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あれは毛玉(けだま)なんだなっ。(5)

「なに、をしたーっ!」


 “獣人”からの怒りの咆哮が辺りに拡散していくと、優は恐怖で身を竦、腰がの骨が砕けたように座り込んでしまう。

 あれは、何だろう。“獣人”の両腕が動かないのはどうして? まさか、僕が何かしたのーー?

 ハッとして、優はバットに目をやる。そう言えばさっき、バットが何かに触れたような感触があったような……

 あれは“獣人”の腕だった? まさか、このバットが原因……


「ーーヴヴヴうぁあわんッ!」


 泣き喚くような絶叫のあと、“獣人”は優への突進を開始。屈んだままの優は大きくへこんだバットを命綱のように感じながら滅茶苦茶に振り回した。

 両腕を垂らしたままの“獣人”は、その巨体に似合わない軽妙な動きで優の脇へ回り込み、反応が追いつかない優の顔に牙を突き刺そうと口を開く。

 と同時、優の視界へ銀色の何かが飛び込み、“獣人”の頭部と重なった。それが刀だと優が気づいたときには、もう既に“獣人”の巨体が右へ大きく傾き始めていた。

 重厚な音を奏でて倒れた“獣人”の側頭部に突き刺さった刀の脇から、スプレー缶の圧縮ガスが解放されたときのような勢いで光の霧が噴き出している。

 刀が飛んできた方向、隣の田んぼで跳ねっ返りの泥だらけになったマコが得意げな顔で優へウインクをして見せた。

 だが“獣人”はまだ凝固していなかた。ぐらつきながら立ち上がり、ぼうっとマコを眺めている優に衰えない敵意を顕わにしている。

 まだ襲ってくるーー立ち上がって目を閉じた優の振り回すバットが鈍く前進する“獣人”の腹部に当たると、“獣人”は強烈なボディーブローを浴びたボクサーのようにすとん、と両膝をついた。追いついてきたマコが“獣人”の首を刀で斬りつけ、足で蹴り倒す。


「ユタカ! 大丈夫ー?」


 感じたことのない恐怖に優の神経がすり減っていても、マコの声は変わらずに緩かった。力なく頷いた優を見て、ふうと息をついたマコが刀で“獣人”の左胸を突く。優が知る限りでは最も多い量の光の霧が飛び出して、“獣人”二分ほどで動かなくなった。

 凝固したんだ……優はへなへなとその場に腰を下ろし、沸き上がっているはずの涙を拭おうとして、気づく。

 泣いているのに、涙が出ていない。


「おー、よく凝固しなかったねー」


 マコは優の頭を撫でくり回してから手を差し出し、握った優を助け起こす。

 薄く笑うマコに怪我はなかった。


「あと少し頑張ってねー」


 マコは優の手を引き、塔へ向かって走り出す。途中で顔や腕から光の霧を出したハルが合流し、優の手を引く役目を代わった。

 一分ほど走ると、マコとハルがぴたりと止まり、優の肩越しに背後を凝視。

 二人の表情にただならぬ雰囲気を感じた優が振り向くと、ほぼ横一列になった数十匹の“獣人”たちが口々に何かを叫びながら追ってくる姿が。

 群を成す“獣人”たちは、優の知る鼻の長短タイプに分けられるが、毛の質感や量、色、耳の形、身長や骨格または筋肉量などに多様さがある。


「うわわわわ、ありゃ無理だよ」


 ハルが美麗なバランスの顔を引きつらせて言うと、マコも口を一文字に結んで頷いて同意し、優へと声を張り上げた。


「ユタカ、塔へ行ってー! ユタカの足は俺たちより速いからー、門を叩いて叫んでー!」

「えっ……?」

「いいから行ってー!」


 マコはハルが手を離すと同時に優の腕を強く掴んで自分のほうへ強く引き、その勢いで優は前につんのめりそうに。


「頼んだよ! 優!」


 フルーレを振り上げるハルの姿に自分の足が頼られていることに気づいた優は戸惑いを見せたが、助かるために自分ができることをやろうと決心。

 塔まで残り数百メートルの間に別の“獣人”が出てきたらどうしようとか、そういう情けない考えを振り払って全力疾走を開始。

 塔の構造を知らない優だが、門を見つけるのは容易かった。駈ける優の正面に外壁と同じ色の正門がある。

 無事にたどり着いた優は自分の背丈の三倍以上もある門を叩き、助けて、開けてくださいと声の限りに訴えた。

 だが、中からの反応はない。

 もういちど叩き、同じように叫んでもダメだった。優から百メートルほど後ろでは、立ち止まったマコとハルが迫る“獣人”たちへ武器を向けている。

 焦って振り返った優がマコとハルの状況を知ると、優の動揺はさらに激しくなった。

 どうしたら良いかわからなくなり、優は震える声で二人の名を呼んだ。


「マコさん……ハルさん……!」


 マコとハルに追いついた“獣人”の群れが進軍を止める。優はもういちど二人の名を叫んだが、マコとハルは“獣人”たちと向かいあったままでじりじりと退がり始めていた。

 僕が門を開けると信じて、時間を稼ごうとしている……? だけど、塔からの反応がないんだ。

 どうしよう、どうしたらいい? このままじゃ、僕たちはーー

 ガッコン。

 凝固した自分を想像して震え上がった優の後方、門のほうで枷が外れたような音が鳴った。優が慌てて振り返ると、門がうやうやしく上がっていく。


「ーーあっ!」


 驚きと期待の声をあげた優の後ろではマコとハルが門へと走り出していた。

 反応した“獣人”たちが二人の後を追おうと一歩を踏み出す様を認めた優の視界に百の単位に近い数の細長い何かが降り注いだ。

 数秒後、優のほうへ走るマコとハルの向こう側でカメラのフラッシュのような光の爆発が起き、辺りは投光器に照らされたように明るくなった。

 優が目を凝らすと、四十センチほどの長さの爪楊枝つまようじに似た形状の何かに体を貫かれた“獣人”たちが慌てふためいている。


「ユタカ! 早く門の中に入って!」


 あれは矢だろうか、と立ち止まって考える優は、叱るような口調のハルの声で我に返り、躓きそうになりながら門へ。


「ふぎゃあ!」

「きゃんっ!」


 門番の姿もない門をくぐった優が振り向くと、再び降り注いだ矢の雨に“獣人”たちが絶叫していた。

 優の脇を通過したマコとハルが優のパーカーフードを払うように強く引き、その細身の体を門から引き離す。


「下ろせー!」


 目を白黒させた優の頭上から野太いかけ声が響くと、二メートルほどの高さまで上がっていた門がギロチンの刃のように鋭く落ち、へなへなと座り込んだ優の体を大きく揺らした。


「シノヅカさん、二匹! 来てる!」


 次の声も頭上からだった。優が見上げた先、門の昇降機と思しきものが置かれた足場からシノヅカと呼ばれた筋骨逞しい壮年男性が飛び降り、門を抜けてきた二匹の“獣人”のうち、先を駆けるほうへ手に持ったハンマーを振った。

 二匹ともが鼻の長いタイプだった。前衛の“獣人”は地面を転がってハンマーを回避、シノヅカには目もくれずに前方へ突進。進路上で座っている優の前へマコがするりと回り込み、刀を払って“獣人”の動きを止めた。 

 逃がした“獣人”を追わなかったシノヅカが次に振ったハンマーが少し後に続いたもう一匹の“獣人”の顔面を捉え、“獣人”を閉じた門に叩きつけた。


「こんなとこ、キライだぁぁーっ!」


 甲高い声で絶叫した“獣人”はマコの刀へ張り手を放ち、素早く刀を下げたマコへもう片方の手による張り手を浴びてしまう。“獣人”は弾き飛ばされたマコへ手爪による追い打ちを繰り出したが、上半身を起こしたマコが払った刀に右足首を斬り落とされ、操り糸の切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。

 マコに容赦はなかった。続けて左足を斬り落とし、それでも腕で前に進もうとする“獣人”の顔面をブーツで制する。


「ユタカ、その棒でこいつの右腕を叩いてみてー」


 出し抜けにマコに言われた言葉の意味を理解できず、優は固まった。


「持ってる棒だよー。それで、ちょこっとこいつの右腕をつついてー」


 バットを指していることはわかったが、どうしてそんなことをするんだろう。もう勝敗はついているはずなのに。


「ユタカ早くー!」


 独特な間延びはそのままに、だが有無を言わさない口調だった。マコは手を扇ぎ、もがく“獣人”の眉間へと刀を突きつける。ハルからも背中を押され、優はワケのわからないままに一歩前へ。

 “獣人”は右手の爪で刀を弾こうと試みるが、マコは躊躇うこともなくその右手を斬り飛ばした。


「早くしないと、凝固するー。大丈夫だから、小突いてー」


 ここにきて、優はマコの意図に気づいた。そうか、このバットの不思議な力を見てみたいんだ。もう動けないのに可哀想な気もするけど……それくらいなら。

 優が左腕に向けてバットを差し出すと、“獣人”が目を見開いた。左右に震えるその瞳に怖れのようなものを強く感じ、優は躊躇してしまう。


「シノヅカさん、みんなー。よく見ておいてー」


 いよいよ痺れを切らした様子のマコに腕を強く引かれ、優の構えたバットの先が“獣人”の左腕に触れると、その左腕が力なく垂れ下がっていった。

 優を襲っていた黒くて大きな“獣人”と同じように。


「オオ……!」


 自分のハンマーの餌食になった“獣人”へトドメを刺し終えたシノヅカが、優とバットを交互に見てから感嘆の声を漏らした。


「んーやっぱり、副作用ふくさようだねー」


 納豆した、というようは顔になり、マコは“獣人”の眉間に刀を突き刺した。

 光の霧に包まれて沈む“獣人”を物憂げな顔で一瞥、マコは口を真一文字に結び、長い刀を器用にベルト鞘へ納める。


「マコハル、彼が見せたのは……?」

「うん、副作用なんだな。団子の」


 シノヅカの質問に応じたあとに左右のフルーレをベルト鞘へ納め、ハルはバットを突き出したままで硬直している優の腕に触れ、優しく下ろさせる。

 優はハルの発言について考えていた。団子の“副作用”? それじゃまるで、僕がやったことみたいだ。


「凄い……相手に触れるだけで動きを止めるのか? それは凄いぞ!」


 大股で近づいたシノヅカにがっしりと両肩を掴まれたうえに大きく揺さぶられ、優は何がなんだかもわからずに思わずお礼を言ってしまう。


「たぶん、手に持ったものを相手に触れさせると出るみたいなんだな。すごくイイ副作用だよね。かなり無理して助けにいった甲斐があったんだな!」


 誇らしげに豊満な胸を突き出したハルとシノヅカが互いの肩を叩き合ったとき、優は事態を認識し始めていた。

 “獣人”の動きを止めていたのはバットの力じゃなくて、僕がーー


「まあとりあえず、塔長とうちょうに報告してくるよ。マコハルは無事だし、襲われていた少年も大丈夫と!」


 シノヅカが手を煽ると、門の昇降機の脇に立っていた若い男性が梯子を使って下りてきた。プロレスラーのようなシノヅカほどではないが、この男性も充分な筋肉を纏っている。

 男性は優に軽く会釈をし、早足でシノヅカの背中を追い去っていった。

 マコとハル、優の三人と凝固した二匹の“獣人”が残り、騒がしかった状況から一転、沈黙が流れていく。

 優はどうにか自分を落ち着かせるために深い呼吸を繰り返し、何もかもが不思議で激しかったこの数十分間でも最大の謎だったことを言葉としてまとめた。


「……ハルさん。質問があります」

「ん?」

「あの生き物は何なんですか……?」


 ハルは恐るおそる質問した優の目線を辿り、ああなんだ、そんなことかと言わんばかりに、竹を割るような口調ですっぱりと応えた。


「ああ、あれね。あれは“毛玉けだま”なんだなっ」


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