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9人サッカー  作者: 五味幹男
第1章
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第3節 文武折衷

 進藤が練習を見ていたのは20分ほどだった。4対4の練習で陸がクリアしたボールを透が取りに近づくと、進藤が立ち上がった。


 土手を登っていく進藤の後姿を透が見送っていると他の部員たちが集まってきた。


「なんだって?」

 海が訊いてきた。

「今日はこれでって」

「やっぱ聞かされてなかったのかな」

 陸がつぶやいた。


「だろうな、教頭がうまく騙したんだろうよ」

 司が吐き捨てるように言った。

「騙すってそんな」

「あの教頭ならやりかねないよ。このタイミングで立て続けに顧問が辞めて後任がいつまでも決まらないとなったらどんな噂が立てられるか。そんなことになったら学校が掲げる理想の文武両道も台無しだからな」


 透は司の顔を見ながら、司が露骨に棘のある言い方をするのも仕方ないことだと思った。


 学校が全部活動の人数制限を決定したのは、僕たちが1年生の夏休み明けだった。


 僕たちはその決定を聞かされるまでまったく知らなかった。2学期の始業式で決定事項だけ聞かされた。僕たち生徒になんの相談も前触れもなく。それは学校と保護者の理事会の間で決められてしまった。


 あとで聞いたところによると事前に行われた会議ではほとんど反対意見も出ず、満場一致だったらしい。なかには「このやり方こそが日本の新しい未来をつくる教育システムだ」と息巻いた人もいたみたいだ。


 来年度から各部活動の部員を9人にする――。


 始業式で、校長は誇らしそうにそう宣言した。


 発端は学校の経営方針と環境の変化だった。

 ずいぶん前から騒がれてきた少子化の波は確実に空見学園高校にも及んでいた。受験者数は減少こそしていないものの横ばいが続いていた。そしてそこに幹線電車の接続による路線延長が追い討ちをかけてきた。通学圏が拡がったことで近隣地域の子どもたちはより多くの高校から志望校を選択できるようになった。


 子どもの取り合い。学校は絶対にそんな表現を使わないだろうけど、ひと言でいえばそうなる。


 経営陣は学校を経営していくために、それに足る数の子どもを毎年確保するためのなんらかの手を打たなければならなかった。その点でいえば公立に比べて私立はいろいろな意味でフットワークが軽い。


 空見学園高校が選んだのは、「文武折衷」とも呼べるやり方だった。


 第一目標は合格率を上げること。幸い、この点に関しては抜群とはいえないまで近隣地域ではそれなりの数字を上げていた。そして、それを前提として部活動のあり方に着手した。学生時代の部活動は内申書のみならず、その後の就職活動においても意外な効力を発揮する。合格率を上げつつ、さらにそれを部活動でもうひと押ししていく。学校はそう考えたみたいだった。


 方向性が決まればあとの話は早かった。

 空見学園高校は各学年135人定員なので全生徒数は405人となる。このうち、3年生は進級からほどなくして引退することを前提としており、そうなると部活動ができるのは実質270人となる。部活動は体育会、文化系あわせて30あるので単純に割って各部9人定員。すべての生徒は必ずなんらかの部活動に所属すること。切り替えにおいては、新年度スタート時に定員を超えている部から転部希望者を募り、新入生の希望と兼ね合わせて調整していく。


 これで部活動所属率100%の高校ができあがったというわけ。あとは合格率さえ上げていけば、文武両道を実践する高校として少子化に打ち勝っていけるはずだと学校は結論づけたようだった。


 僕たち空見学園高校サッカー部が9人しかいないのはそうした理由からだった。


 とはいえ、そのために誰かが部を辞めて他の部に転向しなければならないということはなかった。なぜかといえば、年度が改まったとき、サッカー部に新3年生はおらず、新2年生が7人しかいなかったからだ。


 話は去年の冬にさかのぼる。


 学校の決定を受けて、サッカー部では監督が選手を引き連れて転校するという騒ぎが起きた。藤田監督は部活動の9人定員制に最後まで反対していて、決定後も納得していなかった。噂によれば、こんな学校でサッカーなんかできるかって校長室で啖呵を切ったらしい。学校がそういうことするなら俺が出てくって。


 藤田監督はサッカーに情熱をもっている人だった。みんなも慕っていて、部員の中には中学校時代からその人に目をかけてもらっていて、その人の下でサッカーをしたいと入学してきた人もいたくらいだった。実際、そのままいけば空見は過去に例がないくらいレベルの高いチームになるはずだった。


「俺と一緒に新しい学校でやらないか」


 やがて藤田監督は部員たちにそう声をかけ始めた。部員たちを残して自分だけが去るのはしのびなかったのかもしれない。でも、声をかけたのは自分が見初めたレギュラー候補の生徒だけだった。学校側もそれを知ってか、おおっぴらに監督の行動を非難することはなかった。暗黙のうちに交換条件が両者の間で成立していたみたいに。


 そして、監督は15人の生徒とともに別の学校に移っていった。残ったのは当時一年生だった7人。声をかけられて唯一残ったのは司だけで、僕や裕也や時田兄弟に声はかからなかった。


 新1年生の入部希望者は功治と友則のふたりだけだった。


 いまやサッカーは野球を追い越して人気ナンバーワンのスポーツと呼ばれている。若い世代では特にそうだ。にもかかわらずサッカーをやりたいやつがたったふたりしかいない。


 最初はあまりの少なさに驚いたけど「ちゃんとサッカーやるつもりならそもそも空見にはこないでしょ」という司のひと言に納得した。ちなみに入部希望者はもうひとりいたらしいんだけど、見学にもこなかったので本当にいたのかどうかもわからない。司は「そもそもそんなやついらん」と一刀両断してたけど。


 ちなみに後任の監督は功治と友則が入部するのと同時に着任した。学校側も慌てたんだろうね。新しい制度をスタートしようとした矢先に、それが原因でサッカー部がなくなりましたではイメージダウンは免れないし。でも、新しい監督は、それこそ風のようにあっという間にいなくなってしまった。


 たぶん事情を知らされていなかったんじゃないかと思う。いざ来てみたら2年生7人しかいないサッカー部だったんだから。しかも新入生が入ってきても入部できるのは2人まで。やる気も情熱もありそうだったけど、その人は1週間もしなうちにグラウンドに顔を出さなくなって、学校もすぐに辞めてしまった。表向きの理由は、父親が亡くなってどうしても実家に戻らなければならなくなったということだったけど、司は「9人でサッカーなんてできるわけないと思ったんだろ」と言っていた。


 だから司が、新しい監督に対して「サッカーに情熱のない方がいい」と言う気持ちもわかる。情熱があって期待が大きければ大きいほど、そのぶん、僕たちの姿を見たらがっかりするだろうから。


 それになにより、僕たち自身がそういった大人の事情でチームが振り回されることほど嫌なことはない。9人しかいなくても、僕たちこそが空見学園高校サッカー部なんだ。全国制覇や選手権出場なんて大口は叩けないけど、サッカーをしているという一点においては他の高校と一緒。司はキャプテンだから余計にそう思っているのかもしれない。


「さあ、練習続けようぜ」

 司が手を打ち鳴らした。


 透は足を重く感じながらグラウンドを向いて歩き出した。他の部員たちもどことなく重そうな足取りだ。透がふと振り返ると、司が突っ立ったまま土手を見上げていた。


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