プロローグ
試合開始が待ちきれない。
体の奥からじんわりと熱が湧き上がってくる。朝のニュースはこの冬一番の冷え込みだと言っていたが、それもいまの自分には心地よかった。
「透、緊張してるのか」
司にそう声をかけられて、透は自分がまだ誰もいないピッチを見つめていたことに気づいた。
「大丈夫、そんなことないよ」
「いよいよだな」
横に並び、同じようにピッチに目をやる司に、透はうなずいた。
そう、いよいよだ。
僕らの新しい挑戦がここから始まる。今日の試合に勝ち、県大会に駒を進めれば、そこには高城高校がいる。
透は監督の進藤を見た。腕を組み、神妙な顔でベンチの前に立ちまっすぐ前を見据えている。その眼差しに、透は進藤も自分たち選手と同じ気持ちなのだと感じた。
俺が魔法をかけてやる――。
選手権予選で高城に敗戦したその日、部室で進藤が言った。そして、進藤は本当に、9人しかいないチームに魔法をかけた。
いま、僕たちがこうした気持ちで試合に臨めるのは、進藤先生のかけた魔法のおかげだ。
もちろん、不安はある。これまで、支部予選の1回戦と2回戦で2回、試運転をしていたが、それはいずれも試合の趨勢が決まった後のことだった。
その意味では、僕たちは進藤先生のかけた魔法をまだ半分しか手にしていない。あとの半分は自分たちの手でつかみとらなければならない。今日は頭からいく。そして、それができたとき、進藤先生のかけた魔法は自信へと昇華し、打倒・高城を果たすための最大の武器となる。
円陣をとき、ポジションについた。相手ボールで試合が始まる。
ホイッスルが吹かれると同時に透は相手陣に飛び出していった。ボールを下げる相手に対し、功治と連携して、相手に気づかれないように左サイドにボールを追いこんでいく。
案の定、相手はこちらのプレッシャーを避けるように左サイドにボールを送った。相手のサイドハーフがパスを受ける。そこに隆と功治、大祐が、前、横、後ろの3方向からプレスをかける。
慌てた相手のサイドハーフが苦し紛れにフォワードにグラウンダーのパスを出した。
それをセンターバックの友則がカットした。鋭い出足はボールが出てくることを読んでいた証だ。そのまま左サイドに寄るようにボールをもち上がると、呼応するように左サイドバックの裕也がポジションを上げた。左サイドで、11人の相手チームに対し、数的優位が生まれる。
友則から前にいる隆にパスが出た。隆はボールを受けると素早く反転し、サイドラインを駆け上がってきた裕也にパスを出した。相手の右サイドバックが距離を測りながら前に出てくる。
その背後を、大祐が死角から突いた。相手右サイドバックの頭上を越えるパスが裕也から出る。大祐がゴール方向に巻き込むようにボールをコントロールした。
相手のセンターバックがたまらずといった感じで距離を詰めてきた。突破を図ろうという素振りを一瞬見せた大祐から功治にパスが出る。ボールは、功治からワンタッチで大祐にリターンされた。大祐が後手を踏んだ相手センターバックの背後をとった。そのまま体をゴールに向けながら右足を振り抜く。シュートは、もうひとりのセンターバックが懸命に伸ばしてきた足に当たってゴールラインを割った。
「いいよ、大祐、ナイッシュー」
透は手を叩いて声を張り上げた。大祐が親指を突き立てて応える。
再び左サイドで数的優位をつくった。異変を感じた相手は対応しようとしてきたが、それも織り込みずみだ。
「隆!」
透が呼ぶよりも早く、隆からパスが届いた。ピッチを平行に走るボールに合わせて体をスライドさせながら顔を上げる。右足を強く振った。
右サイドに、大きな弧を描いて落ちていくその先には司がいた。コントロールと同時にボールと体が加速する。フォローに走る間もなかった。そのまま相手のサイドハーフとサイドバックを立て続けに抜き去ると、ゴール前にセンタリングを上げた。
ボールはゴール前中央に走り込んでいた功治と隆の頭上を越えていった。相手のディフェンス陣はふたりの動きに引っ張られている。ファーサイドで待ち構える大祐がフリーになっていた。大祐は腰を落とすと、ダイレクトでボールを捕えた。ネットが揺れた。
透は駆け出した。後ろから抱きついた。
「すごいよ、大祐」
「まあな」
自分に陶酔するように、大祐の顔は紅潮していた。
大祐のスーパーゴールは、僕たちの新しい船出にこれ以上ない花を添えた。
透はベンチを見た。進藤がひとりで、拳を引いてガッツポーズをしていた。
これで僕たちは戦っていける。進藤先生が授けてくれた「非線形フォーメーション」で、この9人で戦っていくんだ。その先には、高城がいる。
「もう1点、いこう!」
透は、声を張り上げた。