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9人サッカー  作者: 五味幹男
第1章
8/86

第7節 9人 vs. 11人

 日曜日は快晴だった。


 進藤は校門を入ったすぐ脇にある駐車スペースに車を止めた。


 昇降口前のスペースを挟んで向かい側には自転車置き場があり、「空見学園高校」と書かれたラベルが張ってある自転車が数台、整理整頓されて並んでいた。すでに部員は到着しているようだった。


 進藤は校舎を回りこむようにして裏手にあるグラウンドに向かった。グラウンドでは白い練習着を着た佐波南の部員たちが準備をしている。彼らは1年生だろうか。グラウンドに引かれた白線が眩しかった。


 空見学園高校サッカー部は体育横の植え込みがつくる木陰にいた。バッグやクーラーボックスが整然と並べられた横で体をほぐしている。


「おはようございます」

 最初に進藤に気づいた裕也が深々とお辞儀をした。

「おはようございます」

 ひと呼吸置いて、残りの部員が声を揃える。


「おはよう」

 9人では点呼をとる必要もなかった。全員揃っている。進藤は周囲を見回した。


「他の高校はもう来ているのかな。最初にあいさつに行きたいんだけど」

「そうですね。手前が佐波南高校で奥に見えるのが順に大島高校と高城高校です。試合の順番もそこで話があると思います」


 司が指し示した先には手前から順にオレンジ、緑、黒の集団があった。一番手前の集団の方に歩いていくと、ナイロン製の長袖シャツに短パン姿をした40代後半くらいの男性がいた。男性は進藤に気づくと笑顔で近づいてきた。


「どうもはじめまして。今度空見学園高校サッカー部の監督になりました進藤直人です。今日はよろしくお願いいたします」

「どうもどうもはじめまして。佐波南の監督をしております小林です。そうですか、先生が新しい空見の監督さんですか。いろいろあったのでご苦労も多いと思いますが、今日はひとつよろしくお願いします」


 小林は地声の大きい人だった。浅黒い肌には艶があるので実際の年齢はもう少し上かもしれない。いかにもサッカーをやっていたという風貌だった。


「いえ、こちらこそよろしくお願いします。なにもかもが初めてのことでわからないことばかりですので、いろいろと勉強させてください」


 進藤は差し出された手を握り返しながら恐縮してしまった。少なく見積もっても10歳以上も年が離れている人にこういう接し方をされたのは初めてだったからだ。

「こちらこそ」

 小林はさらに目尻に皺を寄せた。


「では、いきましょうか。高城高校と大島高校ももう来ていますよ」

 進藤は先を行く小林について歩いていった。

「四宮先生」

 小林監督が声をかけると長い足をジャージに包んだ長身の男性が振り返った。


「こちら、今度新しく空見学園高校の監督さんになられた進藤先生です」

「はじめまして、進藤直人です。今日はよろしくお願いします」

「大島高校の四宮です。よろしく」

 四宮とは短い挨拶になった。


「じゃあ、熊田さんのところに行きましょう。そこで順番も決めましょうか」

 進藤は、並んで歩く小林と四宮の後ろをついていった。


 高城高校サッカー部の監督は名前どおりの体格だった。見事な太鼓腹をしており、へその上にウエストラインがある紺のトレパンに白いTシャツを着けていた。短く刈り込んだ髪には白髪が混じっており、厚い唇は血色が悪い紫色をしていた。頬肉が重力に負けて落ちているが不健康さは感じさせない。むしろ、太い眉毛と鋭い眼光が我の強さと盛んな血気を感じさせた。


「熊田先生、こちら新しく空見学園高校の監督になられた進藤先生です」

「これはこれは、空見の新しい監督さんですか」

 ずいぶんと大げさな言い方だった。


「進藤直人と申します。今日はよろしくお願いいたします」

「いえいえ、こちらこそお手柔らかに。ところで進藤先生は前はどちらでご指導を?」

 熊田の眼光がどことなく挑発的であるように感じた。


「いや、実は監督は初めてでして。半年前まで普通の会社員でしておりました。教員になったのも空見学園高校が初めてです」


 言いながら、進藤は盗み見るように小林と四宮の顔に視線を走らせた。小林は笑顔のままだったが、四宮は無表情だった。


「そうですか。では大学はどちらで」

 進藤は母校の名を言った。

「聞いたことありませんな」


 進藤は不思議に思った。母校は県名を冠した国立大学なので教師なら聞いたことないということはないはずだった。と、そのとき進藤は熊田の言葉の意味に気づいた。熊田は〝サッカーでは〟そんな大学は知らないと言ったのだ。


「実は、高校でも大学でもサッカーの経験はありません」

 進藤がうなだれて言うと、熊田が突然声を張り上げた。

「いやー、空見は思い切ったことをやりますな。よもやまったくの素人にサッカー部を任せるとは。いやはや私たちも舐められたもんです」


 熊田の声はさらに大きくなる。


「サッカーに対する冒涜行為といっても過言ではないかもしれませんな。進藤先生、そう思いませんか」


 進藤は地面を見つめたまま顔を上げられなかった。


「まあまあ、熊田先生。お気持ちはわかりますが、そのへんでいいでしょう。それより順番を決めましょう。生徒もアップが終わったようですから」

 助け舟を出してくれたのは小林だった。


 黙ったままとりあえずその場にいるという状況で試合の順番が決まった。1試合目は高城高校と大島高校。次に佐波南高校と空見学園高校が試合し、そのあとは相手を変えて総当りをする。試合時間は前後半30分だ。


 第1試合のホイッスルが鳴った。だが、進藤に試合を観る余裕はまったくなかった。挑みかかるような熊田の眼が脳裏から離れなかった。


 2試合目が始まる前に小林が近づいてきた。


「進藤先生、先程のことですが、あまり気にされないように。誰にだって監督最初の日はあるんですから」


 小林にそう言ってもらえて少し気が楽になったが、どうにか自分を取り戻せたのは佐波南との前半が終わったときだった。


 ピッチ脇に設置されているテントの下で、司が「よしいくぞ、まずは1点だ」と激を飛ばしていた。


「大祐は功治から離れすぎるなよ。隆は左でできるだけ高い位置をキープ。無理して中に入ってこなくていいからな。あと裕也は上がるタイミングを間違えるな」


 司の簡潔な指示を聞き終えると空色のユニフォームに身を包んだ選手たちがピッチに広がっていった。


 9人対11人――。


 当たり前の話だが、いくら練習試合だからといって9人しかいない空見に対して相手が人数を合わせてくれるはずはなかった。


 進藤は試合を観ながらその現実をまざまざと突きつけられているような気がした。対戦相手の3校は公式戦でも当然11人のチームで臨む。縦105メートル、横68メートルのピッチの中で、11人がチームコンセプトを共有しながらゴールまでの道筋を描き、それを実現しようとする。ひとり多くてもひとり少なくてもいけない。個々人が「11人」という前提の下で、個人と集団のバランスを考えながら瞬時の判断でプレーしていく。それがサッカーというスポーツなのだ。そうである以上、たとえ練習試合であっても空見に合わせて9対9でやるという発想自体ありえない。


 前半は0対2だった。人数のハンデを考えればもっと点を取られてもおかしくないと進藤は感じていた。


「9人」と「11人」の間にある「2人」という差は、サッカーという競技において絶望的な差だった。10人ならまだ理解できなくもない。プロの試合でも退場者を出して10人になったチームがバランスを取り戻すことがままある。だが、9人になったチームが勝利するというのは見たこともなければ聞いたこともなかった。そもそもふたりも退場者が出てしまうような試合は、勝敗以前に試合が壊れてしまうものだ。


 きっと佐波南はエンジンのかかりが遅かったのだろう。後半はもっと突き放されるに違いない。


 案の定、ピッチ上では佐波南が空見を押し込んでいた。


 それみたことか、と進藤は思った。


 空見は手も足も出ないサンドバッグ状態になっていた。クリアしてもセカンドボールをことごとく佐波南に拾われた。空見の布陣は4・3・1。カウンター狙いの布陣だが、反撃の兆しは微塵も感じられなかった。


 左右問わずサイドで数的優位をつくられる。ディフェンスがサイドに引っ張られればボランチは中央をカバーしなければならない。実質的には5・2・1、もしくは6・1・1。これではよしんば前を向いてボールをもてても反撃は期待できない。ワントップが前線に張ったままであれば間延びし、下がってくれば相手のダブルボランチの餌食になった。


 後半は3点を追加された。トータルスコアは0対5。


 大島高校との試合はさらに悲惨だった。1対9。終了間際に1点返したが、焼け石に水にもならなかった。


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