョギングをするような生活になったのだから、人生は何があるかわからない。


思えば物心ついた頃からゲーム浸けだった。

集団生活にうまく馴染めなかった俺にとっては学校はストレスが溜まるだけの場所だった。

その反動からゲームにのめりこむようになったのか、ゲームにのめりこむから集団生活に馴染めなかったのかはもうわからない。


誕生日のたびにソフトやハードが増え、そのたびゲームに没頭した。

特にジャンルにはこだわらなかった。

大学をやめてからは仕事もせず家に引きこもってはいたが、古いソフトを買い漁り値段を付けて売ることでそこそこの収入はあった。

プレイした内容をSNSなどで発信することで、直接顔を合わさない交流などもできたので気持ちの負担もそれほどではなかった。


それでもやはり外に出るのは嫌いだった。

こんな生活を容認してくれていた両親にも家業を継いだ弟にも感謝だ。

もう家族とは会えないのが少しさみしい。


エレベーターではなく階段を使って屋上に出る。

晴天だ。

地上5階の高さからは遠くまでよく見える。

最寄駅の辺りにまばらに人影があるのが見える。

まだ朝は涼しい。

俺はひんやりとした風を感じながら、ゆっくりと念入りにストレッチを行う。

足・脚・股関節のあと手すりを掴んで肩や脇腹もじっくりと伸ばす。


背筋をのばして深呼吸をしたあと手すりを掴んで外に身を乗り出した。

俺は大きく息を吸い込んで力の限り叫んだ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


反応が無い。


「おおおおおぉぉッ!」

「おらあぁああああああぁぁぁああ!」


二度・三度と雄叫びを上げていると、駅の辺りから「ヮァァァァァ…」と何人かの声が聞こえてきた。


「よし」


と呟いたあと、俺はスポーツウォッチをセットして屋上の外周を走り始めた。

心地良い朝の空気の中1周60mメートルの手作りのランニングコースをゆっくりと走る。



「わあああああああああぁッ!」

「おああああああああッ!」


走りながら雄叫びを上げる。

これが大事なんだ。


俺の雄叫びに応えるようにビルの下からも声が上がる。

自然と気分が高揚してくる。

俺はとにかく大きな声を出して走り続ける。

健康の為でもあり将来の為でもある。

日課であり仕事でもあると言ってもいい。


続けていかないと頭がおかしくなりそうなのだ。

とにかく体力を使っている間は頭が真っ白になって気持ちいい。

ここに引きこもってからもうすぐ5カ月。

こうして大声を上げながら走るようになって3カ月と12日。

色々と試行錯誤を繰り返して、この形に落ち着いたのだ。

身体と心の安定の為、そして明日からその先にあるかも知れない、いや、あって欲しい来たるべきその日まで心身共に健康であることが大事であり、そのことこそが俺の勝利に繋がるのだ。


PPPPPP…


スポーツウォッチが鳴り、走り出してから30分が経過したことを伝えてくれた。

叫び過ぎてノドがヒリヒリする。

肩で息をしながらペットボトルのミネラルウォーターを飲む。


手すりから身を乗り出して今日の成果を確認する。

まずまずだ。

数百人分の「死体」がすぐ近くを流れる一級河川の水面を埋め尽くしたままゆっくりと、だが力強く海に向かって流れていく。

双眼鏡で地上を確認する。

まだまだいる。

今日はこのぐらいにしておこう。




この商業ビルに逃げ込んでから5カ月。

明日に備えて運動の後の整理体操をしながらその5カ月を思い出す。

半年前、引きこもりのはずの俺がレトロゲームの発送のために本当に珍しく外出していた。

その時、海沿いにあるこの街に突然ゾンビが溢れかえった。


噛まれたり引っかかれたりした者はあっと言う間に発症してゾンビになり、直ちに人を襲い始めた。

地獄絵図とはこういうものを言うんだろう。

人間が人間を爪や歯で次々にズタズタにしていく光景は一生忘れないだろう。

俺は倒れていた誰の物ともわからない自転車のペダルを必死で漕いで逃げ回り、バリケードを作る真っ最中だったこのビルに逃げ込んだのだった。


ビル内には俺を含めて43人が立てこもったが、2日後にどこから入ったのかすでに発症しゾンビ化した者が中にいたらしい。

すぐに外と同じ状態になった。


俺は事態が落ち着くまでダクトに身を潜めていた。

「事態が落ち着く」というのは、要するに俺以外の全員がゾンビになった状態だ。

誰かを助けようなどとは全く考えなかった。

そんな余裕は無かったからだ。


周囲を確認しながらダクトから出た俺は周りのゾンビを刺激しない為に大きな音を立てずにじっくりと彼らを観察した。


1、俺を見たゾンビは走ってくる

2、音のする方に顔を向ける

3、俺が見えなくなると追跡をやめる

4、ちょっとした段差は乗り越える

5、ある程度以上の高さがある場合はあきらめる

6、ゾンビ同志にはコミュニケーションは無く連携することもない

7、頭に強い衝撃を加えると行動不能かそれに近い状態になる


体格などの個体差で程度の違いはあるものの、ゾンビになった連中は老若男女の区別なくほぼ同じ行動パターンで動いている。

ここまで調べてみればルーチンそのものは大したスペックじゃないと感じた。

あとひとつ付け加えるとしたら


8、捕まると爪や歯で体中をめちゃくちゃに引っ掻き回される


ということぐらいだが、ゲームオーバー画面なんて特に興味も無い。

とにかく俺はダクトの中に潜伏して用心深く待ち、一人きりになったゾンビをコツコツと1体ずつ処理していった。


と言葉で言うほど簡単なことではなかった。

最初の1体は俺をバリケードの中に入れてくれたOLさんだった。

這う這うの体で逃げ回りながら、木製のバットを見つけ滅多打ちにした。

OLさんは特に痛がる様子も無く、動かなくなるまでこちらに向かってこようとしていた。

幸いにも他のゾンビには感付かれなかった。


それ以降は通風口と天井裏を移動しながら、単独行動になったゾンビを処理した。

色々な道具や方法を試してみたが、最終的に輪っかにしたロープを天井裏から下げるというやり方に落ち着いた。


周りのゾンビを刺激しないようにゆっくりと引き上げてから、動かなくなるまでバットで頭を打ちのめすのだ。

一体ずつじっくりと対処し、無力化して只の死体になったものは使えそうな物を剥ぎ取ってから様子を見てダストシュートに投下した。


地道な作業だが外で逃げ回るよりはずっと楽だ。

空腹による餓死とゾンビ処理のどちらが早いかという競争になりそうだったが、幸いにも災害時用の食糧の備蓄を見つけることが出来て一安心した。

また、ダクトの奥にはゾンビも入ってこなかったため、安全な睡眠と食事を確保できたのだ。


ビルの一階には正面と裏口と地下駐車場に出入り口があったが、パニック直後の生存者が多かった時期にバリケードを作ってあった。

多人数で協力して作ったせいで、俺一人ではほとんど動かすことはできない。

だがそのぶんゾンビが入り込む心配は無いようだった。

ゾンビ殲滅とそういったことを含めて、屋上から地下までの安全を確保できるまで2週間と2日かかった。

しかしながら、安全が確保できるまでは生きた心地がしなかった。


ビルには7つの会社がテナントとして入っており、そのうちのひとつがインスタント食品の輸入販売をしている会社で2フロアほどを倉庫としていた。

おかげで10か月分ほどの食べ物とビタミン剤を確保できた。

同様に1トンほどのミネラルウォーターを積んだトラックが地下駐車場に停めてあり、清潔な飲み水まで確保することができた。


俺は本当に運が良かったんだろう。

上記の豊富な食料や水を大して消費しないうちに内部でパニックが起きてくれたのも、不謹慎だが正直言って助かった。

神も仏も信じてはいないが、図らずも衣食住全てが揃ったことを神や仏に感謝した。


最初はビルの外も騒がしかったが、少しずつ物音がしなくなっていった。

みんなゾンビになったんだろう。

あるいはどこかに俺のような生存者がいるのかもしれない。

しかし、助けに行こうにも外に出る訳にはいかない。


さっき言ったように俺一人ではバリケードを崩すことができず、2階の窓から降りればもうこのビルには入れない。

それに助けたとしても食料や水を山分けするなんて冗談じゃない。

俺が生きていてこその俺の人生だ。


外部との通信が出来なくなったのもかなり早い段階だった。

最初のうちは携帯電話も固定電話も使えたのだが、ある時期から一斉に使えなくなった。

やはり電力の供給が断たれたからだろう。

拾った服を着込んで寒さをしのいだ。



安全が確保できたら緊張の糸が切れたのか一か月ほどの間は食べて寝て起きて、雨が降れば屋上で体を洗いビル内を歩き回ったり屋上にスプレーでSOSを書いたりしながらぼんやりと過ごしていた。

そのうち救助が来るかと思っていたが町は静かになっていくばかりだった。


極限状態を乗り越えた後の変化も刺激も無い毎日に飽きてきた俺は、屋上からゾンビがウロつく外を見ていた。

暇つぶしにそのゾンビに物をぶつけたり、紙飛行機を飛ばしたりしていた。

試しに声をかけてみたら、やはり猛然とこちらに向かって走ってくるがビルには入れない。


しかし、俺の移動に合わせて必死で追いかけてくる。

俺が見えないところまで下がると追いかけるのをやめてしまう。

あっちやこっちへゾンビを引っ張り回すのは正直言って楽しいと感じた。

ゲームでキャラクターを操作している時のようだ。


と思った時、頭に電流が走ったように感じた。


ビルのすぐそばには一級河川が流れている。

ある程度の速度で追いかけさせると壁を乗り越えたゾンビが、およそ4メートルほど下の水面にドボンと落ちるのだ。

遅すぎると壁を乗り越えてくれず、早すぎるとゾンビは俺を見失ってしまう。

ジョギング程度の速度でゆったりと時間をかけて走ることで、周囲にいるゾンビたちを少しずつ川に落とせる。

川に落ちたゾンビたちは特に暴れる様子も無く、水に流されていった。


俺は夢中になった。

新しいゲームを入手したような気分だった。


それ以来、今日まで3か月と12日。

学校にも通えず定職にも就かずに引きこもっていた俺が一日も欠かさず走っている。


これは通信手段も無くここに閉じこもっている俺にできる、ただひとつの外への働きかけなのだ。

こうすることで、俺は外の世界へ向けて自分の存在を発信できる。

自分の行動が外界にわずかでも影響力を持っていることがとても嬉しかったのだ。


水と食料が続く限りこれからも走るだろう。

ほどよく身体を使って頭もスッキリ。

街に溢れるゾンビも少しずつ確実に減っていく。

来たるべき救助の日にも多少なりともゾンビが減っていれば救出活動もしやすいはずだ。


このゾンビ殲滅ランニングがいつまで続くかわからない。

救助だって来ないかもしれない。

しかし、このまま続ければ、ゾンビの数は確実に減っていく。もし、今の生活が続いている間にゾンビが全滅するか救助が間に合えばゲームクリアだ。


そうこれはゲームと同じだ。

俺はゲームをプレイしてるんだ。

最初は大したフラグも立たないただのクソゲー。

次はFPSのスニーキングミッション。

釣りゲームを挟んで今は遠隔操作のパズルゲームをやっているんだ。


そして今は、自分のハイスコアを塗り替えているところだ。

救助されたらトロフィーぐらいもらえるだろう。

俺の影響力が及ぶ範囲のゾンビが全滅したら外に出よう。

次はオープンワールドのサバイバルミッションになるだろう。


何だってやってやる。

俺はゲームのジャンルにはこだわらないんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 虚無感が漂う作品ですね。独特で良い味を出していると思います。 面白かったです。 明日がどうなるかわからないという終わり方、ゲームに例えたところにセンスを感じます。 ゾンビという唐突な現象が…
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