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脅威、噂の仲哀トンネル☆


 トンネルを少し進んだところで、上杉氏がさり気なくつぶやく。訂正。さり気ない口調だけど、無駄なリアクションでガチガチ鳴らされる歯の音がとても暑苦しい。


 まぁともかく、非常に分かりやすく、かつ適切な感想だったことだけは正しいと思う。


 トンネルというよりは隧道と書いたほうがしっくりくるような、まさにハンドメイドな壁の仲哀トンネルの中は、驚くほどひんやりと冷たかったのだ。

もっとも、ガチガチ歯を鳴らすほどではないけど。


 織田嬢の言う理屈では、鍾乳洞なんかが夏涼しくて冬温かな理由と、一緒じゃないかっていうことらしい。

もっとも、歯を鳴らす上にくしゃみするほどではないけどっ。


 まぁ霊のいそうなところは気温が下がる、というのもあるかも知れない。でもわたしとしては外の暑苦しさから解放されて正直ラッキーってくらい。

もっとも、歯を鳴らす上にくしゃみした挙句、


「ちっくしょーおりゃーべらぼーめーい!!」


とか言うほどではないけどっっ!


「……あ、ちっくしょーおりゃーべらぼーめーいて言っちゃった」


 だからシツコイよ!!



『――とそんな冷えた空気でも、わたし達の周囲だけは冷めた空気になることもなく、前へと進むのであった』


 ……て突然何? わたしじゃない。違う。言ってない。


 はっ!? 次の瞬間、振り向いたわたしの視線の先には、静かに微笑む織田嬢の姿が……。


 おのれパーフェクトフリーダム。とうとうわたしの思考(注:地の文)まで出てきてボケはじめるなんて。ちょっと、さすがに、それはどうかと、


『冷えた空気と冷めた空気。今わたしはとても上手いことを言ったのではないだろうか、と一人悦に入るのであった』


 て言ってるそばから、あぁーもーストップストップ!! これ以上やったら無理だから! 破綻するから! メタ、ダメ、ゼッタイ! 


『もうこれはいっそのこと……ウワナニヲスルヤメr【強権発動!】くぁwせdrftgyふじこlp



(注:しばらくおまちください)



 復帰。



 ほんと調子にのりすぎです。さて。


 もう結構歩いた気がするのだけど、たぶんトンネルの中腹辺り。複雑なでこぼこの壁は、わたし達の足音を不気味に反響している。相変わらず、あり過ぎるほどの雰囲気だった。


 わたしはさっきから斉藤ちゃんと一緒にカシャカシャと撮影を続けているが、普通の壁の起伏だけで幾度となく心霊写真の人の顔やら何やらと間違えて、そのたびに心臓の縮む思いを繰り返している。

人の目というものは存外にいい加減で、無意識にあれこれを人の顔みたいに認識してしまうものだとかは、実際言い分けにしかならないと思う。全然現場では役に立たない。


「すごいな。明かりを消したら自分の手も見えん」


 上杉氏はいまだにテンションに衰えが見えず、こんな調子で一人やたら大きな声で騒いでいた。もしかしたら怖さを紛らわしているのかも知れない、とか今更思ったのだけどどうなのだろう?

声は普段から大きいし、騒がしいのも普段と変わらないのだけど……。や、無粋な推測は、この際しないでおこう。


『同じ穴のムジナ』


 メール、また! ちょっと!


『ドングリの背比べ』


 わかってます! だから止めたし!


『五十歩百歩』


 うぅ、正論だから手が出せない……。


 でもやっぱり出す!



(注:しばらくおまちください)



 復帰。



『月夜ばかりと思うなよ』


 まさか棄て台詞をテンドンで返すなんて。ほんとに無駄な実力……。


 そう、この中で余裕でノーリアクションなのは、織田嬢ただ一人なのだ。

と、その織田嬢の前に突然明かりがつけられた。そして、その明かりに照らされたのは……。


「織田っち~、ばぁ!」


「……そういう下らないギャグは、らしいけどやめなさいね」


「うぐっ、……ふ、ふぁい(注:はいの意味)」


 あと一応、ノーリアクションではないので触れなかったが、この天真爛漫少年斉藤ちゃんの場合、リアクションは恐怖とまったく反対の方向でオーバーしていたのだった。



 心霊スポットの雰囲気としては多少不謹慎ではあるが、ともかくこんな調子で調査は進んでいった。また、トンネルが驚くほど長かったおかげか恐怖も最初のうちだけですみ、なんとか慣れてきたようだった。


 それに、それなりに笑えるようなエピソードもあった。誰が捨てたのか、トンネルの中には、ところどころの隅にわけの分からないものが散乱しているのだ。

意味不明の機械部品、何かの服っぽいボロ布、ソファの欠片、カットされたダンボール……、なんかまさかだけど、ホームレスでも住んでたんじゃ……。


「うわっ、この雑誌古っ……」


 上杉氏がそばの雑誌を持ち上げる。


「文字の読む方向が、逆だねぇ」


 と斉藤ちゃんがそれに無責任なコメント。


「……これで、日本兵の幽霊の噂も真実味を帯びてきたかもね」


 案の定織田嬢が調子に乗る。


「って、そんなわけないでしょ。ただの装飾文字だって」


 最後にわたしが手間かけて締めることになる。


 と、そんな話題やらで会話も盛り上がりつつ、はじめの恐怖も薄れて少し退屈してきた頃、斉藤ちゃんが突如その会話を絶った。


「ねぇ、あれってコウモリかなぁ」


 フラッシュで気づいたのだろうか。わたしはカメラを下げて懐中電灯を上へ向ける。トンネルに入って中程、さっきからやたら耳につく騒音の謎が、ここでようやく明らかになった。

懐中電灯の明かりの中には、いかにもな黒い塊がひしめきあっていたのだ。


「おー、すごいな」


「……吸血?」


「いてたまるかい! そんなもん」


「吸血コウモリ。翼手目、チスイコウモリ科チスイコウモリ。中南米生息、寝ている動物の皮膚を裂き血を舐め……」


「アンチョコ見ながら言うんかい! しかもさらっと中南米生息とか言ってるやん!」


「……ち、違うかー?」


「今更やー! しかもパクりネタやー! そしてなんで疑問系やー!」



「さて……」


 上杉氏と斉藤ちゃんのコンビがまた漫才を始めていると(注:これが場所を選ばないというのか……)、織田嬢が退屈そうな溜息をついて、一人先へと進んでいく。気になったので、わたしが声をかけた。


「どうしたの?」


「コウモリっていうのは、出入り口からそう遠くないところにしかいないから」


「……え?」


「出口が近いっていうこと。ほら」


 懐中電灯を向けた先では、意外と近くに出口がみてとれた。同時に、ちょっとぬるい風が吹き込んでくる。

そう、まさしく出口に違いなかった。ついに、長かった恐怖の時間も、これでやっと……。と、思わず胸を撫で下ろすわたしの後ろから、突然大気を振わせんとするような大声がトンネル中に響きわたった。


「「うおおおっ! 上杉 & 斉藤 、行きま~すっ!!」」


 そして、予想通りの例の二人が、わたしの両側を駆け抜けて出口へと疾走する。 またこの無駄な元気の塊(注:『元気玉』とかメール来たけど黙殺)は、まったく。


「想いだけでも~!」


「力だけでも~!」


 分かる人にしか分からないような台詞を叫びながら、わたしと織田嬢を見向きもせずに走り続けて小さくなっていく。取り残されても仕方がないので(注:決して怖かったわけではなく……)、わたしは織田嬢に声をかけて後についていくことにした。


「……漫才に使うなら、最後のものは伝わらないかもね」


「そういう問題なの?」


 織田嬢の言葉に返事をしながらもわたしが心の中で、あれほどトンネル内では叫ばないでって言ったのに(注:実際には思ってただけ、伝わってない)、と駆け足な鼓動を必死に抑えつつ二人に猛抗議していたことは、この際秘密としておこう。……メール?


『まぁ落ちつきな、カツ丼喰うか?』


 や黙秘しますってば。


『法律上、代金はあんた持ちだがな』


 どうでもいいってば。


 と、そんなわけでなんとか無事にわたし達の心霊スポットバスターズは任務をまっとうした。出口を出た後に見えた星空はなかなかのもので、今回の報酬としてはわたしは結構満足だった。異界にもいいところはあるよね、うん。

勿論、ほんとうは心霊写真とかが報酬なのだけど、それはもう二の次。


 そして、トンネルを通り抜けた反対側の道は意外と開けた綺麗な道で、明らかにこっちから来れば歩かなくてもよかったことだけが、ちょっとだけ残念だった。

とはいえ苦労するからこそその後の幸せが大きいのであって、これもまぁ、よしとしておこう。めでたしめでたし。



 と、そんな爽やかなまとめも束の間だったりして、


「あ、うわぁ、これって……」


「え? 何? うっ、嘘でしょ!?」


その直後にこんな声が響いてたりする。


 そう、それにしてもそれにしてもそれにしても、不満でしかたないのは、トンネルの出口一帯に広がっていた足元の泥に、泥に……。


「緊急事態発生ー! 退避ー! 退避ー!」


「あ~もう。 何でこうなるのよ~っ!!」


 足元の泥に、まるでイカ墨スパの如くひしめき、うごめく……、



幾万匹もの『特大極太ミミズ』の大群であった!



「イヤ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!」


続く。


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