接近、接近
――高校生活、3年間の短い一生。春が来れば、また、次の春があっという間に来る。でも、僕がこれから迎える3年間は、とても長い、長い……、気の遠くなるような3年間だった。
チュンチュン。カーテンの隙間から、日差しが入ってきた。外では小鳥が鳴いている。
僕は寝ぼけながらも、毛布を押しのけた。何度も何度も、学校へ行くために早く起きるが、やはり朝は苦手なものである。毎朝、同じことを繰り返しているのに、一向に慣れることがない。
電車を降りると、いつも同じ電車に乗ってるであろう、小川雄太に会う。僕は後ろから肩を叩き、挨拶を交わす。
「昨日のニュース見たか。田中がメジャーだってな」
小川はいつものように、好きな野球の話をしている。小川は体が大きく、その体を活かして、プロ入りを目指して野球をしているが、僕はあまり本気にはしていない。
くだらない雑談をしながら、僕は学校へと、足を進める。お世辞にもいい高校とは言えず、いかにも底辺って感じがする高校で、僕は嫌になってくる。しかし、僕の学力を思えば、これが僕には似合っていると思うのである。おかしなものだ、嫌なのに納得してしまう。
「出席とりますよ」
そして、いつものように、学校は始まる。教師が話しているにも関わらず、猿のようにキャーキャーと、私語をやめない教室。
しかし、前の席には、僕がわずかに想いを寄せている子がいる。志田佳奈。彼女は笑顔が可愛いため、僕はその笑顔に夢中になってしまうことがある。
「冬樹くん、ノート見せてよー」
何気ない会話を、彼女と出来るのは幸せだが、やはり授業を真面目に受けていない彼女には、僕は眉をひそめる。理想的な彼女といえば、成績がよくて頭がいい、そして優しくスタイルもいいものだ。理想値が高く、彼女は理想値の五十点程度にしかならない。
その五十点を無理やり百点に当てはめようとしていた。何故なら、〇点か、百点の評価しか見いだせないのだから。
こういう考えからして、僕の自分勝手な思考は、度が過ぎているのかもしれない、なんて思いもしてくるが、これはまだ、序の口にすぎないのだった。
「冬樹はいいよな、遊んでばかりでよ」
小川はプロ野球を目指している。そのため毎日夜遅くまで練習に励んでいて、あまり遊ぶ暇がないのだ。しかし、僕はそんなこと言われても知らない。僕を羨ましがるぐらいなら、プロ野球選手になるなんて夢は諦めろ。この野郎。僕はそう思うが心の中に留める。
「小川、お前の投球をテレビで見せろよな!」僕は心にもないことをさらりと言う。
「任せろ! 目指すはメジャーリーグ!」意気揚々と小川。
「まずはドラフト指名からだろー」僕は嫌味を少々含めて言い返す。
何せ、僕には夢も、希望も、まだ見出していないのだから。こういう夢を掴もうとしている輝かしい人を見るだけで、その夢を諦めさせたくなってしまう。本当に僕は屑だな。しかし、人間っていうのは、誰しもそう考えるのが普通だろう。そう思い、自分は悪くないと言い聞かせる。まことに自分勝手な考えであると、改めて思う。
小川はエアバットで素振りのそぶりを見せている。輝かしい、僕にはとても眩しく見える。
「小川くん、頑張ってねー」 「頑張れよ! 雄太!」
廊下をすれ違うクラスメイトも、そんな小川が眩しく見えているのだろうか……。
僕と、小川雄太とは、同じ人間だ。しかしながら、思考がまったく違う。まったく違うのだ。そんな違いには僕は嫉妬を抱いてしまう。
***
チュンチュン。鳴り響く小鳥の声。今日は休日、休みの日だ。予定があるわけなく、だらだらと暇な時間が過ぎるのを待つ日々。とは言え、休日には楽しみがある。それは、お昼過ぎまでだらだらとしていられることだ。そんな些細なことに、僕は小さな幸せを感じる。小さいものだ。少しは体を動かして遊んでみたいとも思うことはある。
しかし、この何気ない日常に、一つの小さな台風が訪れようとする。
ブー、ブー。携帯のバイブレーションが鳴り響いた。
<小川 雄太>
小川からのメールだ。普段、メールのやり取りをしない僕は、半分驚き、半分期待を抱きながら、メールを開いた。
冬樹、ちょっといいか? 実は俺、お前の前の席のやついんだろ……、実はそいつのことが少し、気になってるんだよな。仲が良いだろう? どうなんだよ! 彼氏とかいるのかなー……。
僕は開いた口がふさがらなくなりそうだった。言葉がでなかった。僕が今、想いを寄せている、志田佳奈のことを言っている……。これは恋のライバルってやつなのか。
ここで僕も狙っている。と、メールをすればよかったのだろうか。その時の僕には、小川への嫉妬が頭を過る。意地悪してやろうかなって。やめておけばよかった。
あの子、可愛いもんな! 彼氏はいないらしいぜ。狙うなら、今じゃね(笑)
***
チュンチュン。そして休日の時間はあっという間に過ぎ去っていった。そしていつもと変わらない、登校をする。……はずだった。
小川の後ろ姿がいつもとは違う。寂しげな感じだった。僕はとりあえず、肩を叩く。いつものような、元気な挨拶はなく、目で挨拶をした。
「小川、元気がないけど、何があったんだよ……」僕は昨日のことと、今を照らし合わし、察していた。
声をかけた途端、今までの悲しい顔をしていた小川は、ニコッと笑みを浮かべた。
「志田、お前のことが好きなんだってさ、だからお前が幸せにしてやれよ!」
僕は何が起きたのか、何が言われたのか、理解するのには、数分かかった。ただ、二つ、分かったことは、志田佳奈が僕のことが好きだったという紛れも無い事実。そして、小川雄太の失恋だ。
その後、僕は言い返す言葉が見つからず、頭のなかで言葉が迷子になりながら、二人暗黙に、学校へ足を進めた。
「おはよう、冬樹くん! ……と、小川くん」志田が挨拶を交わす。
その後、僕は志田佳奈と、今まで以上に距離が近づいたように思えた。それと同時に、小川とは距離が少し離れたようにも見えたが、数日もしたら、ケロッと忘れ、いつものように僕と接してくれた。相変わらず、小川の精神は鍛えられているんだな。と、僕は関心する。
しかし、またしても、そんな日常を崩す、大きな台風が、僕に接近するのであった。