おくびょうもの(5)
「君がユタカくんかあ。ていうかまずはマコハル。今回は凝固者が出なかったから許すケド、次に同じようなことがあっても勝手な行動はしないでくれよ……まあ、同じようなことが起きるとは思えないけど」
マコハルに釘を刺した青年の容姿は、同性の優が目を奪われるほどに端麗だった。どことなく国民的な男性アイドルに似た雰囲気を纏う青年へ、
「タツヤさんすいませんー。わざわざ跳型がいる家に近づいてるのを見たんでー。これはダメだとー。ほらー、この前の件もあったからーついつい」
マコは決まりの悪そうな顔で謝り、ハルはぺこりと頭を下げてから優の手を握った。突然の手の感触に硬直する優をよそに、ハルは弾むような口調で言う。
「でも、ユタカの副作用はすごいんだな。手に持ったもので相手に触れると、その部分が動かなくなるの。効果がどれくらい続くのかとか、必ずなのか、とかはまだ確かめてないけどさ」
ハルのこの一言により、塔民のざわめきが戻ってきた。タツヤと呼ばれた青年も驚きを隠さず、ざわめく塔民をたしなめようとせずに優を呼びつける。
塔民たちはモーゼの手で割られた海のように両脇に避け、屋上の中央にタツヤへの道を作る。優には躊躇う間も与えられないようで、マコハルに何度も背中を押されながらその道を進んでいく。
「シノヅカも見たって言ってたし、ユタカくんの副作用は間違いじゃないんだな。やってみせてと言いたいところだけど、人間相手じゃ危なすぎる、か」
タツヤから握手を求められた優がおずおずと応じると、タツヤは満足げな顔で自己紹介を始めた。
「改めて、塔長のタツヤだ。好きなものはダイヤモンドゲーム、得意なものもダイヤモンドゲーム。嫌いなものはマ……無鉄砲な人間。だから、ユタカくんの救出には反対してたんだけどな」
「タツヤさん、本当にごめんなさい。あたしたち、命令を無視しちゃった」
ハルが深々と頭を下げると、苦々しげな顔をしていたマコもそれに倣った。思わず、優も頭を下げてしまう。
「けっこう危なかったんだろ? サトウたちに弓を許可しなかったら、今ごろは三人とも凝固してるだろうね」
口角を上げ、いかにも嫌みたらしい口調で言うタツヤに、綺麗な顔に似合わず性格が悪い人なのかな、と優は嫌な印象を抱き始めていた。
「ーーそれで?」
ドカッと腰を下ろし、あぐらをかいたタツヤが細い顎をくいっと上げる。優は意味を理解しかねていたが、ハルが耳元で“じこしょーかい”と囁いてくれたおかげでタツヤに応じることができた。
「あ、すみません、遅れました。後藤 優です。あの……ごめんなさい。僕を助けるためにマコさんとハルさんが危ない目にあってしまって」
「ゴトウユタカ? 優じゃないのー?」
何故か笑みを浮かべているマコが、驚いたような口調で割って入る。
優はマコが驚く理由を何となく掴んでいた。たぶん、名字がないんだろうと。
「あ……ユタカで大丈夫です。これからもユタカって呼んでください」
「で、ユタカくんはどうしてあんなところにいたんだ? マコハルの話じゃ、町から下りてきたって言うじゃないか」
優は答えに窮していた。今思えば、毛玉から逃げることに精一杯で、マコさんとハルさんにそういう話をしていない。今さら違世界から来たなんて言ったら、頭のおかしい人だと思われるかも。どうしよう……
「あ、あの。えと……ち、違う塔から来たんです。実は、僕と仲がいいミケという人を捜して……」
優の目は泳ぎ、声は震えている。わかり易い嘘ではあるが、沸点がかなり低いほうなのか、タツヤは突然に怒りを顕わにして叫んだ。
「そんな嘘はいらないんだ! 町を平気でうろついていたんだろ? なら、誰か他の人といたんじゃないのか?」
「っ……」
嘘を叱責され、応えようがなくなって俯いた優を鋭く睨みつけるタツヤを中心に、屋上の空気が張りつめていく。
何百人に注目されている、でも上手く応える方法がない。タツヤさんをすごく怒らせてしまったし、このままじゃーー
「あー」
突然、ピンと張った空気に似合わない欠伸を思わせるマコの声が響いた。タツヤもハルも塔民たちも、俯いていた優も顔を上げてマコを見る。