一週間目。
のほほんとした昼下がり。
暖かいけれど少しひんやりとする風の吹きぬける土手のベンチに、僕の好きな人はいた。
先週、やっと付き合いをOKしてくれた、僕の彼女。
学校の帰り道に通るこの土手のベンチに座っていた彼女を気になりだしたのは、いつの頃だっただろう。
本を読んでたり、ぼんやりと風景を見ていたり。
不思議なその雰囲気に、いつしか僕は惹かれていった。
さらさらの肩までの黒髪が、風に揺れて。
つい見惚れていたら。
ふと川を見ていた彼女が横に顔を向けた。
そこにいたのは、僕。
目があった、ばちりと。
で。
眼鏡の奥の目が僕の何かに反応して細められたその瞬間、恋に落ちた。
無表情しか見た事なかったのに、いきなり表情崩すとかそれ反則でしょ。
友達に言ったら、脳内乙女変態という、よく分からないレッテル付けられたけど。
脳内乙女、脳内変態、もしくは変態だけでもいいんじゃなかろうか。
いいんだよ、変態でも。
そう言い切った僕のその好きな人に興味を持ったのか、一度ここまでくっついてきたことがある。
そしてその友達は、彼女を見るなりこう言いました。
――普通
普通の何が悪い!
そんなこんなで半年間彼女を見続けた僕は、先週やっとの思いで告白をし、なんだかよく分からないけれど渋る彼女を勢いで口説き落として念願かなって僕の彼女になってくれたわけです。
だって。
彼女の断り文句がさ。
「腐女子にリア充は似合いません、ごめんなさい」
「嫌です、諦めません」
脊髄反射。
いや、だってそんな理由で諦めらんないでしょ。
つい食い付いた僕も大概だと思うけど。
さて。
凄い長い前書きにお付き合いいただきありがとう。
要するに、僕は帰宅途中に彼女に会いに来たわけですね。
今日もいつものベンチに座っている彼女の視線の先には、2匹のネコ。
かわいいねぇ。
彼女込みで可愛いねぇ。
「和紗さん、こんにちは」
「……言いにくくないですか、それ。さが続くの」
開口一番これでした。
しかも、目線は猫に固定されているのでこっちは見てくれません。
僕は気を取り直して、彼女の隣に腰を下ろす。
「和紗さん。言いにくくないですよ、好きな人の名前ですから」
「……チッ、リア充め」
……そのリア充に君も含まれてるんだけど気付いてる?
彼女……和紗さんは、少しも表情を変えることなく口を開いた。
「さが続くの言いにくいでしょうから、和泉でいいですよ」
「……なんで名前呼びから苗字呼びに変えなきゃいけないんですか、和紗さん」
「言いにくいとおも……」
「言いにくくないので、和紗さんと呼びます」
彼女の返答をかき消す様に言葉を被せると、和紗さんは静かになりました。
諦めたようです。
でも納得がいかず、きっと脳内でぼっこぼこに僕を貶してるに違いない。
まぁ、それもよし。
興味ないよりいいからね。
こんな僕を、友人は生粋のMと呼ぶ。
おかしいな、Sよりだと自負してるんだけど。
出会いがしらの一戦に勝つことが出来た僕は満足そうに、負けた彼女はむっつりと(無表情)ベンチに並んで座ってる。
目の前のネコを見ながら。
「可愛いね、ネコ」
あまりに熱心に見ている和紗さんが微笑ましくて思わず頭をぽんぽんと撫でながらそう伝えると、肩を少し揺らして彼女は眉間に皺を作った。
「……ネコが可愛いのは同意しますけど、手」
どかせろという言外の意を綺麗にスルーして、和紗さんの顔を覗き込む。
「ネコ、好きなんですか?」
その言葉に、和紗さんはにやりと口端をあげた。
――あ、無表情が崩れた
「ついにもふもふ界にもBLの波が訪れたんですよ」
彼女の嬉々とした表情に見惚れてしまった僕は、彼女の言葉をつい聞き逃してしまった。
「あ、えと何?」
聞き返すと、いつもなら不機嫌になりそうな和紗さんがキラキラした笑顔でネコを見つめた。
「まぁ、見てて見てて。あのオスネコ二匹」
それだけ言うと、じっと猫を見つめる。
ので、仕方なく僕もネコに目を向けた。
そこにいるのは、ネコ二匹。
てか、オスって確認済みなんだ、分かってるんだ。
真っ白なチビと、アメショーミックスの少し大きめのネコ。
可愛いのは認めるけど、何をそんなに嬉しそうに……
「あ」
動き出したネコに、僕はその理由を見つけたよ。
何を思ったか、チビがアメショーに後ろからのっかりやがった。
でもいかんせんチビだから、全体的に間違ってる。
いや何がとか聞くなよ。
発情期の季節だっけ?
大体オスネコ同士で何を……
と、そこでアメショーがぺいっとチビを体から振り落した。
うん、そりゃそうだよね。
間違ってるのはチビと……
「あー、もうちょっとだったのに……おしいっ」
「……」
……横で残念がってる、和紗さんだよね。
思わず視線を向ければ、和紗さんは悔しそうな中にも……なぜか嬉しそうだった。
「……和紗、さん?」
声を掛けると、和紗さんはもう一度トライしようとしているチビ目線を固定したまま目を細めた。
それは、あの、僕が恋に落ちた表情で。
「……あのね……?」
――和紗さんの妄想スタート――
「……何をしてるんです、離れなさい」
少し不機嫌そうにゆがめられた眼鏡の奥の目を見つめながら、それでもチビ(仮)はぎりっと唇をかみしめてその背中を押さえる手に力を込めた。
「嫌だ。いつも先生は俺から目を逸らそうとする……。もう我慢できない、そんな状態」
懸命に覆いかぶさろうとするけれど、いかんせん体の大きなアメショー(仮)を包み込めるほどの体型は持ち合わせていない。
悔し紛れに指先に力を籠めれば、爪が薄いYシャツ越しに当たったようだ。
小さく啼いた声に、はっ……として顔を上げた。
「……先生、背中イイの?」
その言葉に一瞬目を見開いた先生は、こちらを睨んでいた目を顔ごと前に向けた。
「馬鹿な事を言っていないで、早くどきなさい」
けれど、チビ(仮)は見逃さなかった。
その頬が、微かに朱に染まったことに。
背中を抑え込んでいる手のひらを少しずつずらして、シャツをめくり上げていく。
綺麗に日に焼けた……引き締まった筋肉が、眼前にさらされていく。
その官能的なまでの艶めいた肌に、チビ(仮)はゆっくりと唇を寄せた。
ぺろ
「……!」
びくりと、体が震える。
その反応に気をよくして幾筋も舐めあげれば、面白い程にその体が跳ね上がる。
「やめ、や……っ」
止めようとする言葉を遮るように背骨に沿って下から上へと舐めあげれば、声で発散できない快感を逃そうとふるふると頭を振る。
「俺がタチだと結構体格的にきついけどさ、頑張るし?」
そう囁きながら押さえていた手を離せば、起き上がるどころか文句もいう事さえできない様子で床に両ひざをついた。
上がった息を喉を鳴らしながら押さえようとする先生の背中に、ピタリと身を寄せる。
「もういいじゃん、諦めてよ……ね?」
カーン
妄想終了。
「もー、なんていうの? 満腹満足もふもふ最高!!」
「……そう」
……満足そうです、和紗さん。
そうなんです、僕の彼女は腐のつく女子です。
ネコが可愛くて見てるのではなく、チビすけの行動に妄想が暴走で……orz
いつの間にアメショーが先生になった、ちびすけが男子生徒になった。
最初に腐女子だと宣言されているだけあって、彼女は妄想を隠しもしない。
「だから、私の事諦めなよ」
分かっていることとはいえ思わず肩を落とした僕に、和紗さんはきっちりネコを見たままさらりと告げた。
諦めないと言った時から、ずっと言われている言葉。
――諦めて
「諦めませんよ」
和紗さんが腐っているというなら、僕は脳内乙女変態と呼ばれる男だからね。
そう胸を張れば、威張れない、と肩に置いたままだった腕を振り落された。
そしてそのまま、ネコ鑑賞。
人とは違う目で(笑
いや、いつもは普通に見てるんだろうけど、愛でてるんだろうけど、そう信じたいんだけど。
きっとチビすけの行動がきっかけを……、チ、チビすけめ……orz
無表情がデフォの和紗さん、あぁ、楽しそうにしてますねその眼。
目を細めて微かに口端を上げて、いつもとは違うその表情。
僕が恋に落ちた目を細めた表情は、妄想対象を見つけた時のものだったらしく。
――へたれ受け、もしくは誘い受けの妄想が……なんで女相手なのよ……っ
リアルは私の見えない所でやって頂戴!!
告白したの初めてだけど、そんな断り方された奴ってなかなかいないと思う;;
「いいんだ別に、脳内が腐っていようと爛れていようと!」
思わず拳を握れば、横からギラッと殺気が飛んできた。
「はぁ? 私に喧嘩売ってる? 腐ってるのは認めるけど、爛れてなんかないわよ。純粋な生粋のBL脳なだけじゃない」
「脳内がそれでも、リアルは僕の彼女だし!」
「……それ?」
あ、青筋たった。
僕は誤魔化す様ににへら~と笑うと、和紗さんの手を取って立ち上がった。
「どっか行こう? どこがいい? 本屋とか?」
繋がれた手を睨みつけていた和紗さんは、諦めたように立ち上がるとベンチに置いてあった鞄を反対の手で掴み上げた。
「駅前の喫茶店」
「え?」
思わず問い返した僕は、きっと間違っていない。
だって、そんな普通の恋人同士的行動が出来るなんて!
ナイスイベント!
俄然テンションの上がった僕は、渋る和紗さんの手から鞄を取り上げると駅へと向かって歩き出した。
「……なんでいきなりそんなに嬉しそうなわけ?」
うきうきと歩く僕を、いぶかしげに和紗さんが見上げる。
「そりゃあ、恋人っぽい事できるんだから。嬉しいですよ」
腐好きの脳内に、僕の事も入れてくれたって事でしょ? 恋人として。
和紗さんはそんな僕の言葉に、納得する様に頷いた。
「感動を無にしてしまって悪いけど、あの喫茶店、駅から出てくる人を観察するのにうってつけなのよね」
……観察?
思わず立ち止まると、和紗さんは手帳を取り出してスケジュールを読み上げた。
「来月締切が二つあるから、脳内忙しくって。ネタ集めたいから、駅前の喫茶店にゴー」
……ご、ごーorz
肩を再び落とした僕と、和紗さん。
そう……薄い本の締切がね……
くんっ、と引かれた手に顔を上げる。
そこには無表情ながらも悪戯っぽい笑みを口端にのせた和紗さんが、まっすぐに僕を見上げていた。
夕陽オレンジに染まりつつあるその横顔は、とても可愛くて。
「そんな私だから、諦めて?」
そう言われても。
「嫌だ、諦めない」
僕は、頑張る……!!!
いつか僕を見て、僕の名前を呼んで、好きだと言ってくれるその日まで!!!
翌日、高校の教室で。
「……それで三時間、喫茶店で人間観察に付き合ったわけ?」
「夢中になってメモしてる和紗さんは、とても素敵でした」
「かいてることは、受け攻め的なあれなんだろ……?」
「見なきゃいいんだよ」
「いや、目の前で書いてりゃ見えるだろ」
「見ても理解しなきゃいいんだよ」
「……そう」
……やっぱこいつ、脳内乙女変態ドMだ。
そうして友人は、口を出すことを諦めた。




