そうだ、異界へ行こう!
わたしの学校の友達の一人、上杉氏。人より若干背が高く、若干筋肉質で、若干目が細い。なんとも特徴をあらわす言葉に困る容姿だが、彼のキャラはそんなところでは立っていなかったりする。
それは何かと問われれば、たいして都会でもない地元と比較しても有り余るほどにもの凄く田舎から来ている、という一点のみ。無論はじめは、自己紹介の際に上杉氏のあまりの特徴のなさから、代替案としてあげられた特徴のひとつに過ぎなかった。
しかしそこは、地味に人々の流動が少ない陸の孤島という地元地域で、長年生活する中に培われた親近感ならではの、イヤ過ぎる連携プレーをみせるクラスメイトのこと。たちまちよってたかって絶え間なき妄想を雪だるま式で膨れ上がらせていくのだった。
いい加減いじめと紙一重ともいえなくもないけど、それはともかく。結局のところ、いつしか彼の故郷は、『異界』として語り継がれていたという。
常識では考えられない儀式を行う地元信仰があるとか、地図には載っていない幻の国がある(注:上杉氏はそこの王族)とか、ツチノコがいる(注:農場まである)とか、なぜかウニが特産(注:そこは完全に内陸)とか……。
とにかく、クラス内の旅行で行ってみたい場所ベスト1に堂々と名を載せる人気スポットだったのだ。だからといって、レクリエーションのアンケートで、満場一致でリクエストするのは甚だ迷惑だったのだが。
そしてあれは、そう、とある夏の日。陽射しがドライヤー熱風直当てくらい暑苦しい中での出来事。まさに青天の霹靂。白昼夢。
あまりの暑さにきっと狂ってしまったに違いない、わたしの友達斉藤ちゃんの、あの悪魔のような一言から、すべてが始まったのである。
「……そうだ、『異界』へ行こう!」
突然何を言い出すのかと、目を丸くする上杉氏。漫画の一場面の如くに飲んでいたコーラを少し吹き出し、むせるわたし。ただ一人、何事もなかったかのように平然とフライドポテトを食べる彼女は、友達の織田嬢。周りのテンションにも流されない不動の精神が、つややかな黒髪と同じく輝いておられますね。
とにもかくにもこの長閑な真夏の昼下がり。緩く静かに平穏だったファーストフード店内に、突如として刹那の緊張が走り抜けた瞬間なのである。
「な、な、何を言い出すのかな……? 斉藤よ」
「んー、なんとなく?」
「なんとなくでそんなことを言う危険極まりない口はそれか! 訂正しなさい、今すぐ! でないと裂くよ? がま口にするよ?」
「ひひゃい、ひゃへへ~!(注:痛い、やめて~の意味)」
「とりあえず落ち着いて落ち着いて。ほら織田さんも何か言って」
「そうね。その発言の最後も、さり気なく危険よ上杉君……」
「誰がつっこみ希望を」
「成敗じゃ~!!」
「ははふひは、いはは~!(注:がま口は、嫌や~の意味)」
予想通りというか、零コンマ数なんたらの反応速度で斉藤ちゃんに掴みかかる上杉氏。散々ネタに使われた結果、異界というワードには鋭く察知する特殊能力でもついているのだろう。一方、見た目も中身もいじられキャラ満開である天真爛漫っ子の斉藤ちゃんは、いいようにがま口の刑を受けている。毎度のことでほんと懲りないというか、学習能力がないというか。
それに、なんとか宥めようと試みるわたし。が、正直この状況を解決する実力も、解決しようとする気力も持ち合わせてはいない。織田嬢もやけに冷静に、自己満足かつ無意味なつっこみを入れるだけ。相変わらず謎な人だ。
と、以上実況解説終わり。
その後、ようやくやる気をみせた織田嬢の仲裁でなんとかというほどでもなく、ほぼ予定調和にその場は収束。続いて斉藤ちゃんの、突発的な発言の懺悔をみんなで聞くこととあいなったのである。
そして上杉氏に取調室の刑事風という無駄な演出を込めた嫌がらせを含む、執拗かもしれない責め立てを受けながら斉藤ちゃんが語ったことは、次の通り。
そもそも上杉氏の故郷が『異界』と膨れ上がり呼ばれるようになった所以の話なのだけど、ここ福岡県で最も有名な心霊スポットに、犬鳴峠というものがある。テレビの心霊番組でも度々紹介されて、絶大な人気を誇っている場所だった。
噂の大元は峠の中にある旧道の犬鳴トンネルだが、あまりに訪れる人が多いため、なかば副産物的に紹介された峠内のとある電話ボックスでさえ、ついこの前わざわざ撤去されてしまったほどなのである。
そう、この最大級の心霊スポットである犬鳴峠のある場所こそ、我らが言う『異界』……ではない。散々期待を仰ぐような解説で恐縮だが、異界にあるのは有名な犬鳴トンネルではなくて、それにあやかるように人気を得ている心霊スポット、仲哀トンネルである。
つまるところ、斉藤ちゃんは暑さから逃れるために肝試しよろしく、心霊スポットバスターをしよう! という発想を導き出したのだろう。
ちなみに彼の発言が突発的なのは、いつものことなので判断には含まれない。
ようするに一応、考えあって、と言えるだけの思慮に基づいての行動だったというわけ。
それだけで言い訳になるのかどうかは、考えるにも及ばないと思うけど。
「しかして上様、是非とも厳しきお言葉を……」
「いえいえいえいえなにとぞ、ご慈悲を……」
そして上杉氏と斉藤ちゃんが揃ってわたしに詰め寄る。なぜか時代劇風に。しかしなんだかんだ言いつつも、このぴったりと息の合った二人の掛け合い、やっぱりなんだかな。仲のよろしいことです。
この二人は将来吉本で漫才をやる気だと噂に聞く(注:所詮ただの噂)。……やれるかも知れないんじゃないかと思う。
この二人は将来海外で結婚をする気だと噂に聞く(注:絶対ただの噂)。……やれるやれないの問題じゃないよと思う。
さて。
「殿、ご決断を……」
思考がずれてわたしが時間を延ばしてしまった隙に、織田嬢までもが次第に便乗してくる。相変わらず、謎な上にそつなくさりげに自由な人だ。
どうでもいいけど、殿はないでしょう(注:上様もそうだけど)。せめて御局とか言って欲しかった(注:それはそれでいろいろ終わりそう)。
どうせ、絶対わざと言っているに違いない。逆手にとって、この話に乗れといっているのかも、という気がする……。
実際、わたしの携帯に『この掛け合いは誘われ攻め、お約束は遵守が吉』とか妙なメールが送信されてきたし。打ってたそぶりも見せないのに。
「……うむ、よきにはからえ。われらはこれより異界へ出陣する」
「……マジ?」×2
「……Good job」
こうして、なぜかいきなりここに、心霊スポットバスターズが結成された。
隊員はムードメーカーの上杉氏、小動物的な斉藤ちゃん、わたし、そしてパーフェクトフリーダムな織田嬢の四人。
露骨に不安が漂うメンバーの行く手に待ち受けるものは、一体……。
続く。