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あれは毛玉(けだま)なんだなっ。(3)

 二階には六畳ほどの部屋が手前に二つ、奥に一つ。最も手前に位置する部屋の開け放たれたドアの奥に、鼻が短いタイプで茶と白が混じった“獣人”が倒れていた。優は思わず目を逸らす。

 ハルは廊下の突き当たりにあるトイレの小さな窓から外を眺めていた。近寄ってくるマコと優に気づき、少しうわずんだ声でマコ、窓の外を見てと言う。

 マコは外の様子を確かめ、一瞬だけハルと目を合わせてからブーツのヒールカウンターをカコンと開く。中から団子を一つ掴み、廊下の壁にもたれかかっている優の鼻先へと差し出した。


「ユタカー。もう一つ飲んでー」

「え……?」

「一つめでアニマは回復してるけどね。塔まで戻るためにもう一つなんだな。飲んだら体の皮膚とか筋肉とかがすんごく硬くなるから、そう簡単には凝固させられないよん」


 マコの説明に続いたハルはくるりと回転、優に背中の爪痕を見せる。話を理解できずに目を白黒させている優の隣に移動し、ハルは優の手を握った。

 凝固とか、硬くなるというのはどういう意味かとドギマギしながら質問する優に、マコが応える。

    

「凝固は凝固だよー。アニマが無くなった状態ー。動けなくなるし、意識も消えるよー。アニマは団子を飲めば回復するけど、いちど凝固したら飲んでも回復しないー。永遠にそのまま」

「それと、硬くなるというのはそのままの意味だよん。アイツらの爪とか牙とかでズバッとされても、いちどくらいじゃ大きな傷にはならないんだな。もちろん、相手の強さによるけど」


 それって、ゲームで言うところの防御力強化ってことなのかな。だとしたらマコさんの体がすごく硬かったのは、団子の効果なんだ。

 優にはこれまでのやりとりで強く感じていることがあった。外見や声は違えど、マコとハルは流れを途絶えさせないタイミングで各々の言葉を言う。どちらかと言うとやや言葉の足りないマコをハルがカバーするように。こういうのが兄弟の証なのかも、一人っ子の優はそう感じていた。

 合わせて、凝固が優の知る死と同じような意味を持つこと、団子をもう一つ飲めば少しは身の安全が保たれることを理解。だが、そこで思った。

 でも、だったらどうして最初から二つ飲むように言われなかったのかな。飲むと何か悪いことも起きるのかな……

 優は遠くの音を警戒する猫のようにビクビクしながら団子を受け取り、決して噛まないように口の奥へ投げた。

 それでもウニのような生臭さが広がり、優の顔が苦悶に歪む。


「んまあ、色々な質問があるだろうけど、説明はあとにさせて。遠くから結構な数が集まってきてるみたいだから、早く塔に行かないとね」


 ハルの言葉にウンウンと頷いたマコは咳き込む優を一瞥、踵を返す。優の手を引いたハルが後ろに続く。

 苛まされていた脱力感が消え、歩けるようになった優が少し冷静になった頭で考えると、気づいたことがあった。

 さっきまでの脱力感と間接が動きづらくなった感覚、もしかして“凝固”しかけていたんだろうか。そう思うと、“獣人”たちが余計に恐ろしくなってきた。

 どうしてあんなに目の色を変えて人間を襲うんだろう。日本語だったけど、話している言葉が断片的すぎて何を言っているのかわからないし。

 まさか、人間を食べるとか……?

 知るべきことだとは思うものの、説明は待ってと言われた以上、このタイミングで質問する勇気を優は持っていない。

 それでも、お礼だけはしておこうと思い、優は怖々と口を開いた。


「……あ、あの」

「ん? どうしたん?」

「……助けて頂いて、ありがとうございました」

  

 まだまだカチッとした敬語を使い慣れていない優だが、自分でも意外なほどに

上手く言えていた。

 ハルは少し驚いたように目を見開いたあと、口を尖らせてこくりと頷く。

 ハルの後に続いて階段を下りたところで、優は台所にある包丁を武器として持っていきたいと申し出た。


「なるほど。でも包丁はダメかな、短いもん。アイツらは素早いから、少しでもリーチの長い武器を使わないとね。ん! そういや、あの部屋に」

 

 何か思いついたぞ、というような顔になったハルは居間へ向かうマコの後を逸れ、優を一階の和室へ。い草の匂いに包まれた部屋の奥にある箪笥たんすに金属バットとサイズの小さなグローブが立てかけられていた。

 バットを優に渡したハルが言う。


「ちょっと重いから、武器としてはあんまり良くないけど、包丁よりはバットのほうがマシかな。でも、もし優だけ襲われたりしたら、あたしたちを呼んで。絶対に戦わないで逃げてね。優じゃすぐに凝固されて終わりなんだな」


 確かに、軽くはなかった。優はこの重みを小学校の体育の授業で振ったことを思い出す。女子の投げたボールだったけど、かすりもしなかったなあ。

 苦々しい思い出で渋い顔になった優は

ふと脳裏に浮かんだ疑問を口にする。


「あの、ハルさんは包丁とか、バットを知っているんですね?」


 ハルは、ん? という顔になったあとで口を少し尖らせたが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて優を見る。


「うん。何年か前まで、この辺りをちょこちょこ探検してたからさ」


 優はハルの笑顔といわゆるアヒル口のように口を尖らせる仕草を見るたび、すごく可愛いなと思ってしまう。

 異性に見とれる自分に気づき、気を逸らすためにバットを軽く振ってみても、やはり野球部のようにスムーズなスイングにはほど遠かった。

 あれから二年は経つけれど、今でもボールには当たらないと思う。たぶん、女子の投げたボールでも。

 ーー情けないなあ、ほんと。

 優が抱く複雑な心情を察して励まそうとしているのか、ハルは優の肩を強く叩いてから真顔で言った。


「うん、その調子! ……さて、そろそろ行くよん」


 ハルに手を引かれて居間を抜け、優は窓から外へ。庭を回り込んで道路に出ると、優が最初に遭遇した鼻が短いタイプの“獣人”が凝固していた。

 ひどく歪んだその顔を見て、すごく苦しそうだ。優はそう思った。マコさんやハルさんに斬られても“獣人”たちは痛みを感じていないようだったし、苦しんではいないと思うけど……

 だとしたらこの顔はなんだろう。何かに対して怒っているみたいな。自分を凝固させた相手への怒り……? そういうのとは違うような気がする。もっと深い、根本的な何か。

 根拠はないが、優はそう感じていた。


 少し先でハルと優を待っていたマコの顔にさっきまでのぼんやりとした印象はなく、優が初見の真顔を見せている。

 早くー、と手招きされ、ハルと優は慌ててマコの元へ。


「んー、奴ら、かなり近くまで来てるみたいだねー。ユタカ、もう自分で歩ける、てか、走れるー?」

「え? あ……はい」

「なら、よろしくー。俺たちから離れないように頑張ってねー」


 ハルは優の手を離し、左側のフルーレを抜き、不安げな優に強く頷いてからマコを追って走り出す。

 二人はとても速かった。優は陸上の県大会の短距離走で準優勝の成績を修めた小学校時代のクラスメイト、加藤を思い出す。

 加藤くん、速かったなあ。だけど、体育の授業で同じグループになったときは

負けなかった。もちろん、あの時は本気じゃなかったんだろうけども。

 そんな回顧を振り払い、優は二人から離れたくない一心で必死に走った。田んぼをブロックに分けているあぜ道を駆けると、二人の背中がぐんぐんと近づく。

 ハルを追い抜いてマコに並ぶまでのわずかな時間、優は高揚感を感じていた。

 バットを持って走っているのに、足が痛くならない。これなら、いつまででも走っていられそうだ。

 加藤くんもこんな感じで県大会のトラックを走っていたのかな。

 優は既にマコの隣を走っていた。マコは自分を追い越そうとする優の腕を掴み、急ブレーキがかかった車のように止まった優をぐいと引き寄せた。


「ユタカ、速いねー。驚いたよー。でも、俺たちより前に出るのー?」


 我に返って真顔のマコに謝り、スピードを落とした優とのすれ違いざま、ハルは優に声をかけた。


「優、すごい!」


 驚く優を余所に、マコの背中を追って遠ざかっていくハルを戸惑ったような顔の優が追いかける。

 田んぼを突っ切るのが塔までの最短ルートだが、マコとハルは敢えてあぜ道や道路を選んでいるようだった。

 ぬかるんだ田んぼで戦闘になることを避けたいのかな。優がそう考えていると、前方左手の雑木林から黒い影が。

 影は先頭を駆けるマコに飛びかかり、マコともみ合って田んぼへ転り落ちていく。ハルはマコのほうを一瞥して躊躇うような仕草を見せたが、優の脇へ駆け寄ってきた。

 優も気づいている。木々のざわめきとは違う気配が雑木林にあると。


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